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4.聖女と勇者


 ダオテフの町は既に日常に戻りつつあったものの、まだ残っている露店や、道端に転がるゴミなどが、星誕祭の余韻を微かに残していた。昼下がりの町はどことなく気だるげな雰囲気を漂わせつつも、日々の仕事を営む人々のざわめきに満ちている。

 森と町とは高い壁で隔てられているが、昼間の間は森を探索する者や木こり、材木商人や狩人などが出入りするから大門が開け放されていて、それなりに賑やかである。

 しかし、その日は不思議と人が少なかった。それもその筈で、星誕祭という休暇を終えた探索師たちが、星の欠片を求めて我先にと森に入って行ったのだ。


 星の欠片は値崩れする事なく高値で売れる。浅部だけでなく、少し奥まで潜る事のできる様な探索団は、星誕祭前から準備をして、星誕祭の後には間隙を入れずに探索に出る。その為、この大門付近も探索師がほとんど残っていない状態なのである。


 その大門の傍に天幕が張られていた。とはいえ、側幕のない日よけだけの簡素なものである。

 椅子とテーブルが並べられていて、武器を携えた者たちが行き来している。女性がほとんどで、その誰もが聖都の騎士団の制服を着ていた。さらに荷物を積んだ大きなトリウマが一頭、餌をついばんでいた。

 そんな中、ドロシー・ソーンダイクが、姉であるロザリーの足の湿布を貼り直していた。


「ああ、よかった。もう腫れも引いてる。痕は残らなさそう……やっぱり聖女の治癒力って凄いなあ」

「ええ、もう痛みもほとんどないの。聖樹の加護もあると思うけれど、アトレイ様の湿布も効いたんじゃないかしら。ひんやりして、とっても気持ちよかったから……またお会いできるかしら? 家が遠いと仰っていたけれど」

「初めて会ったばかりの男にロザリーがそんなに懐くなんて珍しいな」


 壁に寄り掛かって立っていた二十代半ばばかりの女が言った。

 すらりと背が高く、焦げ茶色の髪の毛をセミロングに整えている。そうして耳の代わりにひれの様なものが見えていた。肌もどことなく艶があって黒っぽく、顔の下半分からは白みがかって、さながらイルカなどの海獣のものの様に見える。鯱人(オルキヌシア)らしい。

 着ているのは聖都の騎士団の制服である。しかし周囲の者たちと違って、胸元の勲章が隊長格である事を表していた。

 ロザリーはふふっと微笑む。


「そうね、自分でも不思議。でもあの方、とっても自然体だったの。わたし、何だか殿方には下心を抱かれる事が多いから……」

「そりゃそうだよ! お姉ちゃん可愛いし、おっぱい大きいし、柔らかいし、髪の毛さらさらだし、いいにおいするし、庇護欲掻き立てられるし!」

「も、もう、ドロシー、やめてちょうだい……恥ずかしい」

「だってホントの事だもん!」


 ドロシーはふんすと鼻を鳴らす。ロザリーは苦笑いを浮かべた。


「仕方のない子ね、まったく……でも、アトレイ様は下心どころか変に気を遣う事もなくて、わたし荷物まで持たされて、普通の女の子みたいに扱ってもらって……ふふっ、それがとっても心地よかったのね、きっと」

「聖女様だってわかってりゃ、そんな態度も取らなかったかも知れないよ」


 と椅子に座っているローブを着た男が言った。面長で、濃い紫色の髪の毛が目にかかるくらい長い。その装いと、痩せた容貌から魔法使いらしい事がわかる。一見若々しく見えるが、顔つきは歳相応とは言い難い老獪さをたたえていた。

 鯱人の女も頷いた。


「そうだな。流石に聖樹の大巫女に荷物を持たせたりはしないだろう」

「しかもソーンダイク家の御令嬢だからね。お近づきになりたいと思うに決まってるさ。ははは、そうなると他の男と変わらんか。それとも、惚れた理由は荷物持ちじゃないかな? さて、そのアトレイ君がロザリーの素性を知ったとして、どう反応するやらね。そうしたらロザリーはなびくかな? なびかないかな?」

