お気に入りの魂 前編
「分かった。」
少し不承不承アンセは同意する。
途中から話しは逸れたけど私達は両思いで恋人同士なんだと改めて思ったら恥ずかしくなってきた。どんな顔をしてアンセを見て話したら良いのかな。
このまま2人で居るのが気まずくなって今からリハビリをやるからと仕事から抜けてきたアンセを追い出した。
今回はリハビリは歩く前に腕を上げ下ろしや指先を動かす練習からだ。歩くまではまた程遠い。あんまりリハビリは好きではないけどここで手を抜くといつまで経っても外に出られない。
頑張ってリハビリを終えるとアンセが弁当を持ってやってくる。手が上がらないし手も上手く使えないので食べさせてもらう。
「咲、新陳代謝上げる力があるんだろう。自身の筋肉とかやってみたら少しは助けにならないか。」
確かに対象が自分の体なので触ったりしないでもイメージしながら祈るだけでいい。言われてすぐさま取り掛かる。
見た目には変化は無いけど気持ち指が動く様な気がする。今は少しの前進でも嬉しい。
「すぐに試すのも良いんだけどさ、一声掛けてからにしてくれないか。」
ご飯の乗ったスプーンで私の口をつんつんしているのに気付かなかった。
「ただ待っているより良さそう!ありがとう!」
「早く帰ってきて欲しいからな。ほら食べて。」
お母さんみたいな口調でどんどんとご飯を運んで来る。
「今回は入院長引きそうだな。樹も今度また来るみたいだからその時に必要が有れば話しておけば。因みに今日はお泊まりダメだってさ。」
残念、一人か。でも今日アンセが隣にいたらドキドキして逆に眠れなさそうだから安心する。アンセはギリギリまで一緒にいるとじゃあなと私の頬を撫でると部屋を出て行った。一人で恥ずかしくなって布団に潜って叫びたいのに動けないのがもどかしい。
翌日からはリハビリと自己代謝の向上に努めて頑張った。入院中はレイやリン、水担当のみんなが交代で来てくれてみんなと話すと一段と復帰したい気持ちが高まって思っていたよりも早目に退院出来ることが決まってリノ達も劇的な回復だ喜んでくれた。
退院の日はいつも通りにアンセが迎えに来て二人で歩いて帰る。前と同じなのに温かいものが二人に溢れているのを感じてちょっとドキドキする。樹に呼ばれて居たのでそのまま向かうと樹が部屋で待機していた。
「まずは、おかえりなさい。そしてありがとう。咲、あなたのお陰で今があります。」
「いえ、まだまだ道半ばで倒れてしまって申し訳なかったです。」
「守り切れなかった私の責任なので私の方が謝るべきです。ところでアンセ、嬉しいのは分かりますがそのだらしない顔をなんとかしなさい。気味が悪いですよ、ね、咲。」
うん、ちょっとだけ樹に同意する。でも私に振らないで欲しい。アンセを見上げると樹の言葉は全然響いて無い様だ。目が合うとさらに顔が緩んで私を引き寄せる。
「咲が俺の元に戻ってきたんです。今日は見逃して下さい。」
「では一旦あなたは外に出て下さい。咲に話があります。」
ばっさりと樹がアンセの言葉を切る。
「それは出来ません。俺も咲に誓った者として聞く権利があると思います。」
「あら、そう言う事なの。おめでとう。漸く報われたのですね。なら、今日はその顔でも仕方ありませんね。」
「あの、なんか誤解されているみたいですが別に婚約とかしたわけでは無いんです。気持ちを確認しただけというか。」
「なるほど。どちらにしてもアンセは貴女に誓いを立てたのでしょう。であれば大丈夫です。それにしても気持ちを確認してすぐの誓いで驚いたでしょうね。」
「誓いを立てたのは一年半くらい前です。」
「咲は受けたのですか。」
二人とも無言になる。受けた訳でもないが断ったわけでもない。訳がわかっていなかったと言うのが本当のところだが口にするのが憚られる。その様子を見て樹が大きなため息を吐く。
「恋人の間では最もときめく瞬間のはずなのに残念な誓いを立ててしまったのではないかと言う懸念はありますがでもそのお陰でこちらに戻って来れたのかもしれないと考えると、結果良かったのかもしれませんね。」
「そのお陰ってどう言う事なのですか。」
「実はその件で少し話しておきたかったのです。咲、あなたは今までも何度か意識を失った事がありますね。」
迷わずに頷く。今までの人生でこんなにも倒れて意識が無くなった事なんてない。
「天界ではどんなに体が傷ついても治すことは可能です。」
「魂を浄化するのがここの目的でありあくまでも体はその入れ物であり、魂同士のやり取りを円滑にするためのものだからですか。」
「大いなる力と話したのですね。何を聞いたのですか。」
「ここの生い立ち、大いなる力は天界を守るためにいること、それから今までも何度か私の魂が弱いので休ませてくれていたと。」
「そうですか。魂が傷つく様なことは天界では起きないはずなのです。ですからあなたが来てからあなたを含めて様々な魂が傷つき意識を失う事があり私も正直戸惑いました。でもその話からするに気を失うことで傷ついた魂は確かに大いなる力によって休まされ癒されるのだろうと思います。それでも一年も意識がなかったと言うことは魂が殆ど壊れかけていたか、気に入られたのかだと思います。」