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9.本物の魔法


「んんっ……! ちょっ、くすぐったいですわっ! こらっ! どこに潜り込んで――んああっ!」


 近くから聞こえる悩まし気な声に、ユウは目を覚ました。

 体中にふかふかしたものがまとわりついている。柔らかいだけでなく温かい。軽く汗ばむくらいだ。

 ここはどこだっけ、と思うのも一瞬の事で、ひょっこりと目の前に出て来たファルウの顔を見て、ヤヤヨノ様の住みかだと思い出す。


 体を起こすと、乗っかっていたファルウたちがころころと転げて行った。

 きょろきょろと辺りを見回す。建物の上の方には天窓が幾つも設えられているらしく、そこからもう光が差し込んでいた。


 目をやると、リュシエールが身もだえしていた。ファルウたちがリュシエールの服の隙間から中に潜り込んだらしい。リュシエールはまだ半分寝ぼけているらしく、もたもたと手足を動かすばかりである。潜り込んだファルウたちは、それで却ってリュシエールにしがみつく様にしているらしい。

 ニコレットはまだぐうぐう眠っている。体中から力が抜けているという風だ。大変幸せそうである。


「んぅううー! ふはっ!」


 リュシエールががばりと起き上る。服の中でもそもそしていたファルウたちがずり落ちて、スカートの中から転げ落ちて行った。

 リュシエールは困惑した表情で目をしばたたかせ、ふうと息をついた。


「もう! いやらしい動物ですわね! この! このこのっ!」


 と手近なファルウを抱き上げてふかふかと抱きしめる。ファルウはもぞもぞと身じろぎしたが、抵抗になっていない。

 リュシエールは幸せそうに頬ずりしてふたたびごろんと仰向けになった。そのまま左右にごろごろと転がる。そうして、じーっと眺めていたユウと目が合い、硬直した。

 起き上り、抱いていたファルウをそっと傍らに降ろして、おほんと咳払いした。


「……違うのよ」


 なにが? とユウは首を傾げた。リュシエールは口をもごもごさせて、ひょいとヤヤヨノ様の上から降りた。

 ヤヤヨノ様は目を閉じたままジッとしている。寝ているのか何なのかわからない。

 ユウもひょいと降りた。床の苔で足がふかふかする。その足元にファルウが一匹やって来て、鼻先を摺り寄せた。

 ミールィ? と言うと、小さく鳴いて、そのままするすると肩まで登って来た。

 よかった、ちゃんとわかった、とユウは胸を撫で下ろし、何か目印を付けないとな、とアトレイはどこかと見回した。

 アトレイはいなかったが、寝床の傍にニンジャが立っていた。リュシエールが驚いた様にそれを見て、不思議そうに首を傾げる。


「なんですの、これは」


 それ、寝てるんだよ、とユウが言った。


「えっ? だって目が開いてて、立ってて……」


 でも寝てるの、と言った。


「……本当だ」


 手をニンジャの顔の前で何度か振って、リュシエールは納得した。それでも表情は怪訝そうである。


「アトレイはどうしたの?」


 ユウは首を横に振って、知らないと言った。焚火の所では燻った炭が灰にまみれてうっすらと煙を上げている。その傍らに荷物がまとめて置いてあった。

 外に行ったのかな? とユウは入り口の方に行ってみた。

 大扉の向こうの廊下に、入り口からの光がわずかに伸びている。外の方で何か声がした。ドラクゥらしい。

 外かも、とユウが言うと、リュシエールも廊下を覗き込んだ。


「……そうみたいね」


 その時、まだ眠っていたニコレットがごろんと寝返りを打って「くぅうん」と妙な鳴き声を上げた。リュシエールは眉をひそめて振り返り、寝床の方へずんずんと歩いて行く。


「こらニコレット! 主人よりもふもふを堪能――じゃなくて、長く寝ているとは何事ですの! 起きなさい!」

「ふぁいっ!」


 ニコレットが飛び起きると、ファルウたちがころころと転げ落ちて、寝床の周りに散らばった。ニコレットは寝ぼけた様な顔で、それでも何とか背筋を伸ばして立った。


「も、申し訳ございません! あまりに寝心地がよかったもので……」

「ええ、ええ、そうでしょうとも! 強靭な意思がなければあのまま永遠に体を預けていたい感触ですものね! でもあなたは騎士でしょう! わたしよりものんびりしていては駄目なの! わたしだって……本当はもっと……」


