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祈りの唄

「ようこそいらっしゃいました。またお会いできて嬉しいです。」

そう言うと丁寧に店の奥の中庭に案内してくれる。庭なので寒いかと思ったら風で大きなドーム状の壁が庭の外まで作ってあって、キューブの形に置いてある熱い石のストーブのお陰で室内のように暖かい。庭の真ん中にはお洒落なロートアイアンのテーブルと椅子があってシンプルな布の上にクノーリアンの葉っぱの模様が付いたテーブルランナーが掛けられている。突然の依頼なのにとても素敵な雰囲気だ。

周りはまだ明るくて庭に居る木々の葉擦れの音が心地よい。地面には春の花が咲き始めていて風に乗って揺れている。その動きに耳を澄ますと揺れているのは風ではなく木々が歌を歌っているからだと気がついた。ふん、ふふん、何度も聞いているうちに耳に残って口ずさむ。


「おい、おい、聞いているか。」

私の顔の前でアンセが手を振っていた。


「どうしたの?」

アンセががっくりと首を垂れる。


「あのさ、全然聞こえてなかっただろう。」

「えと、あの、木々の歌があまりにも素敵で聴き惚れていたから、聞こえなくて。正確には聞こえない訳ではないけど声が遠いと言うか。それで、あの、ごめんなさい、聞いてませんでした。」

「昔は聞こえていたから、感覚はわかるけどけど置いて行くな。」

そう言われたそばから、ふん、ふふん、ふーんと口ずさんでいると支配人が来て懐かしい歌ですねと言う。


「知っているのですか。」

「昔学校で聞き覚えました。祈りを捧げる唄です。今でも正月などの節目に唄います。樹々を愛で、祈りを捧げましょうと言う唄です。」

きっと初代樹が木々と一緒に歌った唄なんだろなぁと想いを馳せる。仲良く歌っている様子が目に浮かぶ。と同時にまた木々の歌声がら聞こえて来て一緒に口ずさむ。


「なんだか葉擦れの音と重なって木々と合唱している様に聞こえますね。」

一緒に歌っていて気づかない私にアンセが足で蹴って合図をくれて我に帰る。


「…この唄は木々に祈りを捧げると言うよりは木々と私達が共に生きる幸せを喜ぶ歌かと思いました。…共に生きる幸せ、共に祝おう、私達の未来を祈ろう、繋いでいこう…」

最後は聞こえた歌詞をそのまま口にする。


「最後の歌詞が少し違うからかもしれません。…ここに生きる幸せ、樹々に祈ろう、私たちの未来に向かって、繋いでいこう、だった気がします。本来の歌詞とは違うかもしれませんが。」

多分それが今天界で歌われている歌詞なのだろう。意図的にどこかの樹が変えたのか、時代と共に変わっていったのか、どちらにしてもこの唄は今は祈りを捧げる唄なのだ。少し違うだけでだいぶ印象が違う。


「教えていただきありがとうございます。俺は全く授業聞いていなかったんだなと分かりました。」

アンセがみんなの笑いを誘って話を終わらせる。支配人は飲み物を確認すると下がっていく。

 

「気をつけろよな。聞いているこっちがハラハラしたよ、全く。木と話せるのは樹だけだし、地上から来るのも樹だけなんだ。今の時点で学校に行っていないと思われたり、樹が二人居ると言うのは混乱を招くから考えて話せよな。」

すみません、考えなしでした。


「でもアンセも歌聞けたらいいのにね。すごくきれいな旋律なの。」


ミレニオ カレル 聞こえる


「え?どう言うこと?」

思わず大きな声をあげる。アンセがまたか、と呆れた顔で私を見る。


カレル 聞こえる


どう言うことだ。カレルには木々の声が聞こえているって事なのか。だから私が初めて仕事に行った時、木々がざわめいていたと言っていたのか。カレルはミレニオが何か知っているのか?


「何だって?」

「外では話せないから帰ったら話すね。」

カレルの話は気になったがこれ以上ここで教えてもらえないことは分かっているので今は考えないことにする。私はアンセと話しながら時々木々の歌声に耳を傾けて食事を楽しんだ。私の大好きな人達に囲まれた食事は楽しい。アンセは一緒にいるのに時々心ここに在らずの私に不満だったようだけど相手が木々なので不満をぶつける先もないと溢している。

最後のデザートはこの前と同じ素敵なロートアイアンのお皿に乗って来た。プレートには二人の出会いに祝福を、と書かれている。


「お二人の出会いが、ここを救ったと聞いています。その出会いに立ち会えたことを嬉しく思います。一緒に祝わせて下さい。」

支配人が手を上げると空に花火が打ち上がる。

わー、初めて見た。さすがの炎のプロ、まだ明るい空に様々な色の花火がきれいに浮かび上がる。

そういえばアンセはサプライズ苦手なのに大丈夫かな、と様子を見ると嬉しそうに見上げている。苦手を上回るくらい嬉しかったのだろう。


「何かお祝いの舞の様にしようかと思ったのですが空に咲く花も良いかと思いまして。楽しんでいただけましたら幸いです。」

花火のお礼を言うと支配人は嬉しそうに微笑んだ。


「ところでブリースの木はどうですか。」

「シア…ブリースは今は窓辺で元気にやってます。花が咲くのはもう少し先になりそうですが。」

「それは良かった、楽しみですね。花が咲く頃にはまたいらして下さいね。」


お店を後にして二人で歩いて帰る。花火きれいだったね、と言うと俺にも出来ると言うのでアンセもサプライズ苦手なのに喜んでいた事を指摘する。


「サプライズ苦手じゃないよ、そんな事言ったか。」

「この前来た時にプレート用意したり、ブリースもらった時戸惑っていたじゃない。」

「ん、そうだっけか。」

なんかわざと惚けている。今回は見逃してあげよう、デートの初日に雰囲気を壊しても勿体無い。今度素敵な花火を上げると約束する。

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