お気に入りの魂 後編
「大いなる力は私の魂が危なく壊れるところだったので呼び寄せたと言っていました。初代天界に呼ばれた魂の色に似ているとも。」
「聞いてないぞ!」
「うるさいですよ、アンセ。口を挟むなら出て下さい。やはり咲は魂が弱いのですか。だから魂が少しでも傷つく様な出来事が重なると意識を失うことが多いのですね。でも私の知る限り一年も魂を休ませるのはかなり長い時間です。大いなる力の時間の流れはこことは違うのです。本当に魂が壊れかけていたのだとすると魂の修復には気が遠くなる程の時間がかかりますから計り知れない時間を一年にしてもらったのかもしれません。その場合それほどしてまで救いたい魂だと言う事なのでしょう。咲は次の樹になるのでしょうか。何か言っていましたか。」
「それは言われませんでした。ただまた話す機会があると言っていました。」
「含みのある回答ですね。でも分かりました。折を見て少しずつ理を共有していきましょう。それでアンセは咲を守り続ける自信はありますか。それは天界の全てからだけでは無く、大いなる力からもと言う意味です。」
「大いなる力からも守るとはどう言う事ですか。大いなる力は天界の魂を守ってくれるのでしょう。」
「正直魂一つのために心を砕くなど聞いたことがありません。よほど気に入っているのでしょう。本当にアンセの束縛が功を奏したと言わざるを得ません。そうでなければ私達のいる間に咲は帰って来れなかったかもしれません。」
樹がさらりと恐ろしい事を言う。
「なんか俺の神聖な誓いをときめきがないだの、束縛だの酷くないですか。」
「仕方がないでしょう。求婚と言う一大イベントを思いつきで相手の了承なくやったのですから。」
なるほど誓いを立てるのは求婚になるのか。だからあの時人が集まって来て見守る感じになっていたのか。なのに事情を知らない私の反応がイマイチで求婚に失敗した可哀想な求婚者と思われたのだ。ごめん、とは思うけどその慣習を知っていたとしてどう反応しただろうかと想像してみる。あの時人を信じられないと思っていたのをなんとかしようとして捧げられた誓いは、嬉しいかもしれないがちゃんとした意味を知っていたら断っていただろう。人を信じる事と求婚は別の話だ。
結果論としてはファインプレーだけどなんとも言えない気持ちになる。
「まあ、誓いについては二人で後で話せばいいでしょう。とにかく大事なのは咲は良くも悪くも大いなる力に気に入られていると言う事です。アンセ、ライバルはとても強敵ですよ。頑張りなさい。」
頑張るとは何をしろと言っているのだろうか。
「分かっています。誰にも渡しませんよ。」
そう言うと私をさらに引き寄せる。肝心のアンセがやることが分かっているならまあいいか。
「それであの後どうなったのですか。博士はどうしているんですか。」
「博士は監禁され、グネルと言う相棒が居なくなりあれから何も起きていません。漸く落ち着いて来たところです。」
それは良かった。胸を撫で下ろす。
「これで暫くは何も無いと言いたいところではありますが、来年の頭に四天界の集まりが南天界であるのですが、出来れば咲に行って来て欲しいのです。落ち着いたとは言えまだまだ何が起こるのか判りません。不在にした時に対応出来るように私はここ主天界に残りたいと思っています。このタイミングで咲が目覚めてくれたのは本当に助かりました。」
「四天界の集まりって何をするのですか。」
「9年から10年に1回ここ主天界と繋がっている他の天界の代表が集まって近況報告をするのです。各天界の遣いが定期的に訪れて情報交換はある程度していますが、実際に会って話しをするための会です。今回の件に関して注意喚起をするとともに報告をお願いします。後半の部分に関してはアンセを連れて行って良いので補足してもらって下さい。これは決定では無いので、会合の10日くらい前までには咲の気持ちを教えて貰えると嬉しいです。」
起きた途端、既に樹になるための布石が予定されている。これは明らかに次世代樹としてのお使いの一環だろう。一緒に行けると聞いたアンセはなんだか浮き足だっている。樹の代理で行くと言う責任の重さがこの人は分かっているのだろうか。来年の頭とは言え今はもう暑さも陰り始めていてもうすぐ今年が終わる。つまりその会合までそんなに時間がない。
「考えるためにも明後日出勤した時に何を実際にするのか教えてください。それからどんな人が来るのかも。」
「勿論ですよ。今日は退院したばかりなのに早速のお願いでごめんなさいね。でもちゃんと心の準備をする時間があった方が良いと思ったの。どちらの答えでも尊重します。」