 ヤヤヨノ様が薄目を開ける。


『うるさい、ぞよ』

「あら、ごめんあそばせ。来なさいニコレット。今日はアトレイと見張塔を目指しますわよ」

「は、はい……」


 ニコレットはそう言って、それからうんと伸びをした。

 森に入って以来、久しぶりに煩いなくぐっすりと眠った事もあり、リュシエールはすっきりしている様だった。ユウたちと出会った時の憔悴した様子はなく、傲然とした態度は彼女本来の強気な性格を窺わせた。


 三人は廊下を抜けて外に出た。雨はやんでいるらしかったが、薄い霧で辺りはけぶっている。空には雲がかぶさっている。まだ天気はぐずつきそうな気配だ。

 曇天の下、六尺棒を手にしたアトレイが、飛びかかって来るドラクゥを相手していた。

 ドラクゥは驚くほどの身のこなしで縦横無尽に跳ね回る。昨晩ニンジャと追いかけっこしていた時は手を抜いていたのかと思わせるほどのスピードだ。しかも捕まえようとしていた昨夜と違い、近づけば拳と足とが容赦なくアトレイに襲い掛かった。

 しかし、アトレイの方はそれを危なげなくいなしていた。

 六尺棒で受け、流し、軽い足取りでドラクゥの素早い一撃をさらりとかわしてしまう。

 加えて、その合間合間に六尺棒でドラクゥの肩や尻を軽く叩いている。


「ほい、また一撃」

「うがーっ! 今度はドラクゥが当てる番なのにーっ!」

「順番はない。当てたきゃもっと頑張れ」


 ドラクゥは決して弱そうには見えない。ユウはその動きを見ると目がちらちらする。素早過ぎて追い付けないのだ。

 しかも四肢を自在に操り、足だけでなく手も使って予想外の所から蹴りを繰り出したりする。

 それなのに、アトレイは涼しい顔でそれを受け止め、さらにドラクゥの手を足で払って転ばせたりしている。


「……強いわね」

「そうですね……騎士団長……いえ、剣聖クラスの実力はあるかも……」


 リュシエールとニコレットも息を呑む様にこの攻防を見守っている。ユウはなぜか自分が褒められた様な気分になって、一人自慢げに胸を張った。


 そのうち、面倒そうな顔になって来たアトレイが、やや強めにドラクゥの尻をひっぱたいた。

 ドラクゥは「うきゃあっ!」と言って尻をおさえて地面に膝をついた。

 アトレイは笑いながら、自分のキャスケット帽子をドラクゥにかぶせて、それを顔まで押し下げた。


「はい、おわりー。俺の勝ちー」

「うー、また負けた! あははは! やっぱしアトレイは強いな!」ドラクゥは帽子を押し上げてけらけら笑った。「でもドラクゥ、もっと鍛錬して次は勝つぞ! 今度こそアトレイを粉々にしてやるから覚悟するんだぞ!」

