お節介
「レイまだみたいだね。間に合って良かった。」
「本当、レイ、レイって。良いけどさ。」
アンセのご機嫌が斜めだ。
「ごめん。やっと会えたから。」
「…行方不明の人間にやっと会えた時の気持ち分かったか。」
ハッとした。戻ってきてからのアンセの面倒臭さ、もとい安堵と不安が漸く分かったと思った。ごめん、今まで全然分かっていなかった。拐われてもアンセは来てくれると漠然とした安心感があって、戻れた時は不安よりはどちらかと言うと再開できた喜びが優っていた。
「ずっと側にいてね。」
そう言って寄り添うとアンセがビクンとしたのが分かる。
「何だ、どうした、何が起きた?」
「そんなに驚かなくても良いじゃない。素直に思った事を口にしたのに。もう恥ずかしいから言わない!」
「な、ゔ、あぁ。」
「そうだ、今日はお祝いだね!エンカント行く?元気ある?大丈夫?」
さっさと話題を変えてこの話を延ばす時間を与えない。
「おう…実はさっきのネバネバ受けてから頭がだいぶスッキリしているんだよ。今まで眠いと言うより頭がぼーっとしていただけなのかもな。」
「じゃあレイにエンカントで待ち合わせって連絡するね!」
るんるんで風電話に伝言を残す。直ぐに返事が来て丁度家を出た所だと言う。私達も今から出たらぴったりな時間だと思う。
お昼を食べていないから早目の夕飯だ!
アンセを急して広場に向かうとまだまだ凄い人がごった返していて広場に入れそうにない。もう結果発表が終わったはずなのにちっとも静まる気配がない。
残念ながらエンカントは広場の北西にあるのでどうにか広場の中に行かないと入れない。
結果に全く興味のない私達にとってはこの人集りは大変迷惑な話だ。
レイも同じ様に広場に入れずエンカントには辿り着けないとのことで、北の私達の家に集合に変更する。レイは遠回りになるけれど一度戻ってからぐるっと回って来るらしい。
「何作る?」
「何作るって、咲は何が作れるんだ。」
「果実のジュースとか、ジャムとか、ソースになりそうじゃない?」
「んー、そうだよな。お遣いを頼みたいが一人では行かせたくないからレイを待つか。」
失礼な!私だって作れるもんね。
待っているとお腹が空いたのでクノーのジュースを飲んで凌ぐ。待ちながらレイのことを考えているとずっと頭にあった漠然とした不安に思っていたことが口を吐く。
「あのさ、今度北天界に行く時にレイも一緒に行けないかな。」
「突然何を考えているんだ?」
「ほら、ハルいい奴だしさ、会って見たら良いかもなとか。」
「なんなんだ唐突に。そう言うお節介は辞めておけ、向いてないし、大体ハルの気持ちはどうするんだ。」
「大丈夫、レイに会えばきっと心動かされるよ。」
「…それに関しては俺は関与しないからな。気が進まない。」
「…うーん、分かった。レイにも北に興味あるか聞いてみる。だってカヅキが相手じゃちょっと…じゃない。」
「なんでここでカヅキが出てくるんだ?何を心配しているんだ?」
「だってさ、私はアンセが居るでしょ。でもレイにはまだ居ないじゃない。」
「そういうことか。レイはモテるから大丈夫だろ。」
「そうじゃなくて…そうじゃないんだよ。」
「実はモテないとか?」
「違う!レイは私よりずっとモテると思う。そうじゃなくて、レイも私達も地上から来たでしょう。樹と同じくらい長生きするじゃない。ナミさんみたいに長生きしたらどうする?樹は長生きって分かっているから良いけど普通の人は?私今回レンさんに会って思ったんだよ。きっと辛かったんじゃないかな。理由も分からず自分だけ長生きで周りに置いて行かれて、気味悪がられるのが嫌で人からどんどん離れていって、寂しかったと思う。そんな思いをレイにして欲しくない。」
レンは今まで一人長生きをしてどうやってきたんだろう。兄妹や伴侶となった人もいたのだろうか。でも長く一人だった様な事を言っていた。
「んー、まあ、そうだなあ。それを聞くと止め難いが、やっぱりそれは本人次第なんじゃないの?寧ろ好きでもない奴と何百年も居たくないだろ。」
「それはそうなんだけど。会ってみるくらいは良いかなって思うの。」
「じゃあ好きにしたら。あとは知らん。」
なら好きにする事にする。ここでぐだぐだと話してもお互い会ってみなければ分からないだろうから。
話がひと段落ついたところでレイが到着した。
荷物はそんなに多くなく寝室の一角に置くと椅子に座ってひと休みするように勧める。
「家の広さは主天界の一人用の家の大きさと変わらないね。でもあのロフト面白いね。どんな作りなのか後で上がってみたい。」
私達と同じ感想だ。
レイは一気に飲み物を飲み干すと真面目な顔になる。
「どれくらいここにいる予定なの?」
「エーハルーン、あ、ここの樹と明日話をしてその後は決めていないの。殆ど観光して居ないから少しブラブラしたい気もするけどアンセの体調次第かな。」
「アンセ体調悪いの?」
