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昔の話 後編

「それが木々を燃やす事だったの?」

アンセは私とは目を合わせずに頷く。私はまだどこかでアンセのした事をちゃんと理解出来ていなかった。


「当時、俺には樹の力はほぼ無かった。シャドーは見えなかったし浄化も出来ない、樹として何かできる事はなかった。でも声は聞こえていたんだ…樹々の微かな声だけは。」

そう言ってアンセは天井を見た。思い出しているのかしばらく無言のままだった。


「…博士はもし俺が樹なら火をつけさせまいと樹々が俺を守る、或いは俺が途中で火を消すと踏んでいたと思う。でも俺の付けた火は、俺の炎はあっという間に燃え広がってしまった。それを見ても俺も樹々も積極的に火を消す努力をしなかった。炎に燃えながら樹々は苦しんでいたよ。いつも耳を閉じて聞いていなかったのに、あの時は耳を塞いでもあいつらの声が全部聞こえてきた。気が狂いそうだった。今でもたまに夢をみる。」

そう言ってアンセは目を瞑った。


「そんな風に半分自分を見失った中で…そんなの言い訳で樹々を燃やして良い理由になんてならないって分かっているが…燃え上がる赤い炎を見てまるで樹々から流れ出た血のように思えて、ようやく自分のやった事の重さを理解した。」

アンセの声が掠れ、握った拳が小刻みに震えていた。私はアンセに手を指し伸ばそうとしてやめた。


「俺は自分の火の力を使って、何かと元気付けてくれた木々を燃やしたんだ。どうにかしたいと思った時にはもう大分、燃え広がっていた。そしてどうにかしたいと思っても…火を消す決断が出来なかった。博士にバレないように炎を縦にもっていって横への広がりを抑えただけだった。」

アンセの目から涙が溢れた。今でも後悔していて、自分を許せないのだと思った。


「…その結果が今の俺たちの住んでいる場所だよ。俺より後から来た奴らが住んでいる周辺は全て俺の炎で焼いて出来た更地だ。…咲の住んでいる所も、だ。俺は…自分勝手なんだよ、俺はずっと。」

アンセが話し終わると突然、私は木々を燃やしている光景がまるで今目の前で行われている様な錯覚に囚われ嘔吐した。びっくりしながらも心配そうに背中を撫でてくれるアンセの手を振り払って家を飛び出す。


私は心も体もその事実を受け止められず胃が空っぽになるまで吐き続ける。それでも収まらなくて嗚咽が止まらない。生暖かい風が頬を撫でる。考える事を放棄してその場にへたり込む。


樹から聞いた時もローニャから聞いた時も何となく他人事だった。でもアンセの赤裸々な言葉を聞いて、その光景がまるで自分が当事者であるかのようにハッキリと、木々の叫び声、アンセの後悔、博士達の憎悪が炎に入り混じって頭の中に流れ込んできた。誰一人として救われない地獄絵図だった。


その後どうやって自分の家に帰ったか記憶がない。夜中に自分が木々を燃やす夢を見て震えが止まらず、涙が溢れた。聞いただけでもこんなにつらいのにアンセは大丈夫なのだろうか。今でもたまに夢に見ると言っていた。