「ははは、まあ頑張れ……え? 粉々?」

「ドラクゥ、木の実集めて来る! 朝ごはんだ!」


 そう言って、ドラクゥはかぶせられた帽子を放り出し、手近な木にするすると登ると、猿の様に枝を伝って何処かへ行ってしまった。


 アトレイおはよー、とユウは手を振った。「おはようございます」とニコレットも会釈する。

 アトレイはドラクゥの放り出した帽子を取ってかぶり直しながら言った。


「おう、お早う。ぐっすり眠れたみたいだな」

「ええ、おかげで疲れも取れましたわ。それでアトレイ、あなたの用事というのはもう済んだのかしら?」

「ユウをここに連れて来て、ヤヤヨノ様の話を聞くのが俺の用事だよ」

「それならもう済みましたのね? すぐにでも見張塔に出発したいのですけれど」

「まあ、そう急くなって。朝飯くらい食って行っても罰は当たらんだろ」

「そんな悠長な……急がなくてはロザリーたちに先を越されてしまいますわ!」

「食うもん食っとかないといざという時に力が出ないぞ。それに俺といる時は俺の言う事聞くって約束しただろ。出発は飯食ってからだ」


 と言ってアトレイはずんずんと廃墟の中へ歩いて行く。

 リュシエールは不満げに口を尖らしたが、言われてみれば空腹である事を思い出したらしく、口をつぐんでアトレイの後を追った。


 中に戻ると、ニンジャが片足一本でバランスを取っていた。その肩や頭の上にファルウたちが乗っかって何だかよくわからない事になっている。


「おはようでゴザル」

「おう。何してんの?」

「平衡感覚を養う修行でゴザル。そうしたらこの連中がよじ登って来たという次第でゴザルによって」


 いいなあ、とユウはファルウにまみれているニンジャを見た。リュシエールとニコレットも何となくむずむずしている様子である。


 アトレイは炉に火を放り込むと、手早く鍋に湯を沸かして、あれこれと材料を放り込んでいる。木の実もあれば、干した茸や香草もある様だ。ユウにはよくわからないものもあって、それが全部鍋の中でぐつぐつ煮込まれると、不思議にいい香りがして来た。

 そんな風にシチューが出来上がる頃に、赤くみずみずしい木の実を沢山抱えてドラクゥが戻って来た。もういくつもつまみ食いしたと見えて、手も口の周りも果汁でべたべたしている。満面の笑顔でそれをどんどん手渡して来た。


「ごはんだごはん! はい! 食べていいぞ!」

「ちょっ、べたべたではありませんの! 押し付けないで頂戴!」


 ユウはちょっと迷ったが、大口を開けてかぶりついた。皮は赤かったが、中は薄黄色だ。甘酸っぱい果汁が口の中いっぱいに溢れて、口の端から垂れた。

 これはドラクゥみたいになるな、と思いながらも、うまいので、手が止まらない。

 アトレイがシチューをよそって差し出した。


「ほい、食べて食べて。熱いから気を付けろよ。食べて片付けて出発するよ」

「具が沢山……何だか久しぶり」


 ニコレットがちょっと嬉しそうに椀を覗き込む。


「パン、硬いからシチューでふやかして食って」


 そんな風に銘々に食事を取る中、ふと思い出したユウはアトレイ、と言った。


「なに?」


 ミールィにリボンつけてあげたい、と言った。


「ああ、膝の上のがミールィか。でも丁度いいのがあったっけな……」


 アトレイは荷物を引き寄せて、ごそごそと漁った。しかしどうもよさげなものがない。


「すまん、今はないわ。町に行く時があれば、その時に買ってやるよ」


 そう、とユウは視線を落とした。別に急いではいないが、また別のファルウたちに混じってしまった時にわからないのは困る。

 ミールィを見た。可愛い。首にリボンか、あるいはスカーフみたいなものを巻いてやれば、見分けはすぐにつくだろう。

 色は薄めの赤がよさそうだ。森でもよくわかる。

 そんな事を想像していたら、ふと握ったままの拳の中に何かがある事に気づいた。手を広げると、赤いハンカチがあった。ファルウのスカーフにするには丁度いいくらいの大きさである。


 ユウは思わず自分の靴を見た。元はぶかぶかだったアトレイの靴も、もうユウの靴としてすっかり足に馴染んでいる。これと同じ様な力だろうか。魔法なのだろうか。

 ちらとアトレイたちの方を見た。アトレイの目は朝食に向いていて、今の事は見ていない様だ。食事を終えたらしいリュシエールとニコレットは、手近なファルウを抱き上げてふかふかと抱きしめている。

