神の力
「アンタ、ロージアって女にえらく執着してるわよね? それは1人の男としての本能なのは明らか。けれど肝心のお相手はアンタに秘匿する形で動いている。この意味は分かる?」
「んなもん、秘密にしておきたい事くらい誰にだってあんだろ」
「ククククク! 確かにそうね。でもその女、眷族に対しては隠してないみたいね。逆にアンタに告げ口しないよう言いくるめている」
「…………」
た、確かにそうだ。ナイトメアとの戦闘風景、ジャニオには予め説明していた可能性が高い。そこには何か特別な事情があると信じたい。信じたいが……
「あれれ~、まだ分かんないの~? 一番最初に見せてあげたじゃない。ロージアがアンタを監視してるところを。それはアンタが特殊な力を有しているからよ。覚えているわよね? この世界に転生する際、とあるスキルを神から貰ったって事を。そのスキルがアイリにとって脅威となるか否か。それを見極めつつアンタが暴走しないよう誘導している」
「そ、そんな話はでたらめだ、信じられるか! だいたいなんでアイリが出てくるんだ。アイツはロージアの知人ってだけだろ」
「はぁ……。アンタ正真正銘のバカね。ただの知人なわけないじゃない。なぜならロージアとアンタが接触するよう仕向けたのはアイリなんだから」
「え……」
「ついでに教えてあげる。これまで出てきた狼やらセイレーンやらは、み~んなアイリの眷族。アンタは常に監視されてんのよ」
「う"……」
……う、嘘……だろ? そんな話、信じたくねぇ。信じたくねぇが、コイツの言ってる事が本当なら秘匿するには充分過ぎる理由だ。
思えば最初に遭遇したリヴァイアサン。アイツが本気を出していたら、俺は死んでいたんじゃないか? けど何故か奴は俺を試すような素振りだった。つまりあのリヴァイアサンもアイリの眷族……
「ウケケケケ! いい感じに顔色が悪くなってきたじゃない。そうそう、ロージアにとってアンタはただの監視対象。そこに特別な感情はないのよ」
「嘘だ、監視だけなら助けたりはしない!」
「でも死なれたら監視はできない。かといって遠くからじゃ限界がある。だからこそ一番近くにいるんじゃない。しかも間抜けにもアンタの方からロージアに接触してるみたいだし、ロージアにとっては渡りに船だったでしょうね」
くそっ、惑わされるな、コイツの言う事はでたらめだ。テキトーこいて俺を混乱させるのが目的なんだ。そうだ、そうに違いない。
だが一方でロージアに不信感が芽生え始めているのも事実。俺が知っているのはロージアのほんの一部。残りは……
「でもね、それももうすぐ終わりかもね~」
「……どういう意味だ?」
「アンタはここで無様に敗退。それに幻滅したロージアはアンタを見限るのも仕方がないって言ってるのよ」
「み、みか……ぎる……」
「だってそうじゃない? 私みたいな女の子にケチョンケチョンにされちゃってさ、脅威に感じるのがバカバカしくなるもの。そうしたら最後、アンタは捨てられてボッチになるのよ。ダンジョンコアもそこらにポイ~ってね。あ、オークションに出したら高値がつくかな? せめて慰謝料代わりに持ってかれるかもね~。でも良かったじゃない? 捨てられる事である意味自由になれるんだから。そうなったら私の功績よねぇ。そん時は感謝してほしいわ。アッヒャッヒャッヒャッ!」
ダ、ダメだ、耳を閉じてもコイツの声が脳裏にこびりつく。ロージアに捨てられるなんて考えもしなかったが、状況次第ではあり得る。そう、あり得るんだ。
『でもロージアは他人じゃないだろ? 俺は信じてるから大丈夫さ』
ハッ!? 今の台詞、無人島でロージアと出会った時の俺の台詞だ。確かダンジョンコアを出してくださいと言われて素直に出したら、警戒心が無さすぎだとかで説教されたんだっけな。
でもそうだ。ロージアとは他人じゃないんだ。パートナーを信じなくてどうすんだ!
ミルドも言ってたじゃないか。最愛の女性を信じろと。だったら俺のやる事は1つ!