「なんかね、ここに来てから疲れて昼間仮眠取っている事が多いんだよね。」
「水が合わないんじゃない?」
「また水か…。」
「その土地に合わない事を水が合わないって言わない?」
「そうだけど気になるなぁ。レイはどうなの?西の生活。」
「楽しいよ。家はシツアンルさんと同居だけどその分何も用意しないで大丈夫だったし、学校もお金出るから生活出来てるよ。」
「学校なのに?」
「工房に入る時に工房が学費を払う仕組みみたい。私は習うだけで出て行ってしまうけど。」
面白い仕組みだけど工房に引っ張られなかったからどうするんだろう。
「あの学校の卒業生は腕が良くて今までそう言う人は居ないみたいだよ。見習いは学費払えないから皆んな必死で技を磨くし、皆んな好きで通っているから上手くなるんじゃない?」
いいシステムだ。別の事でも応用出来たら良いなあと思う。
「…レイ、帰って来てね。」
「ふふふ、帰るよ。帰って主天界でも色々やってみたい。此処では見習いだけど帰ったら先駆者になれるじゃない?」
とっても嬉しそうだ。レイがみんなを引っ張る姿を想像する。
「そろそろお祝いの準備始めますか。まずはレイと咲で買い物頼むよ。買うものはメモしてあるから。」
了解、お宅の大事なお姫様をお預かりしますよ、と言ってレイはメモを受け取って外に向かう。私もついて行って風板に乗る。
「乗れるの?」
「練習したんだよ!」
二人で出発すると私の速度とレイの速度が合わない。
「咲、それなら歩く方が良くない?」
「そんな事ないよ、楽だし小さな荷物なら板に置けるしさ。」
「咲が良いなら良いけど。ゆっくりだと疲れるから先行くよ。」
レイは定期的に振り返りながら私の先を行く。目標速度が目の前にあるので少しだけスピードを上げて移動する。加速すると後ろに引っ張られて倒れそうになるが軌道に乗ってくると良い感じだ。お、急激に上手くなったんじゃないかな。
お店の前でレイは待っていてくれた。
一緒にお店に入るとレイが買う野菜を読み上げるので私が見つけてカゴに入れる。
「いつも思うけど咲は丁寧に野菜を扱うね。」
「そうかな。」
「お母さんが子供をベビーカーに乗せる感じ。」
「それは言い過ぎじゃない?」
本当、本当、笑いながらレイは次の棚に進んでいく。
そんなに違うかな、あまり考えた事が無かった。よく見ると皆んなぽいぽいと野菜を入れていて重なったりちょっと葉っぱが押し潰されたりしている。見ていてちょっと痛々しい。確かにあれが普通ならあんな風には扱っていないかも。
二人で買うとあっという間に必要な素材が集まってお店を出る。
「大金持っているね。」
「ナミさんに滞在費で貰ったの。そういえば、エンカントもご飯タダなんだよ。」
「わー羨ましいな。」
「大丈夫、レイも絶対無料の権利持っていると思う。」
「聞いてみよう!棚ぼた頂こうっと。」
わいのわいの言いながら帰ってくるとアンセが仁王立ちしている。
「どうしたの?何かあった?」
「何にもない。」
「咲、アンセは妬いているんだよ。私が独り占めして楽しそうに帰って来たから。アンセと一緒にいる時より笑顔なんじゃない?」
「そんな事…あー、そうかな。そうかも。」
「咲、それはそんな事ないで打ち止めないと。」
私を諌めつつレイの顔はニヤけている。
最近はアンセの調子が悪くて心配の方が大きかった。攫われて戻ってからのアンセはちょっと面倒に感じていたから多分それが顔に出ていた筈だし笑顔は確かに少なかったと思う。
「咲、また拐われたの?倒れていたの?」
そう聞かれると困る。前回は疲れて抵抗出来なくて仕方なかったけど、今回はどちらかと言うと積極的について行って捕まってしまった。
返事に詰まっているとアンセが代わりに答える。
「ほいほいと敵に絆されて手助けしてついて行って捕まって、眠りこけていたんだと。」
「そんな言い方しなくたって。」
「違うの?」
「いや、間違ってないけどなんかすごい悪意を感じる。」
アンセに抗議をするとレイが真面目な顔で私の両腕を掴んで目を合わせる。
「あのさ咲、聞いて。確かに此処の人達は皆んな良い人だよ。地上では考えられないくらい善意の塊。でもね、博士みたいな人が居ないわけじゃないの。殆どの人は被害に遭わないけど咲は巻き込まれやすいから地上に居た時と同じくらいの警戒心があっても良いと思う。」
ちゃんと警戒している筈なんだけどと反論したいが、二人に説教喰らう羽目になりそうで分が悪いので寝室に逃げ込む。
ふーんだ、心配かけたのは悪かったし、知らない人について行ったのも悪かったけどさ。寝てて怖い思いも殆どしなかったけど…
あれ?私もしかして今回迷惑かけただけ?
考えるのはやめよう。
二人はそのまま料理を始めてこっちに来る気配は無い。料理をするといつもそうだ。確かに私はあの二人に比べたら戦力外だけど。
それにしてもレイに会えて良かった。帰って来てくれるみたいだし。ご飯が出来るまでゴロゴロしていようと決める。