「この様子だと、案外なびくかも知れないぞ。はは、ロザリーにもついに春が来たか」

「もう! ロベルタもジェニオもからかわないで!」


 とロザリーが頬を膨らますと、二人はからからと笑った。

 ドロシーだけが面白くなさそうに鼻を鳴らし、ロザリーをぎゅうと抱き寄せた。


「むぎゅ……」

「お姉ちゃんにはわたしがいればいいんですぅー!」

「おやおや、小姑がなんか言ってるぜ」

「ドロシー、いい加減に姉離れしないと、お前も相手が見つからないぞ?」

「わたしにはお姉ちゃんがいればいいんですぅー!」


 ドロシーはあっかんべえと舌を出した。

 魔法使い、ジェニオ・コスタはくっくっと笑いながら、椅子に寄り掛かった。


「だが、アトレイという男、薬の腕はいい様だね。使っている薬草も天然ものばかりだ。栽培ものよりも薬効は格段に優れているだろうね。ロザリーは聖樹の加護で傷の治りは早いだろうが、それに拍車をかけてくれたのは間違いなかろう」

「ふむ、ジェニオがそう言うならそうなんだろうな」

「しかし、我らがオディロン君は遅いね。寄り道でもしてるのかな?」

「心配性だからな、ディは。まあ無駄な寄り道はしていないだろうが……」


 と鯱人のロベルタ・ガステルムが言った時、大門から誰かがやって来た。黒い騎士団の制服を着た男だ。整っているが、どことなく軽薄そうな顔をしている。首から下げたペンダントがきらりと光った。

 その傍らにはドレスをアレンジした様なローブを着た少女がいた。十八か十九くらいだろう。あでやかな梔子色(くちなしいろ)の髪の毛を束ね、右肩から前に垂らしている。目線は鋭く、プライドの高そうなやや険のある顔つきだが、鼻筋が通って美しい。

 二人の後ろにはその麾下と思われる兵士たちが付き添っていた。全員で三十は下らないだろう。中々の人数である。荷物を積んだトリウマが五頭、くうくうと鳴いている。


「やあ、やあ、無能どもが揃い踏みか。こんな所でぐずぐずしている暇があるのかね?」


 男は笑いながら天幕の中へ入って来る。ロベルタが嫌そうに顔をしかめた。


「黙れコランタン。相変わらず虫唾の走る男だ」

「それはこちらのセリフだよ。真の聖女たる我らがリュシエール嬢を差し置いて、此度の大仕事をそんな少人数で行おうというのだから、図々しいにもほどがある。現にまだここでのんびりしている有様じゃないか。我らが名乗りを上げなければどうなっていた事やら」


 聖都騎士団五番隊隊長、コランタン・ファルギエールは青鈍色の前髪を指でくるくるとひねった。

 ロベルタは舌を打つ。


「その髪、引きちぎってやろうか」

「相変わらず物騒な女だ。おお、ロザリー。君は今日も麗しい。しかし残念ながら君の出る幕はない。ここで大人しく結界が戻るのを待っている事だ。なにせ、第一聖女の身に何かあっては大変だからねえ」


 コランタンは慇懃無礼という態度で仰々しくロザリーに話しかける。口ぶりは丁寧だが、明らかに侮りが感ぜられた。しかしロザリーは優しく微笑んだ。


「リュシー、コランタン、どうかお気をつけて」


 コランタンは詰まらなそうに肩をすくめ、ずっと黙っていたリュシエール・グラニエは眉をひそめた。先端に宝石があしらわれた杖を握る。


「あなたに言われるまでもないわ。わたしはあなたの様に守られるだけの女ではないもの」

「腕っぷしで序列一位になれると思っているなら、とんだお馬鹿さんだねえ。しかもコランタンなんぞと一緒なんて、いやはや素晴らしい真の聖女だね。反吐が出るよ」


 とジェニオが言った。

 リュシエールの後ろに控えていた騎士らしい犬人(カニシア)の少女が怒った様に一歩踏み出す。垂れた犬耳が揺れた。


「貴様、リュシエール様になんて口を!」

「落ち着きなさい、ニコレット。愚か者の言葉に一々構ってやる必要などありません。此度の結界修復で本当の序列がわかるでしょう……遅れは取りませんわ」


 リュシエールはふんと侮る様な顔をしてロザリーを見た。


「ロザリー、あなたは甘ちゃんだわ。後ろ盾の力のおかげでその地位にいるのでしょうけど、このまま序列一位が務まるとは到底思えませんわね。無様に負ける前に、自ら身を引いてはいかが?」