「黙って聞いてりゃいい加減なこと抜かしやがって。テメェにロージアの何が分かる? 俺の何が分かる? 今日会ったばかりのテメェに何が分かるってんだ!」
「チッ、往生際が悪いわねぇ。いずれアンタは不要な存在に成り果てるんだから、さっさと諦めなさいよ」
「い~や諦めねぇぜ? 往生際が悪いのは自分がよく知ってんだ。こんなところじゃ終われねぇ。この状況を打破するため、俺はテメェに申し込む」
「決戦の舞台での決着をな!」
ビシィ!
「プックククク! 何よそれ、決着をつけるですって? 生意気に指を突き付けてきてさ。言っとくけどね、アンタはもう私の術中に嵌まっているのよ。今さら足掻いたって手遅れなのよ!」
そうかもしれない。この精神空間がコイツの意図するままなら万に1つも勝ち目はないだろう。
だが俺のスキルは神からの貰いもんだ。あの爺さんがどんだけ偉いか知らないが、腐っても神ならこんな空間くらいで封じられたりはしねぇ!
「生意気なのはテメェの方だ。うおぉぉぉぉぉぉ!」
「キャハハハハハハ! 最後の悪あがき? いいわ、おもいっきり殴ってみなさいよ。それでアンタの無力さを知り――」
バキッ!
「がはっ!?」
当たった!? 何をやっても効かなかったのに、決戦の舞台を使ったら急に当たるようになった!
「ハ、ハハ……さすがは神の爺さんだぜ。当てられない相手をキッチリと決戦の舞台に引きずり出してくれやがった」
俺とは対称的に殴られて吹っ飛んでいったファントムメリーはというと、赤くなった頬を押さえてヨロヨロと立ち上がる。
「ど、どうしてよ、急に物理不通が通用しなくなるなんて!」
「残念だったなファントムメリー。テメェの小賢しいスキルは神の力の前じゃ無力なんだとよ。さぁ、こっからが本番だぜ!」
「…………」
これで形勢逆転。だがファントムメリーは俯いてブツブツ言ってやがる。
「――さない」
「あ? なんだって?」
「許さないわよ……アンタ……」
「うげっ!」
目を真っ赤して睨んでくる表情はまさに悪霊だった。
「よくも私の顔に傷をつけてくれたわね。もう謝っても許してやらない。今ここでブッ殺してやる!」
シャキン!
「っておい、なんだよその鎌は! いったいどっから出しやがった!?」
「そんなこと……ど~でもいい。乙女の顔を傷付けられた恨み、アンタを殺すことで晴らしてやる……」
血走った目を向けながらフラフラした足取りでこちらに近付いてくる。
いやもう、完全に目がイッちまってるし、マジで怖ぇ!
「切り刻んでやる……切り刻んでやる……切り刻んでやる……」
尚も表情を変えずに向かってくるが、あの様子じゃ俺が何か言ったところで止まらないだろう。
対する俺はというと、一応は冷静になれたものの能力値は奴と同等まで落ちている。殴りつけるだけじゃ早期決着とはいかないのは明白。
だったら俺の十八番を使うまでだ!
バチィィィン!
「いっっったぁぁぁぁぁぁい!?」
設置したトラバサミが奴の足に食い込む。
「へっ、掛かったな? 足元がお留守だから安易に掛かっちまうのさ!」
こっちしか見てないと思ったら案の定だったぜ。でもってこの隙を逃すほど、俺は甘くはない。
「く、くぅ……この――」
「そのまま寝てやがれ!」
バゴォン!
