特訓開始!
「ハァハァ……。す、少しは手加減してくれてもいいんじゃないか?」
「バッキャろう! 手心加えちゃ特訓になんねぇだろうが。おら、さっさと立ちやがれ!」
「へ~い……」
アイリが用意したトレーニングルームにて、俺は武術大会本戦を見据えた特訓を強制的にやらされていた。目の前には厳つい角刈り男。この男はファントムメリーの過去投影にも出てきたアイリの眷族だ。
しかもこの男、Sランクの魔物だって言うからたちが悪い。事実トラップ攻勢を難なく回避しまくるところはSランクなら納得だ。
「そんじゃ行くぜぇ」
「クッ――障壁!」
フラつきながらも立ち上がって早々、角刈り男――モフモフが突っ込んでくる。急いで石壁を正面に出現させるが……
「甘ぇんだよ」
ガッ!
「フゲッ!?」
瞬時に背後へと回り込まれ、回し蹴りを後頭部に叩き込まれた。
もうね、これですよ。今の俺だと天変地異が起こっても勝てる気がしねぇ……。
「さっきも言ったが俺相手に目眩ましは意味ねぇよ。お前の臭いを消さない限りはな」
「いや、だから手加減を……」
「ダァホ! これでも殺しちまわねぇよう気ぃ使ってんだ。これ以上手加減すんなら指先一つで相手することにならぁ」
それでもモフモフのアニキには勝てそうにないんだなこれが。どこぞの世紀末覇者みたいに瞬殺しそうな雰囲気をヒシヒシと感じるぜ。
あ~そうだ、言い忘れてたが、モフモフっていうのは角刈り男の名前だ。付けたのはアイリだけどな。ちょっとだけアイリのセンスを疑いたくなる。
「おいテメェ、今アイリの姉御を侮辱しなかったか?」
「おれ何も言ってねぇっしょ!」
「ならいいんだけどよ」
ったく面倒臭ぇ。間違っても顔に出さないよう注意しなきゃな。
「ところでアニキ、臭いを消せって言われても微粒子レベルで消さなきゃアニキの鼻は誤魔化せないだろ?」
「かもなぁ」
「そんなん戦闘中じゃどうにもならないって。せめて風下に立てばバレないくらいに加減してくれないと」
「その言葉に敵が従えばいいけどなぁ?」ニヤニヤ
いや分かってるけど。分かっちゃいるけどSランク相手じゃ無理だっての!
「まぁアレだ。臭いを消すのが無理だってんなら襲ってきた相手を受け流す方法を考えろや。ほらよ」
バシッ!
「あたっ!? 気配消して近付くのもなしだって言ったやん!」
「ああ? ったく贅沢な奴だなぁ。なら気配は残しといてやるからよ、上手い具合に一太刀入れてみろや」
シュン!
仕方ねぇといった感じにアニキが目の前から姿を消す。ったく、気配は残ってても動きが速すぎなんだっつ~の。こんなんじゃ目で追えないし、ここは1つトラップを仕掛けて――
バシッ!
「ってぇぇぇ!?」
「んだよ、手加減してこれじゃあ話にならねぇなぁ?」
「いやいやいや! 今俺は攻撃を跳ね返す反射トラップを仕掛けたんだぞ!? 何でアニキは無傷なんだ!?」
「んなもんお前、弾かれたのを避けりゃどうって事ねぇだろうが」
「弾かれたのを避けるって……」
もうSランク相手に何やっても無駄なんじゃないかと感じてきた。
「しゃあねぇ、最大限の譲歩だ。ゆっくり動いてやるから今度こそ一太刀入れろや」
「わ、分かったよ……」
これもロージアを護れる強さを身に付けるためだ。そう言い聞かせ、視界に収まっているアニキを凝視する。
シュン!
ダメだな、ゆっくりでも消えたように見えちまう。半分自棄になりつつ辺りを見回すと、アニキが念話を送ってきた。
『人間ってのはすぐ視覚に頼ろうとしやがる。そんなんじゃ何年やっても同じだ』
そうは言っても仕方がないだろと心の中で愚痴る。そんな俺に対し、この日最大限のヒントがもたらされた。
『視覚に頼るな。風を感じろ。目を閉じて神経を集中させやがせ』
目を閉じて……
フワッ……
「っ! そこだぁぁぁ!」
バスッ!