「……リュシー、わたしは今度の事を勝負事などとは思っていませんよ。これはダオテフの、引いては聖都の人々の為に行う事です。結界を直すのがあなたであろうと、わたしは気にしません。あなたの無事をお祈りしていますよ」


 あくまで友好的に微笑むロザリーを、リュシエールはいらだたし気に睨みつける。


「相変わらずね。あなたのそういう甘ったれな所、苛々しますわ」

「ははは、リュシーの言う通りだ。ぬくぬくと守られながら、そうやって偽善的な言葉を吐いているがいいさ」


 とコランタンが陽気に、しかし悪意を込めて言った。

 ドロシーが怒った様に腰の剣に手をやる。


「二人とも、それはソーンダイク家への侮辱と受け取るけれど?」

「ほう、決闘でもするか? いつでも受けて立とうじゃないか」


 何だか剣呑な雰囲気が流れ始めたその時、背の高い青年が颯爽とやって来た。

 その容姿はさながら二足で歩く猫といった風である。濃血の猫人(フェリシア)だ。歳は二十を少し過ぎたくらいだろう。白い毛は艶やかだが、やや癖があって跳ねており大変ふかふかしている。

 両の耳はぴんと立ち、金色の目は炯々と光っていた。聖都の騎士団の制服を着ているが、ロベルタのものとは少しデザインが違っていた。

 リュシエールがどきりとした様な顔をして青年を見た。


「オディロン……」

「リュシー、本当に来たのか」


 青年に言われ、リュシエールは少しひるんだ様にたじろいだが、すぐに毅然と顔を上げた。

 ジェニオが両腕を広げてわざとらしく大きな声を出した。


「やれやれ、ようやく我らが勇者殿のご登場だ。エルヴェシウス家の御子息は流石に余裕さが違う!」


 青年は困った様にはにかんだ。


「すまない、待たせたね……少し寄る所があって」

「何か手間取っていたのか?」とロベルタが言った。


 オディロン・エルヴェシウスは荷物を降ろすと、手近な椅子を引き寄せて腰を下ろした。


「森の探索だからね、野伏(のぶせ)か、それに近しい者を雇えればと思って、万請負で話をしていたんだが……この時期、ここ付近にいる野伏は少ないらしくてね。見つけられなかった」


 野伏は森の中を転々としながら暮らす人々の事で、森の地理や生態に詳しく、また非常に義理堅く契約に厳格な為、森を探索する者たちが案内や荷物持ちとして雇う事が多い。

 しかしながら得体が知れないと嫌悪する人々も多く、交流のない町の人々からは盗賊の類と同一視されて敬遠されがちだ。その上町に定住する者が皆無である為、タイミングが合わなければ出会う事のできない人々でもあった。

 コランタンが馬鹿にした様に鼻を鳴らした。


「野伏だと? あんな得体の知れない連中を雇おうなど、本気で考えていたのか? ははは、どうもエルヴェシウス家の考える事は下賤でいけないな」

「コランタン、森の事を甘く見ない方がいい。何度も言っているが、来るならば私たちと来ないか? 我々が争う意味なぞないと思うがね」

「冗談ではない、馬鹿にするのも大概にしたまえ」

「ならば、せめて森に慣れた案内人を雇う事だ。危険だぞ。それに装備も少ない。その人数ならば倍の糧秣がなければ苦しむ事になるし、大部分を馬に載せるのは勧められない。もう少し持ち分けた方がいい」

「ご忠言痛み入る。しかし、我らは君の様に臆病ではないものでね。さ、リュシー、もう行こうではないか。この連中の様にぐずぐずしている法はない。聖樹の加護があれば心配など要らぬ」