「ぎゃぁぁぁ!」
起き上がるタイミングに合わせて巨大釘バットが真横から出現。殴打で一撃粉砕ってな。
シュ~~~~~~ン……
ファントムメリーがダウンした影響か、暗闇が晴れて元の会場に戻っていた。
「おおっと、ファントムメリー選手ダウン! さぁカウントに入るぞぉ! ワン、トゥ、スリィ――」
正直起き上がって欲しくはねぇ。こんなしんどい戦闘はしばらく御免だ。
「――エイト、ナイン、テ~~~ン! 決まりました~~~! 第67回戦はトラップマスターマサル選手の勝利で~す!」
「「「おおおっ!」」」
ふぅ、助かった……。もうね、勝ったというより助かったと言った方がしくっりくる。
そしてファントムメリーはカウントが終わった数秒後にムクリと起き上がった。
「あ"~~~もぅ、悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔し~~~い!」
「お、おぅ、手加減が難しかったが無事みたいだな」
「はぁ!? 何が無事よ! だいたいね、どこの世界に女の子に対して釘バットで殴る鬼畜がいんのよ!」
すんません、ここに居ました。
「ま、まぁ終わった事だしもういいだろ。それよりお前には聞きたい事がある」
「……何よ改まって」
「お前が見せた光景、ありゃ何だ? 全て真実なのか?」
「もちろん真実よ。アンタの記憶から抜き取った情報を拡張したんだもの。ま、気になるんなら本人に聞くことね」
「…………」
俺は釈然としないまま会場から退いた。明日と明後日、まだ残りの2戦が残っているし、そっちに集中しないとな。
「お疲れ様です、マサルさん。途中酷く取り乱していたようですが、大丈夫ですか?」
「ロージア……」
どうする、今すぐにでも問い詰めるか? いや無理だ。わざわざ労ってくれているロージアに対してそんな真似はできない。
「マサルさん、本当に大丈夫ですか? 心なしか顔色も優れないようですし、宿でお休みになられては?」
「あ、ああ。ちょっと疲れちまったし、そうさせてもらうよ」
こうしてみると、ロージアの接し方はいつもと何ら変わらないな。だが……
★★★★★
「フゥン! フゥゥゥン! フンガーーーッ!!」
「クッ……」
迎えた2試合目。俺はマッチョの半裸男に苦戦していた。いや、苦戦というよりどうにも集中できないんだ。
ひたすら拳で殴りかかってくる単調な動きに対し、俺は避けるのに集中――いや、既に何発か貰ってるし、まったく集中できていない。
「おおっと、トラップマスターマサル選手、昨日とは打って変わってトラップを繰り出そうとはしない。これはどういう事だ~!?」
どよめく客席。昨日の試合を覚えてる奴なら不思議に思うだろうな。けど俺だって好きでそうなってるわけじゃない。会場に来ると嫌でも思い出しちまうんだよ。
「さぁ、依然としてパワフルゴンザレス選手が押している~、このまま決着してしまうのか~~~!?」
「フンガーーーッ!」
このまま決着? 冗談じゃねぇ、力だけのゴリ押しマッチョに負けるかよ!
「障壁!」
ガツン!
「ふんぎゃ~~~~~~!?」
「おおっと、勢い余って石の壁を殴ってしまったパワフルゴンザレス選手! これは痛そうだ~~~!」
「ふんぎゅぅぅぅ、もぅ……ダメぽ……」
「なんと、パワフルゴンザレス選手ギブアップ宣言! 勝者はトラップマスターマサル選手だーーーっ!」
「「「おおおっ!」」」
防戦に徹していたのが幸いしたのか、向こうの自爆により試合終了。あまり勝ったという自覚がないまま会場を後にする。
そして3戦目となる次の日。対戦相手が仮装大賞か何かと勘違いしたかのようなゾンビメイクの男を一撃KO。これにより本戦への出場が無事決まった。
――のだが、3日目の試合が終わった後、宿で顔を合わせた仲間から矢継ぎ早に問い質されることに。
「どうしたのですかマサルさん。初日から見ていますが、日を追う毎に辛そうに見えるのですが……」
「それ、オイラも気になっていたぞ。オイラなんか初日に敗退したってのにマサルは全然嬉しくなさそうなんだもんな」
「いや、まぁ……ちょっと、な……」
バカ正直に言えるわけねぇよ。僅かとはいえロージアを疑っちまった――なんてな。
「も~ぅ、歯切れが悪いよマサルくん。いったい何があったのさ~?」
「そんな体たらくじゃ本戦出ても先が見えてんぜ? ま、マサルがダメでもあたいが勝ち進んでやるけどな!」
確かに。このままじゃ支障が出るよな。大会が終わった後でも引きずってる可能性が高いかもしれない。
「ロージア、1つ確認しておきたい事があるんだ」
抱えているモヤモヤを晴らすべく、ロージアの秘匿する部分へ切り込むことにした。
キャラクター紹介
ファントムメリー
:見た目は小学生くらいの女の子。しかし中身は怨霊の集合体である凶悪な悪霊。敵対した相手には容赦しないという性格で、特に顔を傷付けたマサルに対しては殺意を隠してはいない。幽霊であることから物理攻撃が通用しないものの神の力には敵わず、最後はマサルに倒されてしまう。
ちなみにファントムメリーとは選手名であり、実際はメリーという名前である。
別作品【悪霊少女が行く! 俺の相棒は最強最悪の悪霊ちゃん】の登場人物。メインのキャラクターであるためチート級の強さを持つ。