目覚め
「おはよう御座います、マサル」
「ん……ああ、ロージアか」
寝起きにロージアの微笑みがすぐ側に。久々に気持ちのいい朝を迎えた気がする。いや、実際には中身が濃すぎる1日を送ったせいでもあるな。死神になったり元に正気に戻ったり終いには恋愛になったりと、正に怒涛の1日だった。
「ふぅ……あ、妙に寝心地が良いと思ったら、ここってアイリのダンジョンじゃねぇか。ベッドがフッカフカやで!」
「フフ、そうですよ? というよりアイリさんに寝床を提供された瞬間、気絶したかのように深い眠りにつきましたからね。よほど疲れていたのでしょう」
「それな」
1日に何度も生死の狭間を漂うなんざ中々にないだろう。死神から解放されたかと思ったら、ま~たラフィーネが現れやがったしよ。
でも恋愛なら世界を滅ぼすことはないだろうって言い残し、ペナルティを解除したらどっか行っちまった。もう二度と見たくない奴ナンバーワンってことで、マジで降臨して来ないで下さい。これ一生のお願いッスわ。
「そう言えばリュウイチさん、以前よりもスッキリとした顔をしてますね。何か心境の変化でも有ったのでしょうか?」
「それな」
ようやくミネルバの洗脳から解放されたらしいからな。アイツ自身一般人に危害を加える事を相当悩んでたみたいだし、これでよかったんだと思う。元凶のミネルバがすでに居ないってのは皮肉だけどな。
「ところでドワーフのグロウスさんという御方。500年前に恐怖の魔女と戦った勇者のお1人ですね」
「それな」
「え? 勇者なのかアレ!?」
いや、アレっつったら失礼かもだが、とても勇者って風貌じゃないんだよ。最悪は殺人鬼で、良くてもホームレスのオッサンだ(←この上なく失礼)。
「何かの間違いってことは……」
「いいえ、勇者関連の文献にもキチンと載っていますし、何よりレベル200超えは普通のドワーフでは有り得ません」
「200超えぇぇぇ!?」
あのビガロでさえ130くらいなんだ、200超えは仙人の領域――いや、正に勇者の領域なのか。
「マジかよぉ……。強くなりたいとは言え、さすがに500年も生きてられないぞ。確かドラゴン手懐けるのに100年掛かったとか言ってたし、もう限界が見えてきたか……」
ズルッ――――バタッ!
「ちょ、ちょっとマサルさん!?」
「すまんロージア、俺はもうダメだ。激しい目眩が……ああ、ロージアの良い香り」
「いえ、二度寝するのは結構ですが、私を巻き込まないで下さい。というか目眩云々は嘘ですね?」
「当たり前だろ」
とっくの昔に冒険者としてやってくって決めてんだ。最強への道を簡単に諦めるかっての。
「ではなぜ私をベッドに?」
「どうせなら一緒に二度寝でもと思って。ほら、俺たち恋愛だし」
「……朝っぱらから盛る気ですか……」
「ダメか?」
「ダメです! 雰囲気がなってません。せめて時と場所は選んで下さい」
ほほぅ?
「その二つが満たされてればOK?」
「……ええ、まぁ」
めっちゃ顔が真っ赤。こんな恥じらいを見せられたら……
「今すぐ抱き締めたくなるだろぉぉぉ!」
「ええっ!?」
飛び付く俺、驚きつつも拒否る様子のないロージア。このまま行けるとこまで行っちゃうかのように思われたが……
ガチャ!
「おはよう御座います、マサル殿。朝食の用意ができておりますので、そろそろ――」
「「あ……」」
ドアを開けたのはメイド姿のアイカ。俺がロージアに抱き付いている様をバッチリと見られてしまった。
「ほぅほぅ、これはこれは。他人のダンジョンで朝っぱらから盛るとは、さすがは恋愛。他の大役職には真似できない大胆さですねぇ。いや、むしろ恋愛だからこそと言えるのでしょうか? どちらにしても天晴れで御座います」
まったくもって意味不明だが褒められてるのか?(←ね~よ)
それよりも一応は弁明しとこう。
「落ち着けアイカ、これはアレだ、ちょっとした朝の挨拶ってやつで――」
「朝から女性をベッドに引きずり込むのが挨拶だと仰るので?」
「う、うん、少なくとも俺の住んでいた地方ではそうだった(←それもね~よ)。やましい事は何もないから安心してくれ」
「それにしてはロージアの顔が真っ赤に見えますが?」
「////」
「田舎の馴れ合いだからな、まだ慣れていないんだろう」
「分かりました、そういう事にしておきましょう」
よし、何とか切り抜けた――
「お~いマサル~、はよ来んと朝飯が冷めてまうで~? いつまで寝てる気――」
――と思ったが、甘かったようだ。アイカに続いてクリスティーナが来てしまった。
「――ってマサル、アンタいったい……」
「お、おはようクリスティーナ。これにはちょっとした訳が――」
「クリスティーナ殿、今マサル殿はご当地直伝のスキンシップに励んでおられます。どうか邪魔にならないようご注意を」
「え"……コレってスキンシップなん? どうみても盛っとるように――」
「「スキンシップだから(ですから)」」
「さ、さよけ?」
よし、強引に押し黙らせたぞ。今のうちに頬にでもキスして誤魔化して――
「マサルさ~ん、まだ寝てらっしゃるんですか~? 朝食が冷めたら勿体ないと思って代わりに食べておきましたけど――」
――って、ユキノまで来たーーーっ! これは上手く誤魔化さんと、後でリュウイチに何言われるか分かったもんじゃない。
「――つてマサルさん? それに皆さんお揃いで何をなさって……」
「恒例のスキンシップだ」
「……え?」
「ご当地直伝のスキンシップだそうです」
「……へ?」
「ちょっと過激なスキンシップらしいで?」
「そ、そうなんですか。まるで男女が互いを認め、これから愛し合うかのように見えましたが勘違いだったんですね。ギャラリーまで用意して、一瞬でもそういうプレイなんだと思ってしまったボクが恥ずかしいですぅ///」グッ!