「……オディロン、わたしは負けないわ。相手があなたであろうと。わたしに味方していればよかったと、後で悔やんでも遅いですからね」


 リュシエールたち一行は、ぞろぞろと森に向かって歩いて行った。

 オディロンは悲し気に嘆息した。


「あの人数であの軽装か……しかも糧秣の大半を馬に積むとは……大森林に馴染みのない聖都育ちは危機感が薄いな。無事に戻って来られればいいが」

「君は優しいねえ、あんな連中を心配してやるとは」


 とジェニオが言った。オディロンは首を横に振る。


「我々が争う意味はない。冥王やウルクどもに付け込まれるだけだ。まあ、エルヴェシウス家とファルギエール家の不仲はよくわかっているつもりだが……私個人は彼らに何の含みもないからね」

「わたしはあるぞ! 一々四番隊に突っかかって来おって、コランタンめ!」


 とロベルタが言った。オディロンは困った様に笑う。


「それは派閥争いとは関係ないぞ。そちらで解決してもらう問題だな」

「リュシー……無事ならばいいのですが」


 とロザリーが言った。オディロンが目を伏せた。


「祈るしかないな。結界のない森で案内なしは危険だ」


 ジェニオがやれやれという風に肩を回す。


「しかし我々も案内なしの様だが」

「遺憾ながらね……だが僭越ながら私も森の事はわからないでもない。それに見張塔の結界が復活すれば、聖樹のマナを利用して転移装置も使える筈だ。行きはともかく、帰りの心配はないと思うよ」

「探索団を雇えばよかったのではないか?」


 とロベルタが言った。オディロンは首を横に振る。


「星誕祭の後だ、探索師たちは皆星の欠片を求めて出払ってしまっている。目先の利く実力者ほどぐずぐずしてはいないからね」

「あの辺にいる人たちじゃ駄目なんですか?」


 とドロシーが言う。目線の先には、うだつの上がらぬ風体の連中が立ったり座ったりしている。オディロンは首を横に振った。


「駄目だろうな。見張塔はダオテフの探索団たちが普通に探索する範囲よりもずっと奥地にある。浅部をうろついているだけの探索師に案内は務まらない。本当ならば案内人が見つかるまでは行きたくはないのだが、もう時間がない」

「ふむ、マナの糸が切れて今日で六日目か。確かに、これ以上もたもたしているわけにはいかんだろうね」

「ああ。見張塔まで行く時間を考えると、正直遅きに失したとも言える。誰も想定していない事だったとはいえ、少々危機感に欠けていた事は否めないな」


 何せダオテフ周辺の安全を担保する結界である。異常事態への備えはあってしかるべきものであったが、結界の構築時から今日(こんにち)までのおよそ百年、一度として異常がなかった事もあり、油断があった事は間違いないだろう。

 オディロンはてきぱきと隊列構成を指示する。


「ジェニオは索敵の魔法で見張塔の方角を把握しておいてほしい。ロベルタ、周囲の警戒は君と部下たちに任せる事になるから、頼んだよ。今回はロザリーの安全を第一に考えねばならないから、私は道の指示はするが、基本的にロザリーの傍を離れないつもりだ。勿論ドロシーもね」

「ごめんなさい。リュシーの言う通り、本当にわたしは守られてばかりですね」


 しゅんとするロザリーを見て、全員が慌てた。


「す、すまない。揶揄するつもりで言ったんじゃないんだ」

「うむ、ロザリーのせいじゃない。今回の任務は聖女必須だから、安全を優先するのは当然の事だ」

「そうそう。本当なら四番隊全員で繰り出して輿でも担いで行きゃいいのさ。見張塔まで大パレードってな具合で」

「それは無理だよジェニオ。大軍勢が易々と入れるほど見張塔への道は整備されてはいないし、そもそも人が多ければ探索が容易になるというものじゃない。増えれば増えた分だけ物資も必要になるし、捕食生物に感づかれる。だからこそ、今回は少数精鋭なんだよ」

「やれやれ、場を和ます冗談というものを知らないのかね。つまらん男だな、君は」

「えっ、ごめん……」

「お姉ちゃん、今回はお姉ちゃんありきの任務なんだから、そんな顔しないで! わたしたち全員、お姉ちゃんを守る為に集まったんだからね! 誰も迷惑だなんて思ってないんだから!」