微かに感じた風の動き。それに反応して振るった剣には確かな手応えがあった。恐る恐る目を開けると、バッサリと斬り傷を負ったモフモフのアニキがそこにいた。
「やるじゃねぇか。今のは中々の動きだったぜ? 並の敵なら一撃だろうよ」
「うっす、ありがとう御座いまっす! つ~かアニキ、ケガを何とかしないと!」
「ハッ、心配ねぇよ。こんくらい、ツバ付けときゃそのうち治らぁ」
こんくらいと言いながらも血がドクドクと流れてんだが、本当に大丈夫なのか? まぁ本人が言ってるから大丈夫だと思うが。
『マサル、調子はどう?』
『アイリか。最初よりはマシになったと思いたいね。そう思わなきゃくたびれ損だ』
『特訓を受けた人はみんなそう言うのよ。でも外で戦うと意外に強くなっててビックリされたりするわ』
『だといいがな』
『な~によ~、何か不満そうね~? 人が親切にレベリングしてあげてたっていうのに。本来なら有料でやってる事なのよ? 試しにステータスを見てみなさいよ』
そういやしばらく確認してなかったと思い、脳裏でステータス画面を開いてみた。
『レ、レベルが40越えてる!?』
分かりずらいから補足するが、レベル20でベテラン冒険者と同等のレベルなんだ。しかも俺の場合はレベル10代で止まっていたはずだから、一気に倍以上にアップしたって事だ。
『どう、これで理解した?』
『メッチャ理解した! あ、でもこれだと他の仲間に申し訳ないなぁ。俺だけ強くなっちまったわけだし』
『それなら大丈夫。他の人たちも別のフロアで修行してたから』
『ンガッ!』
俺だけ強くなってマウント取るつもりがぁぁぁ! がががが……。
『ともかく、これで本戦も期待できるんじゃねい?』
『おぅ、バッチリいい試合してくるぜ! 何だったらアイリ、俺に賭けてもいいんだぜ?』
『それは遠慮しとくわ。私は自分の眷族に賭けるし』
『ンゲッ!』
忘れてた。コイツの眷族も出場してるんだった。これじゃあ優勝とか夢物語じゃねぇか。それでも行けるとこまで行くけどな。
『ところでアイリ、念話と一緒に誰かの歌声が聴こえてくるんだが?』
まるでカラオケボックスから電話してるような感じなんだ。念話なのになぜと思ったら、アイリから衝撃の事実が伝えられることに。
『あ~これね。今何人かでカラオケに来てるのよ』
まんまカラオケボックスだった……。
『お前、人が息切らしながら特訓してるってのにカラオケかよ。――あ、だとしてもおかしくないか? 念話に紛れ込んだりしないだろ?』
『多分だけど、セレンが歌ってたせいじゃないかな? 彼女はセイレーンだから』
おっかねぇなおい! 状態異常とか起こらねぇだろうな!?
『あ、それか女神が歌ってるせいかもね』
『女神だぁ?』
『ちょうど今歌ってるところで――って、それ以上シャウトは止めなさ――』
ボォォォォォォン!