 自分の事はわからないけれど、折角スカーフが手に入ったのだ。とユウはスカーフをミールィの首に巻いてやった。ミールィは大人しくしている。

 これで見分けがつく様になった、とユウはにんまりした。


 ドラクゥがそれを覗き込んで目をぱちくりさせた。


「おしゃれしてる! いいなあ、ドラクゥもしたいぞ。ドラクゥ、服これしかないから……」


 と、ドラクゥは自分の服の裾をつまんだ。

 ユウはドラクゥの姿をまじまじと見た。草の繊維を編んだ様な服は野性味あふれている。しかしドラクゥの容姿にはよく似合っている様に思われた。

 もしドラクゥがおしゃれするとしたら、服装ではなくワンポイントだろうな、とユウは思った。

 例えば、ざっくばらんに束ねている髪の毛。束ねる木の蔓をリボンにするだけでもよさそうだ。


 ユウはふと思いついて、ドラクゥに後ろを向く様に言った。ドラクゥは不思議そうな顔をしながらも、素直に背中を向ける。

 ユウはドラクゥの髪を束ねている木の蔓に触れた。リボンになれ、と心の中で思う。


「なー、どうしたんだー?」


 ドラクゥが言った。木の蔓は何の変化もない。

 駄目か、とユウが肩を落とした時、蔓が小刻みに震えたと思うや、端の方から青く柔らかいリボンに変わった。

 やった、できた、とユウが言うと、ドラクゥはきょとんとした。


「なにが? え? 髪の毛? わ! なんだこれ!」


 ドラクゥはリボンに手をやって驚いた様に立ち上がり、そうして広間の隅の方に駆けて行った。

 壁から水が湧いている所には水桶があって、そこに水が溜まっている。ドラクゥは水に映った姿を見て、嬉しそうに頬を染めた。


「ふわふわだ! ふわふわの紐がドラクゥの髪しばってる!」


 似合ってるよ、とドラクゥの後を追っかけて来たユウは言った。


「ホントかっ? ドラクゥ似合ってる?」


 うん、と頷くと、ドラクゥはえへえへと笑いながら、ユウの頬を両手で挟んだ。


「お前いい奴だな! ドラクゥ、お友達になりたいぞ! なんていうんだ?」


 ユウだよ、と言うと、ドラクゥは「ユウ! ユウ!」と覚える様に繰り返しながら、その辺りをぴょんぴょんと跳ね回った。何となくほほえましい。

 アトレイが面白そうな顔をして言った。


「仲良くなったな。ちょうどいいや」


 なにが? とユウは首を傾げた。


「食ったら見張塔に行くんだが、多分危険なんだよ。だからユウにはここで待っててもらおうと思って」


 やだ、と反射的に言葉が出た。アトレイが面食らった様に目をしばたたかせる。


「いや、だって危ないんだぞ? 骸獣の上位種がいるかも知れないし」


 だってアトレイは強いんでしょ? と言った。


「だけどな、お前守りながらだと戦いづらいし」


 邪魔って事?


「うーん……」


 アトレイは困った様に頬を掻いた。

 やっぱり自分で戦えないのは足手まといなんだな、とユウは俯いた。

 アトレイの言う事はよくわかるけれども、一人だけ残されるのは何だか仲間外れみたいで寂しい。ましてユウはアトレイたち以外に頼れる者がいないのだ。離れるのは何となく怖かった。

 アトレイは膝をついてユウと目線を合わした。


「あのさ、別にお前を邪険にしたいわけじゃないんだよ。ただ、見張塔には別にお前の記憶に関わる事はないし、行く理由もないわけさ。それでわざわざ危険を冒すよりも、ここにいた方がいいんじゃないか? ドラクゥとも遊べるし、ヤヤヨノ様のふかふかを堪能し放題だぜ?」


 物凄く心が揺れたけれど、そんな事を言われてしまうと、残る事を了承するとファルウのふかふか具合や遊ぶ事に屈した様に思われた。

 子どもである事は確かだけれど、子ども扱いされると反抗心が湧く。

 だから却って、何としても一緒に行くという気分になってしまい、ユウは断々乎としてついて行くと言い張った。


 いざとなれば、自分にだって不思議な力がある、とユウは胸を張る。アトレイは困った様に眉をひそめた。


「不思議な力、ね……なあ、ユウ。お前の力の事はまだわからん事が多いんだ。確かに普通の魔法の常識を外れたものを持ってるとは思うけど……」

「ドラクゥ、それでふわふわもらったんだぞ! 羨ましいか!?」

「んがっ!」


 不意にドラクゥが後ろからアトレイに飛びついた。アトレイは前につんのめったが、かろうじて倒れずにとどまった。


「お前はよぉ……ん? ふわふわ? なんだそりゃ」

「これ!」


 とドラクゥは自慢げに後ろを向いて、髪を束ねる青いリボンを見せた。アトレイはそれを見、それからちらとリュシエールたちの方を見た。二人はファルウに顔をうずめて肌触りを堪能している。

 アトレイはユウを見て、少し声を落として言った。


「……お前が出したのか」


 ユウは頷いた。それからミールィを抱き上げて、これも、と赤いスカーフを示す。アトレイは額に手をやった。


「……昨日ヤヤヨノ様と話した。お前のそれは『本物の魔法』なんだとよ」


 アトレイは昨日の話をユウに聞かせた。マナも理論も必要なしに、望みをかなえてしまう力。魔法という枠に収まらない規格外の能力。それをユウは持っているらしい。


「凄い力だが、そういう力がなんのリスクもなしに使えるとは、俺は思わん。だからお前にはあんまし使って欲しくないし、無暗に他人に知られるのもよくないと思う。都合よく利用しようって奴は世の中にごまんといるからな」


