最後の四天王
「ご苦労でしたねマサルくん。後のことはこちらに任せていただいても大丈夫ですよ」
「……ギルマス?」
「お手伝いいただけるのなら助かりますが、マサルさんも戦闘で疲れているでしょう? 今日のところはゆっくりとお休みください。ロージアさんもね? フフ」
「あ、ああ……」
エメローナを倒し(←やったのはビガロだが)、洗脳が解けた冒険者たちを掻き分けて、冒険者ギルドのギルマス――エルウィンが入ってきた。
都合よく登場したかと思えば同行させたギルド職員を使い、死傷者を邸から運び出すよう指示し始める。
釈然としないながらも冒険者ギルドに任せようかと思った矢先、ロージアがツカツカとギルマスに詰めよって行く。
「おや、ロージアさん。もう気を張らなくてもよいのですよ? 後は冒険者ギルドに――」
「今まで疑問に思ってましたが、ようやく府に落ちました。エルウィン、貴方は意図的に女性たちを取り込んでいましたね?」
「え? い、いきなり何を……」
「とぼけても無駄です。さきほど交わした貴方との会話。節々に強い魔力が込められていました。耐性のない女性ならば魅力されていたことでしょう。貴方が連れている女性たちのように」
「っ!」
ギルマスが会話に詰まって黙り込む。じゃああれか? ギルドの女性職員や女の冒険者はみんな魅力されてたってことか!
「ハ……ハハ……冗談はよしてください。彼女たちは自分の意思でボクを気に入ってくれたのです。それを取り込んだなどと――」
「往生際が悪いですよ? それともハッキリと言わなければ認めませんか? インキュバスのエルウィン」
「うぐっ!」
インキュバス!? だが合点がいった。インキュバスならこれまでの出来事も納得できる。
「おい、どうなんだエルウィン! テメェ、ギルドを私物化しようとしやがったのか!?」
「おかしいと思ってたんだ、今まで男に見向きもしなかったアイツが急に一人の男に靡くなんてな!」
「このインキュバス野郎、俺たちの仲間を返しやがれ!」
「去勢しろやギルマス!」
会話を聞いていた他の冒険者も俺たちに続いてギルマスを責め立てる。
するとギルマス。フッと不適に笑ったかと思えば、次の瞬間!
「クッハハハハ! ついにバレてしまいましたか。まぁいつかはこうなると思ってましたが、気付くのが些か遅かったようですねぇ? すでに大半の女性冒険者はボクの味方ですよ」
「テメェ、開き直ったか!」
「開き直るもなにも、これが現実です」
ギルマスが見せる強気な姿勢は、女冒険者たちが奴を護るように構え始めたからだ。
「お、おいクレア、バカな真似はよせ!」
「何をやってるんだエマ、早く正気に戻れ!」
「クククク、叫んだところで無駄ですよ? とっくに彼女たちはボクの虜。美しきボクのガーディアンなのです。ボクと戦いたければ彼女たちを倒すことですね。フハハハハハハハ!」
高笑いをしつつ踵を返したギルマスが走り去っていく。追おうにも俺らの行く手を女性陣が阻む。
「あの野郎! ――頼むマサル、あの腐れギルマスをとっちめてくれ!」
「同意だ、あの野郎を倒せるのはアンタしかいねぇ!」
「分かった。アンタらも無理はするなよ?」
「「「まかせとけ!」」」
男連中がかつての女性パートナーの足止めに入った。その隙に俺とロージアはトラップで頭上を飛び越えてエルウィンの後を追う。
「っ!? あの野郎、もう視界から消えやがった!」
「どこかに転移したのでしょう。ですが目星はついています」
「例の地下か?」
「恐らくは」
以前ネクロマンサーを追い詰めた地下だ。エルウィンもそこだろう。確かこっちの食堂の方に――あった、あれだ!
フィキィィィン!
「な、なんだこの感じ、俺の侵入を拒むかのような強いプレッシャーを感じるぞ? まるでダンジョンバトルをやってる時のような――ってまさかこれ!」
「ええ。お察しの通りダンジョンですね。あのネクロマンサーが消えた後、エルウィンが再利用しているのでしょう」
リサイクルは良い心掛けだがダンジョンの悪用はノーセンキューだ。
「ダンジョンを攻略する側か。おもしれぇ、やってやるぜ!」
「楽しむのは結構ですがトラップに注意してください。エルウィンが逃げ込んだのであれば、恐らく……」
「任せろって。トラップなら――よっと!」
バチバチドガッベキッガシャン!