 とドロシーがロザリーにまた抱き付いた。ロザリーは「むぎゅ」と言った。


 ここに集まったのは、盲目でありながら聖樹ガオケレナの加護を受けた序列一位の聖女ロザリー・ソーンダイクと、その妹で、天才の誉れ高い少女剣士ドロシー・ソーンダイク。

 聖都騎士団四番隊隊長である女傑ロベルタ・ガステルムとその麾下の騎士たち。

 聖都魔法局副局長でありソーンダイク家の魔法顧問官でもある大魔法使いジェニオ・コスタ。

 そして元大陸十二剣聖の一人であり、現在は世界政府から『勇者(ブレイブハート)』の称号を授与されているオディロン・エルヴェシウスである。


 彼らは見張塔を目指すべく集まった一行だ。

 この遺跡には魔力(マナ)を中継できる特殊な魔道具が据えられており、これと聖樹をマナの糸で結ぶ事により、付近の森一帯にマナの結界を広げていた。これによって古都から流れて来る瘴気の影響を軽減して、ここいら一帯の骸獣の発生を抑えていたのである。

 しかし、数日ほど前からそのマナの糸が切れてしまい、百年以上維持されていた結界が消えてしまった。

 本来、見張塔には結界に利用しているマナを流用した転移装置があり、それがダオテフと繋がっていた。半年に一度の点検はそれを利用して行われていたのだが、マナの糸が切れた事で転移装置も稼働しなくなり、結果、森を徒歩で進まねばならない事態に陥っている。


 この糸を再び聖樹と結び直すには、その加護を受けている巫女である聖女の力が必要不可欠だという事で、すぐに動ける聖女の中で森の探索に唯一難色を示さなかったロザリーを中心に、急遽今回の冒険団が結成されたのであった。

 とはいえ普段から忙しい連中ばかりであるから、三々五々にダオテフに集まり、今日になってようやく全員が揃ったわけである。


 ジェニオが頭の後ろで手を組んだ。


「しかしあの連中と競う羽目になるとはね。聖樹庁の上の方も相変わらず派閥抗争が激しいと見える」


 聖都は世界政府の本拠地であると同時に、聖樹ガオケレナの管理をする聖樹庁という特殊な組織がある。聖樹の世話や聖女の才能を持つ巫女の育成、様々な儀礼式典の執り行いに加え、大陸の各地に聖樹の力が及ぶ様、各地に見張塔と同じ様なマナの中継施設を作り、森の瘴気を抑えるべく日々結界を維持管理しているのである。


 大陸の人々は森の深部にある古都ノス=タルジアに座す冥王に対して連合しているものの、無論その中でも細々した小競り合いはある。

 聖樹庁は扱う物事が大きい為、権力闘争が激しい。聖女の序列は各地の結界の管理や、日常的に行われる儀礼の所作、各地の療養所における奉仕の実績、様々な骸獣対策における普段の業績などを元に決定される。


 現状はロザリーが任命されている序列一位の聖女の地位だが、その下には多くの聖女たちがひしめいている。

 各聖女には後ろ盾があるから、序列の高い聖女の後ろ盾の家や組織は、聖都での発言権が増す事になる。だから、聖女とその後ろ盾たちは常に高い序列を狙っており、儀礼や任務の取り合いといった事態も珍しくない。


 今回もその典型で、当初はロザリーたちだけであった探索団に、リュシエールを推すファルギエール家がリスクの分散という名目で、半ば強引に割り込んで来たのである。

 リュシエールは序列六位の聖女だ。

 少し前までは序列三位だったのが、ここ最近急速に位階を落としている。その焦りもあるのかも知れない。加えて、彼女はロザリーに対抗心を抱いているらしく、事ある毎に張り合おうとして来た。最初は他の聖女と同じく森の探索に尻込みしていたのだが、ロザリーが行くと決まった途端に割り込んで来たのだから、ある意味あからさまである。

 ロベルタが腕組みした。


「よもや、あいつらが直接ロザリーを狙うとは思いたくないが」

「それはあるまい。流石にその程度の分別はあるだろうし、ディが傍にいるのにそんな危険を冒すほどには愚かじゃないさ」とジェニオが言った。

「彼らは優秀だよ。私はコランタンの実力は認めているし、リュシーの頑張りも知っている。我々が互いに憎み合う事は聖都全体の損失になる。少なくとも、私は彼らの無事を祈っているよ」