 ユウはヤヤヨノ様の方を見た。そうなの? と言った。ヤヤヨノ様は片目を開けた。頭の中で声が響く。


『わしには人間の理屈、わからん。でもアトレイの勘は、よく当たる、ぞよ』


 ユウは口を尖らして俯いた。でも、仲間外れにされるのはやだ、と小声で言った。

 アトレイは困った様に頭を掻いた。

 ニンジャがぽんと肩を叩く。


「まあいいではござらぬか。拙者がしっかりと護衛するでゴザルによって。それに、得体の知れない力とはいえ、悪い事ばかりではないでゴザルぞ? 拙者たちもその力に助けられているのでゴザルし、もしかしたら、その力が何かの拍子にユウの記憶を取り戻す手がかりになるやも知れぬでゴザルよ?」

「すげえ都合のいい見解だけど……ま、ここで口論しても仕方ねえか。おいユウ。一緒に来るのはいいけど、ニンジャの傍を離れるんじゃねえぞ。あと俺の言う事をちゃんと聞く事。マジでやばいという状況になるまで、魔法は使わない事。いいな?」


 うん、と頷いた。アトレイはやれやれと頭を振った。


「よし、片付けて出発だ。ドラクゥ、ヤヤヨノ様、世話になったな」

「ええーっ! もう行っちゃうのか!? ドラクゥ、ユウともっと遊びたいぞ!」


 と、ドラクゥがユウに抱き付いた。ユウはむぎゅと言った。ドラクゥからは森のにおいがする。

 アトレイは苦笑いを浮かべてドラクゥを小突いた。


「また来るからさ」

「やだーっ!」


 とドラクゥは両手両足でユウをしっかと抱きしめる。苦しいやらくすぐったいやらで、ユウはうぎゃぎゃと言いながら身をよじる。しかしドラクゥは怪力なのでちっとも抜け出せそうもない。


『行ってくればよい、ぞよ』


 不意にヤヤヨノ様の声がした。

 見ると、ヤヤヨノ様は片目だけ開けてこちらを見ている。ドラクゥが目をぱちくりさせた。


「行って来るって?」

『アトレイたちと見張塔まで行く。骸獣退治すればよい、ぞよ』

「ホント!? ヤヤヨノ様! ドラクゥ行っていいのか!?」


 ヤヤヨノ様は肯定する様に目を閉じた。ドラクゥはわあと嬉しそうにユウを抱き直した。ユウはもそもそ身じろぎして、ドラクゥの背中に手を回した。


「久しぶりのお出かけだ! ユウと一緒に行けるぞ、わーい!」


 わーい、とユウも言った。アトレイは目を細める。


「いいのか? 骸獣が増えてんのに、ここの守りが手薄になりゃしないか?」


 ヤヤヨノ様はちらと目だけ上げてハオマの木を見た。白い木肌が光っている。


『ここ守る者、他にも沢山いる。骸獣来ない。大丈夫、だぞよ』

「そう。ならまあ、いいか。ドラクゥなら正直助かるし、そんなに長くもならんだろうし……よし、行くぞ。お嬢様ども、そのファルウたちは置いて行けよ?」


 今の今までファルウの感触を堪能していたリュシエールは、我に返った様にハッと顔を上げた。ぱっとファルウを投げ出して立ち上がる。


「よ、ようやくですのね! あなたがぐずぐずしているから、暇を潰していただけなんですからね!」

「はいはい、いいから行くぞ。ドラクゥ、ユウを守ってやれよ。お前と違ってそんなに強くないからな」

「うん! ドラクゥ、ユウと一緒にいるぞ!」


 と、ドラクゥはユウの手を握り、ユウも握り返す。森暮らしのせいかちょっとごつごつした手の平が不思議と心地よい。

 ニンジャがからからと笑った。


「拙者とドラクゥで護衛は万全でゴザルな! 我らがいればユウは安全極まりないでゴザルぞ。ドラクゥにはニンジャの才能があるでゴザル」

「まあ、そうかもな……え? ニンジャの才能?」


 かくして一行は見張塔を目指して出発した。

 空は真珠色で日差しは薄く、足元に影ができない。

 次第に雲が垂れ下がって来て、雨は降っていないが、降り始めるのも時間の問題である様に思われた。


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