「へへ、俺の方が一枚上手さ!」
トラップに重ねるように俺のトラップを発動し、わざと誘発させてやった。その結果すべてのトラップを発動済みにしてやり、その隙間を優々と俺たちが進む。
「よく考えましたねマサルさん。冒険者としてもだいぶ魅力的になってきましたよ?」
「ホントか!? 素直に惚れてもいいんだぜ!」
「それとこれとは話が別です。マサルさんは少しでも気を許したらすぐに調子に乗りますので、油断さずに攻略しましょう」
「……うぃ。もっともなご意見で」
なら油断せずにキッチリ攻略すればいいんだな? よし、このチャンスは逃せねぇ!
「グゲゲゲ!」
「ギャギャ!」
で、通路を塞ぐようにゴブリンのお出ましか。
「どけ、ゴブリンども!」
ズバズバズバッ!
「「「ゲギャッ!?」」」
剣の扱いはだいぶ良くなってるからな。並の魔物じゃ相手にならない。それに専売特許のトラップを駆使すりゃもう無敵だろ。
「その調子です、マサルさん」
「おぅ、何体だろうがぜ~んぶまとめて倒してやる! こっから先は俺1人で充分だ!」
「ではアレもお願いします」
「おぅ、任せとけ――」
「「「ギャーギャギャッ!」」」
ドドドドドド!
「――って、ゴブリンメイジかよ! ――アツツツツツツ!」
集団で火の球飛ばしてきやがって。もう少しで火だるまになるところだったぞ!
「何事も適材適所――ですよ。アイスジャベリン!」
「「「グゲァッ!」」」
ロージアは魔法も使えるからな。俺も覚えた方がいいか? いや、剣振ってる方が遥かに楽だな。
「すぐ調子に乗るのはマサルさんの悪い癖です」
「いや、さっきのはロージアが――」
「…………」
「すんません……」
「よろしい。ではエルウィンと対面しましょう。あの扉の先です」
「よっし!」
ダンジョンの拡張は進んでいないせいか、あっさりとボス部屋に着いた。俺は助走をつけて脆そうな扉へと飛び蹴りをかまし……
ドガッ!
「追い詰めたぜエルウィン! 俺と勝負しやがれ!」
広々としたボス部屋の奥でエルウィンが待ち構えていた。奴の後ろには小さな扉。つまりそこがコアルームで、コイツにはもう逃げ場はないってことだ。
「クククク、思ったより早かったですね? ボクのレディたちでは役不足でしたか」
「テメェのじゃねぇ、インチキで魅了しただけのトリックだろうが。誰も本心からテメェに引かれちゃいねぇよ」
「それはどうですかねぇ? ボクが授かったこの力は他人の心に触れるもの。心の奥底に眠る感情に直接呼び掛けることで、彼女たちはボクに心を開いたのです。これがインチキだと言うのなら、世の男性的諸君は総じて詐欺師になるでしょう。そう、キミがロージアを射止めようとしているようにね」
この野郎、俺を詐欺師呼ばわりか!
「俺のどこが詐欺師だってんだ!?」
「おや、違うのですか? では証明してください。愛しのロージアの前でね」
パンパン!
