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焼売だいすき

 私は焼売が好きなのだけれど、一体いつからそうなのだろうか。

 子供のころ、うちの食卓で食べた記憶はない。それはやはり、手作りのものが殆どで、買ってきた総菜で食べるのはコロッケくらいだったからだろう。そういえば、餃子も家で食べたという記憶がない。自分たちで餃子の餡を作り、餃子の皮に丸め込んでいくという風景を、初めて見たのはたぶんテレヴィか何かだったと思う。

 中華料理屋に連れて行ってもらうことはあったけれど、そのときも焼売を食べた記憶はない。一体何を食べていたんだろう。はっきり覚えているのはポテトくらいだ。薩摩芋の切ったのを飴で固めた、いわゆる大学芋というやつだけれど、あれは中華料理なんだろうか。子供のころは中華料理屋でしか食べたことなかったけれど。青椒肉絲や八宝菜、春巻きなんかはうっすらと憶えている。それでも、そこに焼売の姿はない。

 小学校の給食で出たような記憶はある。だとすれば、それが初めて焼売を食べたときなのだろう。美味しいと思った記憶もないが、不味いと思った記憶もない。だいたいにおいて、私は給食で出て来るものは全部美味しいと思って食べていたように思う。ただ一つの例外は南瓜のシチューであった。あれだけは美味しいと思えなかった。だからと言って残すことはなく、無理して食べていたのだけれど。コッペパンや揚げパンはたまに残していたから、それほど好きではなかったのだろう。パンの類は、残して持ち帰ることが許されていた。しかし、ランドセルに放り込んだままになることが多かった。

 親の片方の田舎が静岡だったので、帰りの電車辺りで焼売の入った弁当を食べたのではないか。今でもたまに静岡に行くが、静岡の駅では焼売の弁当を売っている。東京の駅でも売っているので、静岡から東京の間ではだいたい売っているのだろう。

 最初に食べたのがそうだったかどうかはわからないが、大人になってから食べるようになったのは、横浜の崎陽軒のだった。崎陽軒の焼売は、焼売ではなくシウマイと書く。大学は東京の方だったので、帰省するときにシウマイ弁当を食べたのかも知れない。大人になってからは、殆どの場合シウマイ弁当を買って食べていた。磁器の醤油さしがついてくるので、捨てられなくてコレクションのようになっている。私は本当に集めているわけではないが、何百と集めているコレクターもいるらしい。

 米飯を食べなくなってからは、シウマイ弁当ではなく、単品のシウマイを買うようになった。電車の中で食べたり、持ち帰って夕食にしたり。コロナ禍の初めのころ、おうちで旅気分というので、スーパーに各地の特産品が並んだが、その中に崎陽軒のシウマイもあった。たぶんその辺りから、シウマイが好きで好きで仕方なくなったのではないか。

 崎陽軒のシウマイは、スーパーでは売られなくなった。惣菜としては、以前から売られていたのでそういうのを買うようになってしまった。小粒のものは、肉気が物足りないので美味しくない。大粒のもので、安売りシールが貼ってあるのを買う。前にも書いたが、うちの電子レンジは壊れているので、冷たいまま食べることが多かったけれど、小さめの鉄鍋に並べ、水を少し入れてから蓋をして蒸し焼きにするといいことが最近わかったのでそうしている。

 焼売が好きだということで、私が糖質制限をしているわけではないことがわかる。だって焼売の皮は小麦粉だものね。

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