投函
一軒家に引っ越してからすぐの出来事だった。
ある日家に帰ると、ポストに1枚の写真が入っていた。そこに写っていたのはリビングで寝転がる愛猫のニャンニャンコの姿だった。
裏を見ると、『11/10』と今日の日付がボールペンで書かれていた。
私は真っ先にニャンニャンコを探すことにした。玄関を開けて中に入ると、ニャンニャンコがちょうど階段を登っているところだった。
すぐに捕まえ、身体中を触ってみたがニャンニャンコは声をあげなかった。
とりあえず元気だということを出来たので安心し、家中の戸締まりを見て回った。
裏口からトイレの小窓にいたるまで全て確認したが、どこも開いていなかった。
確認が終わった頃に妻がパートから帰ってきたので相談してみると、彼女は意外なことを言った。
私がインスタグラムに上げている写真から1枚拝借したのではないかというのだ。
すぐに確認したところ、先月の初め頃に投稿した写真と全く同じものであることが分かった。ただのイタズラだったのだろう。
しかし、私の予想は外れていた。1週間後、事態が急変したのだ。
その日先に帰宅した妻が、「ニャンニャンコがいない」と会社に電話を掛けてきたのだ。猫がいなくなったくらいで会社を早退する訳にもいかないので、私はできるだけ早く仕事を終わらせ、大急ぎで帰宅した。
家に入ると、微かに血のにおいがした。嫌な予感がした。
どこかから逃げ出した可能性も考えながら、手分けして2人で必死に探したところ、妻が押し入れで変わり果てた姿になったニャンニャンコを発見した。
脚が4本ともグニャグニャに曲がっており、身体中のいたるところから出血していた。
それを見た妻は聞いた事のないような叫び声をあげ、その場に倒れた。
妊娠中の妻をその場に残したままにするのは忍びなかったが、一刻を争う事態だったので私はすぐにニャンニャンコを病院に連れていった。
急患で見てもらったが、その後すぐに亡くなってしまった。
ニャンニャンコの亡骸を抱え、妻のいる家に帰る。妻はどんな反応をするだろうか。なんと言えばいいのだろうか。ショックでお腹の子に悪影響を及ぼすようなことがなければいいが。この帰り道が人生で1番長い帰り道だった。
家に着くと、回覧板の挿さったポストが目に入った。
先週あそこにニャンニャンコの写真が入っていたんだ。あいつだ。あの写真を入れたあいつが私たちの留守中に忍び込んでニャンニャンコを殺したんだ。そうに違いない。
回覧板を引き抜くと、1枚の小さな白い紙が落ちた。拾い上げて見てみると、ボールペンで『11/16』と書かれているのが分かった。嫌な予感がした。
恐る恐る裏返してみると、そこには数時間前に押し入れで見たあの光景があった。
私はすぐに警察に通報した。
駆けつけた警官に『恨まれるような相手はいなかったか』『戸締まりはちゃんとしていたか』などの質問をされたので、私たちは遠いところから引っ越してきたばかりで、この地域の人たちから恨みを買うようなことはしていないということと、先週写真を見つけてからは毎日厳重に戸締まりをしていたことを伝えた。
写真に指紋がついていなかったようで、手がかりがまるでないのだという。私たちにも本当に心当たりがなかったので、事件は迷宮入りしてしまった。
「ねぇあなた、引っ越さない?」
妻がこう言ったのはニャンニャンコが亡くなって3日目のことだった。
「この前引っ越したばかりで、ローンが丸々残ってるんだぞ。そんなお金どこにもないよ」
仕方がなかった。私も出来ることならこんな危険なところからすぐにでも離れたいと思っているが、お金がないのだ。
「私、怖い⋯⋯ちゃんと戸締まりしてるのに侵入されるなんて。もし私がいない間にあなたに何かあったら⋯⋯! それが怖いの!」
自分のことより私のことを⋯⋯!
そうだ、お金なんてどうとでもなる。1番大事なのは他でもない、たった1人の妻の命だ。借金でもなんでもして、とりあえずここから離れなきゃダメだ。
「ごめん、僕が間違ってた。引っ越そう。そして、それまでは何があっても2人で行動しよう。君のことは絶対に僕が守るから」
「あなた⋯⋯」
妻は涙を流しながら私に抱きついた。私も泣きそうになりながら、妻の肩を力いっぱい抱き締めた。
しばらく熱い抱擁を交わしたあと、目を開けて顔を上げると、目の前に刃物を持った見知らぬ男が立っていた。