禁忌
「しんどかったね。」
もっと気の利いた言葉をかけたいけれど、適当な言葉が見つからない。ここに来た当時高校生という事は地上では親と住んでいて、子供として守られて生活していたと思う。自分の事だけに集中して遊び、学んでいたに違いない。それが突然、知らない所で知り合いもなく一人暮らし、そしてストーキング、淡々と話してくれたけど壮絶な生活だったと思う。それなのに感謝出来るなんて、尊敬する。
「アンセに貰ったものは何かある?まずはそれ全部カレンに渡そうか。」
どうやら学校で盗まれたのはアンセが買ってくれたものだったらしい。さすがに家に侵入しないらしいが外で奪われる恐怖を味わいたくなければさっさと処分すべし、と言う。でもバッグを渡す時に正直会いたくない。
「そうだよね、私の場合は渡しに行かなくても向こうから盗みに来たからなあ。うーん、咲の家の前に置いて、ご自由にお待ちくださいって書いておく?」
私の家の前はアンセも通るし、プレゼントを横流しするなんて私も気分が良くない。悪いのは向こうなのにどうしてこっちが嫌な思いをして悩まなくてはいけないのだろう。全て献上するから黙って取りに来て欲しい。
「それだ、カレンの家の前に置こう。そしたら勝手に引き取ると思う。そうと決まったら早速実行!それに今ならアンセも見ることはないよ。」
え!?今から?明日新しいバッグ買ってからではダメかな。
「相手はもう余裕ないからいつ奪いに来てもおかしくないよ。また怖い目に遭いたくなければ早い方がいい。」
さっきの恐怖が蘇る。思い出して悪寒がする。2度目はごめんだ。レイは親切にも一緒にバッグを取りに来てくれて、それからカレンの家の前に置く。
もう2度と会いませんように。2礼2拍手1礼してからその場を去る。
「お清め済んだね。」
レイがクスリと笑う。私も思わず笑う。このまま丸く収まるといい。レイにお礼を言って別れる。なんとなく穢れている気がしてしっかりシャワーを浴びてから寝る。
朝、橙が咲き始める時間に目が覚めた。アンセと2人にならないように、カレンに1人で遭遇しないようにレイがスクエアまで出勤がてら一緒に行ってくれることになっている。テキパキと着替えて居間に行く。いつも通りクノーとエネールを頂きながらシアに昨日のお礼を言う。返事が無いのでシアの方を見ると頂芽を除いて全ての葉が落ちている。
「シア、シア、どうしたの?しっかりして!日当たり悪かった?ごめんね、気が付かなくて。本当にごめんなさい。」
昨日まで葉の付いていた葉腋を手で包み込むようにして葉っぱが戻るように祈る。この前傷が治ったように元に戻るかもしれない。少しでも癒えるように祈り続ける。昨日の恐怖を一緒に分かち合い助けてくれた人の事を大切に出来なかった不甲斐なさと申し訳なさで涙が溢れる。戻ってきてシアお願い、どれくらい泣きながら祈っていたのか分からない。
咲 シア だ い じょう ぶ
途切れ途切れに声が聞こえてきた。よかった!命はなんとか繋いでいる。安心してもっと涙が溢れる。涙で手が濡れてびちょびちょだ。祈れば回復すると分かってさらに強く祈る。すると手のひらに微かに何かが触れる。そっと手を開くと小さな芽が葉腋から出てきている。
やった!もう一息、と再び手で茎を覆うとシアが止める。
咲 もう大丈夫 ありがとう
「何があったの?どうしたら良いのか教えて、出来ることあればなんとかするよ。」
シア 禁忌 受け入れる
何か悪いことした?昨日はお店のアドバイスしてくれて、レイが来て励ましてくれてどこに禁忌があるの?考える。禁忌となりそうなことは何か。それが何なのか聞いても教えてくれない。それではまた起きてしまうかもしれない。シア自身が禁忌を犯すことはきっとない。私のせいで何かしてはいけないことをしたのだ。
「シア、ごめんね。きっと私のせいだよね。」
咲 謝らない
ありがとう、また涙が溢れる。