クノー母さん
「今日もよろしくお願いしますね!」
何だか楽しそうな人だ。しばらくするとカレルもやって来て3人で西の川に向かう。川を歩いていると木々がこの前の祈りの唄を唄っていて思わず私も口ずさむ。
「その唄懐かしいですね。節目でよく唄いますよね。あれ?歌詞が少し違くないですか。」
この前の支配人と同じ事を言われる。でもみんなと唄うとどうしても違う歌詞になってしまう。
「昔はそう言う唄だったのかもしれませんね。」
カレルが言う。やっぱり木々の声が聞こえているのかもしれない。
頂上まで歩くと3人で手分けしてさっさと採取を終わらせて戻る。人数が居ると作業が早い。キナノは作業が終わるとそのまま別れてカレルと二人で分析室に向かう。
「カレルさん、もしかして木々の声が聞こえるのですか。」
やっと巡って来たチャンスに何の前触れもなく突っ込む。カレルは一瞬びっくりした顔をしてから小さく頷く。
「咲さんみたいに話せる訳ではありませんが木々が許せば囁きを聞く事はできます。」
「許せばとはどう言う事ですか。」
「分かりませんが聞こえる時と聞こえない時があるのです。例えば母が木々と話している時木々の声は聞こえません。でも先ほどの唄のようにみんなに語りかけている時は聞くことができます。」
「みんなに語りかけている時というのがあるのですか。」
「そうですね、私は話せないので分かりませんが例えば咲さんが初めて山に入った時木々は今と同じ唄を唄っていました。」
「どうして声が聞こえるのですか。」
「分かりません、昔から聞こえていた訳ではなくて、なんかざわざわ声がするなと思う時が増えてこれは木々の声かもしれないと気づいたのは最近の話なのです。」
「何かきっかけとかあったのでしょうか。」
「多分、ですが…あ、もう部屋に着くので続きは今度でも良いですか。公にしない方が良いかなと思うので。」
私もその通りだと思うので黙って中に入る。カレルは途中から声が聞こえる様になったと言っていた。それに木々の話を重ねるとカレルがミレニオを使ったあるいは摂取したと言う事なのだろうか。ますます疑問が増えただけで気持ち悪いが仕方ない。
明日はゆっくり行けるからクノーと話してから仕事に行こうと決める。
帰る時間にはアンセが意気揚々とやって来て恥ずかしかったので今度から風通路の入り口で待ち合わせる事にする。今日の事を話すとアンセは嬉しそうに俺たちを祝福しているからみんな歌っているんだろうな、と一人で納得している。
翌朝早く私はクノーに会いたいとお願いして案内してもらう。行く途中も唄を唄っていたので一緒に唄いながら向かう。何となくみんなと肩を組んで唄っている様な気持ちになって大声で揺れながら唄って辿り着くとクノーが笑っている。
おかえりなさい
みんな あなたを待っていました
嬉しくて 毎日喜びの唄を 唄っているのです
これは喜びの唄だったんだ。アンセには伝えないでおこう。
悩んでいるのでしょう 他の樹に会うのを
「そうなの。こんなに中途半端な状態で使者として名乗って良いものなのか。今回の件も途中で寝てしまったのでよく分かっていないし。私行ってもこんにちは、ヘラヘラってしておしまいだと思うの。」
少しコルク質の柔らかい樹皮によりかかって話す。クノーに会うとどうしても子供に返ったような気持ちになってしまう。
それでも 良いのではないですか
知らないものを見に行く と思えば良いのです
「クノーもそう言うの?」
南はあなたの力を必要としていますが
行くだけで十分です 何もしないでよろしい
「クノー冷たくない?なんか。」
あなたの力を 必要としていると 言ったでしょう
また 大いなる力が あなたを引き止めるかもしれません
私たちは 大いなる力とも異なる存在です
あちらに 咲が囚われるのは 歓迎出来ません
「また引き留められるのは嫌。てっきりクノーたちと大いなる力は表裏一体だと思っていたけど違うんどね。」
私たちが 咲たちと違うのと同じです
本当は行かせたくないですが 仕方ありません
北の樹に任せて 程良く頑張りなさい
「程良くって1番難しいやつじゃない。」
では楽しんでいらっしゃい
私たちは 一つ 何処にいてもあなたを見守っています
「クノーも行った方がいいって思うんだね。じゃあ行かしかないね。クノーも来てくれたらいいのに。」
言ったでしょう 私たちは一つ いつもそばにいますよ
そう言うと枝葉で包み込んでくれる。見上げるとクノーの大きな幹と深い緑の樹冠が風に揺れて朝の光できらきらと輝いている。このまま今日はここで甘えていたいなぁ。ここでのんびりするのは久しぶりだ。
そろそろ仕事でしょう 行きなさい
「もう、本当にお母さんみたいなんだから。分かってる。」