「わたしもそう思います。ディ、あなたが同じ思いでいてくれて安心しました」


 とロザリーが言うと、オディロンは微笑んだ。ジェニオがやれやれという顔で首を振る。


「勇者に第一聖女、どちらも崇高で困ったものだね。まあ、そういう所が君たちたる所以なのだろうが」

「はは、だからこそわたしたちも力を貸すわけだからな」

「いずれにせよ、我々の出来る範囲でベストを尽くす他ない。それに、私の懸念はまったくの的外れという事もあり得るからね。各自、気を抜かず、しかし気を張り詰め過ぎずにいてもらいたい」

「散々脅しておいて、好き放題言ってくれるねえ」


 とジェニオがおどけた様に言った。ドロシーは緊張気味な表情をしている。しかしロベルタは却って発奮した様に胸を張った。


「望むところだ。いずれにせよ、コランタンなどに後れを取るわけにはいかん。四番隊は五番隊に負けるわけにはいかんのだ。ディ、慎重なのはいいが、それであちらに先を越されたなら、わたしはお前を張り倒すぞ」

「はは、それは気を引き締めなくてはいけないな」


 とオディロンは苦笑いを浮かべてぴんと伸びた髭を指先でしごいた。

 ロベルタが隊長を務める聖都騎士団四番隊は、女性のみで構成された特殊な部隊だ。ロベルタがロザリーと懇意という事もあるが、聖女の護衛であるから、同じ女性同士の方がいいだろうという気遣いから抜擢された人選である。


「さて、それでは我々も出発するとしよう。忘れ物はないかい? ロザリー、今回は君にも荷物を担いでもらうが、くたびれたらすぐに言うんだよ」

「はい。ありがとう、ディ」

「さ、出発だ。ガオケレナの加護が深くあらん事を」


 オディロンは荷物を担ぎ直して歩き出した。

 その少し後ろにジェニオと四番隊の騎士が二人、その後ろにロザリーの手を引いたドロシーが続き、後ろはロベルタと騎士二人の三人が固める。


 森に一歩踏み込むと、急に雰囲気が変わった様に思われた。容赦のない生命の伊吹が周囲からぐいぐいと押して来る様だ。オディロン以外の隊員は大なり小なり委縮した様に身をすくましたが、すぐに気を取り直す。

 しばらく歩くうちに緊張が少し和らいだらしく、気を散らさぬ程度の雑談がぽそぽそと始まった。

 何か考え込んでいた様子のロザリーがぽつりとつぶやく。


「アトレイ様は森に住んでいると仰っていたけれど……あの方は野伏だったのかしら」

「? ロザリー、何か心当たりがあったのかい?」


 オディロンが言うと、ロザリーは顔を上げた。


「町で助けていただいた方がいたの。その人は森に住んでいると仰っていたのだけれど……普通の人は森に住んだりしないものね?」

「成る程。それは確かに野伏かも知れないな……しかし助けてもらったとはどういう事だい?」


 ロザリーは星誕祭の晩の出来事を手短に説明した。

 オディロンは愉快そうに、しかし少し困った様に笑った。


「それはそれは……無事で何よりだよ。しかし我々以外には秘密にしておいた方がいいな。聖樹庁のお偉方はうるさいからね」

「そうだねえ。何より、まずドロシーが責任を問われる事態になるだろうからねえ」


 とジェニオが言った。ドロシーは憮然と口を結んだ。オディロンが苦笑する。


「責めちゃいないよ。姉妹水入らずの機会なんてそうなかっただろうしね。結果論だが、ロザリーだって無事だったんだから」

「しかも、そのおかげで春が来たわけだしねえ」

「ジェニオっ!」


 ロザリーが頬を染めて怒鳴る。ジェニオもロベルタもからからと笑った。

 事情を知らないオディロンは首を傾げ、ドロシーは何となく面白くなさそうに口を尖らしていた。


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[良い点] キャラも設定もしっかり練られてて話も面白い もっと伸びろ〜
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