念話はそこで途切れた。
「なぁアニキ、どっかで爆発が起きたみたいだが……」
「どうせ女神がやらかしたんだろ? いつもの事だ、ほっとけ」
「そ、そう?」
女神が来るダンジョンとか超がつくほどレアだと思うんだが。しかもいつも爆発させてるとか。もうどうなってんだアイリのダンジョンは……。
「んな事よりマサル、そろそろ本選だし今のうちに休んどけ」
そうだ、俺には武術大会で名声を高めるっていう目的があったんだ。本選開始は予選終了から二週間後、帝都の中央闘技場で始まる。
そして予選終了から今日で12日目。明日には帝都に入っておかなきゃな。
「アニキのお陰でだいぶ強くなれたよ。感謝するぜ、モフモフのアニキ!」
「良いってことよ。俺はお前みたいに高みを目指す奴が好きだからなぁ。ま、本選で俺と当たったら観念してもらうけどな」
「うげぇ、アニキも出てたのか……」
「ったりめぇだろ? 眷族の半数以上は出場してるんだからなぁ」
知らなきゃよかった。これもう運次第だなぁ……。
★★★★★
『申し訳ありませんミネルバ様。まさかフールを見失うとは思いませんでした。此度の失態、いかような処罰をも覚悟して――』
『――――』
『し、しかし……』
『――――』
『……左様で御座いますか。もちろん不服など御座いません。誠心誠意勤めて参ります』
『――――』
『ハッ、仰せのままに』
「ふぅ……」
ミネルバ様との念話を終え、軽く力を抜いてリップコールの空を見上げる。
幸いにしてミネルバ様はお許しになられたが、失敗が続くと自分自身の信用に関わる。これより先は慎重にならねば。
「あ~らあら、呆けた顔しちゃって。こんなところで油を売ってていいのかしら?」
「その声……ハーミットか。別に油を売ってるわけではない。フールを追跡していただけだ」
楽しそうな女の声と共に、とんがり帽子の影が水路に写り込む。我が組織において、魔術ではトップクラスの実力を誇る彼女はハーミットと呼ばれている。
何がそうさせているのか、いつも楽しげで本心を見せない彼女を私は苦手としている。故に顔を向けずにぶっきらぼうに答えたのだ。
「でも見失ったんでしょ? ザ・サンともあろう貴方が――ね♪」
「……バカにしているのか?」
「あ~ら怖~い。そんな顔しちゃせっかくの美男子が台無しよん♪ もっとリラックスして~、楽しく行きましょ~よ」
「…………」
いかんな。彼女に乗せられ、つい顔を向けてしまった。
「生憎だが、私はお前と違って忙しいのだ。手伝えとは言わないが、せめて邪魔だけはしてくれるな」
「邪魔だなんて~、人聞きが悪いわねぇ。私はただからかいに来ただけなんだしぃ」
「余計にたちが悪い」
「クスクス♪ 冗談冗談。貴方が血眼になってフールを探してるみたいだったから、ちょっとしたヒントを教えようかな~って」
「まさか、フールの足取りを掴んだのか!?」
「掴んじゃいないわ。だけどリップコールから出ていないのは確かよ?」
そう言ってハーミットは上を指す。時折上空では竜騎士に送迎されている貴族や大会参加者の姿があった。本選に進んだ者は竜騎士による送迎が格安で行われているためだ。
「街の上空に魔力線を張っておいたの。フールが通過したらすぐに反応するようにね。けれど予選終了から今日までの反応はナッシング。まだどこかに潜伏してるはずよ」
「ならば徒歩で出た線はどうだ?」
「ないわね。リップコールから帝都までを二週間で移動なんてギリのギリよ。途中でトラブルでも有ったら目も当てられないじゃない? だから出場者も観客もお金を払って竜騎士を利用するのよ」
「それは分かっている」
しかしどの宿にもフールらしき人物はいなかった。ゴロツキに殺られたとも思えんし、これはいったい……
「もしかしたらだけど、どこかに転移したんじゃないかしら? 私みたいにね」
「転移……か」
ダンジョンマスターには自身のダンジョンに帰還する術があると言う。大会ギリギリまで籠っているつもりか? それとも別の場所に――
「可能性を考えるだけではキリがないな。私はもう少し街を見張っている。お前は――」
「帝都に向かえってい言うんでしょ? すでにプリーステスが待機してるわ。ちゃ~んと大会参加者に紛れてね」
プリーステスか。奴はハーミットと違って真面目な女だ。ミネルバ様の意を汲んだ行動を取るだろう。しかし……
「ザ・ムーンが我が組織に下れば、幾ばくか容易かったのだがな」
「逃した魚の話? 過ぎたことを愚痴るなんて貴方らしくないわよ。もっと前向きに行きなさいな」
ハーミットの言葉はもっともだ。気持ちを切り替えて行かねばな。
キャラクター紹介
モフモフ
:アイリの眷族である厳つい角刈り男で、その正体はSランクのデルタファングという狂暴な大型狼。眷族の中では古参らしいが、更に強い眷族もいるらしい。名前はアイリが付けた。
武術大会には何度も参加しているが優勝は1度もなく、過去の優勝は全て他の眷族だったりする。
ちなみに眷属と眷族は異なるものであり、眷属は従属者という意味合いが強いのに対して眷族は親族という意味合いを持つ。