あれ? これってバレてね? しかもユキノのやつ、こっそりサムズアップしてるし。絶対バレてますやん。ああ、リュウイチに何て言えば……
トタトタトタトタ――
「マサルーーーーーーッ!」
「ヒェ!?」
ヤベェ、一大事だ、アイリにまで見られちまったやん! しかも大声まであげてるし、これ完全にお説教だよなぁ……と思ったが、そんなちっぽけな話ではなかった。
「大変よマサル、グロスエレム教国が大役職に襲われてるわ!」
「グロスエレムだって!?」
このグロスエレム教国ってのはアイリのダンジョンから見て南側に位置する大国だ。
「首都は完全に包囲されてる状態で、勇者の末裔を引き渡せって要求してきたみたいなの。これってマサルやリュウイチが言っていたザ・スターを捜してるってことじゃない?」
ザ・スターとは勇者アレクシスとその仲間の血統を持つ5人を指す。ミネルバが死んでも野心は消えてないみたいだな。
「ああ、間違いない」
「やっぱり! だったらすぐに向かいましょ、グロスエレムの軍隊だけじゃとても耐えられそうにないから!」
朝飯どころじゃないらしく、アイリの眷族数名を含めてグロスエレムの首都へと転移。何でも国のトップがアイリと知り合いだとかで、救援要請がきたんだとか。そこで見た光景に一同揃って唖然とした。
「こりゃヤベェ、まるで近代の首都攻防戦じゃねぇか」
上空からだと一目瞭然なそれは、イグリーシアにはなかったであろう戦車の群だ。それが1000を越えるであろう数で首都を包囲してるんだから、絶対絶命の大ピンチと言ってもいいだろう。
そんな光景を隣で見下ろしていたリュウイチが悔しげに口を開く。
「戦車です、やつが指揮するのは強力な戦車隊。さすがにボク1人では敵いませんでした」
「ですが本来の戦車とは戦闘用の馬車を指すはずです。なぜこのような改変がなされているのでしょう?」
「改良を施した存在がいるんですよ。エーテルリッツの参謀であり大役職1人――」
「――皇帝です」
ロージアの問いかけにより明るみになった存在――皇帝。戦車共々ソイツも倒さなきゃならないようだ。
が……
「まずは目の前の敵――戦車だ。見てろよぉ、死神のスキルなら一撃で――」
「待って! 今のマサルは恋愛、死神のスキルはつかえません」
「あ……」
そうだった、死神から解放された代わりに、あの強力なスキルは使えないんだ。
そんな俺を逆撫でするかの如く戦車の顔が空中に投影され、高らかと名乗ってきた。
『フフ~ン、グ~~~テンタ~ク皆さ~ん。わ~たくしは~大役職の1人~、戦車で~す。空中に~フ~ライングできる程の者なら~、わ~たくしの実力も~わ~かるはずで~す。む~だな抵抗は~、お~止めなさ~い』
独特のイントネーションがイラつきを倍増させてくる。
「ムカつくわね、あのエルドリッヒ・ロンメルとかいうドイツ人」
「知ってんのかアイリ!?」
「鑑定スキルで見ただけ。赤の他人よ。それより奴のスキルが厄介だわ。あのオッサン、魔力さえあれば幾らでも戦車を召喚できちゃうんだもの」
「ええっ!?」
そりゃマズイ。あの砲塔が火を吹く前に、できるだけ多くの戦車を壊しちまわないと。
「けどオッサンが油断してる今がチャンスよ。私と眷族とで戦車を壊して回るから、マサルたちはオッサンを直接倒して。頼んだわよ!」
「分かった!」
久々にトラップが使えるんだ。肩慣らしついでに軽く捻ってやるぜ!
「さて、肝心の戦車はどこだ?」
「あそこですマサルさん! あの一際大きい戦車、奴はアレに乗っています!」
「ンゲッ!?」
リュウイチが指したのは、教祖が住む宮殿を確実に突き抜けるであろう高さを有する超巨大戦車だった。
「何だアレ? まるで高層ビルがそのまま戦車になったみたいじゃねぇか!」
「はい。ボクの全魔力を持ってしても、あの分厚い装甲を通せませんでした。マサルさん、何か知恵は有りませんか?」
「知恵――つってもなぁ……」
ドォォォン!
「ヤベッ、ミスリル障壁!」
ミシッ――ミシミシミシ……
デッカイ砲弾が障壁を突き破らんとめり込んでくる。咄嗟にミスリルを選んだのは正解だったらしく、僅かなヒビが出ただけの損傷で凌いだ。
『フフ~ン、な~かなかやりますね~。これは楽しめそうで~す!』
チッ、このドイツ人。余裕でいられるのも今のうちだ。