エルウィンが手を叩くとコアルームの扉が開き、鮮やかなドレスで身を包んだ女性たちがゾロゾロと出てきた。
「彼女たちはボクが口説き落とした美しき貴族令嬢です。ロージアへの想いが本物なら彼女たちの誘惑には惑わされないでしょう。さぁ、ナイトメア四天王インキュバスのエルウィンが命じます。その男を取り込むのです!」
綺麗に着飾った貴族令嬢たちが上品に微笑みながら俺を取り囲む。
「フフフフフ。マサル様、そんなに緊張なさらないで」
「ささ、どうぞこちらにお掛けになって」
「装備品はこちらでお預かりしますわ。ウフフフフフ!」
「あ、ああ……」
いつの間にやらどこかの邸の一室に来ていた。やや強引にソファーへと座らされると、両脇に1人ずつ令嬢も腰をおろす。真後ろでは別の令嬢が肩を揉んでいて、さらに正面では別の令嬢が前屈みになり、顔を近付けてくる。
「いや……あ、あの、ちょっと……」
「どうしたのですか? わたくしの顔に何か付いているでしょうか?」
「いや、そうじゃなくてさ、そんなに屈まれたら胸元が……ね?」
「フフ、そんなことですか。照れなくてもよいのですよ? 見せつけているのですから」
「み、見せつけるって……、そんな嬉しけしからん事を――」
慌てて横に視線を逸らすと、そこでも俺の手を取った令嬢が自分の胸元へと誘導していくところだった。
「ちょ、ちょっとタンマ! まだ俺には心の準備が!」
「フフ、よいではありませんか、よいではありませんか♪」
「そ、そんな、どこぞの悪代官みたいな台詞を……」
ダ、ダメだ、理性が保てん。何とかこの状況から脱しないと。
「そ、そうだ、エルウィンだ、エルウィンはどこだ!?」
「イヤですわマサル様。ここにいる殿方はマサル様お一人ですのよ?」
「そうですわマサル様。わたくしたちが他の男に心を奪われるとでも?」
「ささ、他は他で楽しんでいらっしゃるようですし、こちらはこちらで楽しみましょう?」
ん? 他で楽しんでる? ――あ!
「そ、そうだロージアは、ロージアはどこにいる!?」
「ちょ、ちょっとマサル様!?」
今この場にエルウィンとロージアが居ないのはおかしい。そうだ、これはまやかしだ!
スチャッ!
「――よっと、これでどうだ!?」
ビガロから貰ったグラサンを掛けると、俺を取り囲む令嬢以外にも前方で剣の打ち合いをしているエルウィンとロージアが写し出された。
「こうしちゃいられねぇ!」
俺はすぐさま剣を奪い返し、エルウィンへと突撃した。
「テメェの相手はこの俺だ! 受けやがれ、俺とお前の――」
「決戦の舞台をな!」
バシュゥゥゥゥゥゥ!
「ぐぅぅ! な、なんだこの光は!? それにここは……ボ、ボクの……ボクの貴族令嬢たちはどこに!」
「どこにも居ねぇよ。ここな俺とお前が決着をつけるための空間だからな」
「よ、よくも大切な令嬢たちを! お前だけは許さん――フェザーダガー!」
エルウィンの背中の翼が開き、無数の刃物を飛ばしてきた。
俺はトラップで高く上昇して避けつつ……
「だったらこっちも――フェザーダガー!」
「フン、自分の技にやられはしない!」
翼を前で広げてガードしてきた。が、視界を覆った今が最大の好機だ。
「背中がお留守だ、マヌケ野郎ぉぉぉ!」
ザシュ!
「グガァァァ!」
着地と同時に頭上からの斬り下ろしだ。背中を裂くように斬ったため、ガードそのものがまったく出来ずに血を吹き出して倒れ込む。
「グ……ォォ……」
「勝負あったな」
決着がつき、空間が元に戻ると、ロージアが駆け寄って来た。
「やりましたねマサルさん。令嬢に誘惑された時はどうしてやろうかと思ってましたが」
「そ、そうか」
どうするつもりだったのかは敢えて聞かない。ロクな答えが返ってこないだろうしな。
「さて、念のために聞いとくが、高遠の言ってた2人とやらはお前とエメローナだな?」
「そう……とも。俺とエメローナはな……元は一般人だったんだ。共通するのは……異性に縁がない。それだけさ……」
「お、お前、その顔!」
魔力を失った代償か、エルウィンの顔がどこにでもいる冴えない男の顔になった。
「これが本来の……顔さ。ナイトメアは俺たちに力を……与える代わり、下僕として働くよう持ちかけて……きた」
「それに迷わず飛び付いた――と」
「ああ。だが悔いはない。何にもない……人生よりは……よっぽど……な……」
事切れたか。
「なるほど。悪夢あるところにナイトメアあり。望みを叶えると言って夢を見せていたのでしょう。そして知らず知らずのうちに魂を抜き取られる。恐ろしい輩です」
まさか俺もヤバかったのか? ホンットあぶねぇ事しやがる。
「ですがナイトメアはまだ完全には復活していません。四天王にもかなり魔力を割いているでしょうし、しばらくは安泰かと」
「だといいけどな」
さて、帰ってカルロスのやつを慰めてやるか。