よく眠れなくて一度起きてお水を飲んで落ち着こうと努力をするが無駄だった。浅い眠りの中で何度も何度も同じ火事の夢を見た。


もう一度目覚めた時、全身びっしょりで頭がぼーっとしていた。とりあえずシャワーを浴びてエネルギーを入れようとクノーとエネールを頂く。

ご飯を食べると少しスッキリして来て昨日の話をもう一度反芻する。あの時はあまりにもショックで何も考えられなかったけど木々はアンセの事をどう思っているのだろう。


リラクフラグランを飲みながら鈍い頭を必死に働かせて、木々に思いを馳せる。何度もぐるぐる考えてやっぱり木々はアンセを恨んでいないのではないかと言う結論に辿り着く。


前に東の街を歩いていた時に私にアンセの好物パッシオを渡す様にって託してくれた。

アンセの家の庭の木々もみんな元気で楽しそうだ。嫌いな人の側にはきっと草一本だって生えないと思う。


「ねえ、みんなはアンセの事好き?」

シアとトッキーに聞いてみる。


好きじゃない


予定外の冷たい言葉にハッとする。そうだよね。仲間を燃やした人のことは好きにはなれないよね。


「じゃあ、嫌い?」


嫌いじゃない


またしても、ハッとする。好きじゃない、でも嫌いじゃない。

アンセに伝えないといけない。


善は急げ、アンセの家に急ぐ。そう言えば昨日嘔吐したけど、道が汚れていない。私は掃除してない。誰が片付けてくれたのだろう。分からないが、置いておこう。

今はアンセだ。アンセの家のドアをノックしても返事がないので所在を木々に聞くと家にいると言う。お邪魔します、とこっそりドアを開けるといらっしゃいと木々が答える。


家に入るともう黄の時間なのにアンセが居間に居ない。寝室のドアを開けると頭から布団を被って丸まっているアンセがいた。すごく真剣に話しをするつもりだったのにその格好が大きな子供みたいで呆れてしまう。全く、百歳の大人の姿ではない。


「ほら、もう黄の時間半分過ぎてるよ。ご飯食べよ。今から作るから起きる支度してて。もうすぐお昼だよ。」

冷蔵庫を漁ると、何だ知らない食材ばかりが入っている。まるでレストランの冷蔵庫のようだ。どうやって食べるのか検討もつかない食材ばかりでなんとか馴染みのある根菜を見つけてスープを作る。アンセに声をかけても部屋から出てこないのでもう一度部屋に行くとまださっきと同じ格好で寝ている。


「んもう!幾つなの!起きて!ご飯だよ!」

布団を力一杯引っ張って剥がす。まるで寝坊した子供を起こすお母さんの気分だ。アンセは布団を剥がされても丸まったままそこに居る。はあ、ため息が出る。


「どうするの?このままじゃ居られないでしょ。まずはご飯、いい?あと十秒で起きてね、十、九、八」

「咲、俺は子供じゃないから数を数えられたって動じない。」

アンセが半分起き上がってこっちを見ている。良かった起きる元気はある。


「ほら、でも起きた。」

「…咲には敵わないな。起きるよ。」

アンセがのそのそと部屋から出て来て椅子に座る。

机の上のご飯を見て、これだけ?と言うのでアンセは私にまた怒られる。

アンセは、それならと冷蔵庫からいくつか食材を出すとちゃっちゃと二、三品私の分も作る。私だって食材が何か知ってたらもっと作れた、と心の中で反論する。


「あのさ、昨日はその、すごくびっくりして…信じてもらえないかもしれないけどまるで目の前でその…火事が起きている様に鮮明な映像が私の頭に浮かんできて辛くてもう自分でもどうしたら良いか分からなくて…話の途中で飛び出してごめんなさい。」

アンセは目を見開きそして頷く。話を聞いてくれてありがとう、とアンセは力なく言った。


「でね、私伝えなくちゃと思って来たの。もしかしたら、もう樹からも言われたかもしれないけど木々はアンセを恨んでないよ。だって家の前の木々はみんな楽しそうだもの。アンセの事を嫌いならとっくに庭は真っ新な土だけになってるよ。それに前に東の街でパッシオを渡したでしょ?あれは落ちていたって言ったけど本当はアンセがその実を好きだからって渡して欲しいって頼まれたんだ。」

そう、木々はアンセを気遣って心配している。

アンセがやりたくてやったんではない事、木々は分かっている。だから、もうアンセは自分を許していい頃だと思う。


アンセをじっと見る。アンセはまだ何か考えているようだった。頭の回転が良い分、余計な事をたくさん考えてしまうのかもしれない。

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