交渉
「初めての遭遇か」
ロージアを除いてだが、他人と接触するのは初めてとなる。山頂からじゃ船しか見えないし、どんな人種が乗ってたのかは近付かないと確認できないな。
「どうする? とりあえず自己紹介でもしに行くか? 無人島とは言え、一応は俺たちが居るんだし」
「敵かどうかも分からないのに、バカ正直に対面しようとしないでください」
「ちょ、ちょっと待った。まさか敵の可能性がある……のか?」
「もちろんです。新たな資源を求めて自国領を拡大しようとしてる国があっても不思議じゃありません。ここが無人島だと知っているのか否かより、相手の意志が重要です。敵意の有る相手に不用意に近付くのは賛同できません」
「じゃあ……」
「まずは偵察用の魔物を放ちましょう。相手の近くに潜ませ、会話を聞き取るのです」
なるほど。見知らぬ人間を前に本音を語るとは限らないもんな。外部の人間が居ない状態なら素の会話が聞けるって事か。
「まずはコアルームに戻りましょう。ここに居ると発見される可能性が高まります」
「おぅ! 帰還転移!」
説明しよう。帰還転移とはダンマス特有のスキルであり、いつでもダンジョンに帰還できる大変便利なスキルなのである。
当然取得もタダじゃない。DPを7000も消費しちまったんだよな。お陰で3000ポイントの備蓄しかなかったりするんだが、大半のダンマスはこのスキルの取得を目指すんだとロージアから聞かされ、俺もそれに乗っかった感じだ。
ちなみに一緒に連れて行きたい相手に触れてると、その対象も同時転移が可能だ。
「よし、コアルームに戻って来たぞ。召喚する魔物は…………うん、コレにしよう!」
チョイスしたのはGランクのクロコゲ虫で、召喚コストは1ポイントと大変優秀だ。
「ま、待ってください! 本当にソレを召喚するのですか?」
「ダメか? コストが低いし飛び回れるし発見されにくいしで使いやすいと思うが」
「いえ、もっと冷静に考えた方がいいと思いますよ? そんなゲテモノよりもっと可愛いのを召喚しましょう」
「ゲテモノって……」
なんだって頑なに拒否するんだ? DPが少ない今、1ポイントの消費で召喚できるのはかなり大きいはずだが。
「だいたい可愛い魔物ってブッシュラビットしかいないだろ。しかも普通の兎より大きいから発見されやすいし、やっぱりコレを――」
「嫌です」
「いやいや、何でよ!?」
「確かに有用ではありますが、見た目が失格です」
「そんな書類審査でキモデブを落とすような真似すんなよ……」
「ダメと言ったらダメです。世の女性なら全員が反対します」
「そんなに!?」
確かに備考欄には似たような事が表示されてる(←召喚リストが脳裏に流れてくる)が、見た目がゴキブリに似てるだけでえらい拒絶反応だ。頭部が無くても死なないため、一時期はアンデッドだという疑惑まで生んだらしい。うん、ゴキのイメージにピッタリだな。
「まぁ気持ちは分かるが、今は時間を浪費すべきじゃない。一匹だけでいいから召喚してくれ」
「……分かりました。但し、ダンジョンには絶対に入れないでください。入ってきたら最後、跡形も無くなるまで焼き尽くしますので」
ロージアにここまで言わせるクロコゲ虫ってすげぇと感心する半面、ダンジョンモンスターなのに外に放り出されるとか何と哀れな存在だろうか。まぁ日本でも嫌われてたから仕方がないのかもしれんが。
シューーーン!
「ダンジョンの外に召喚しました。このままクロコゲ虫の視点で遠隔操作が可能です」
召喚時から放り出されてて草。ま、異世界のゴキブリだし仕方ないよな。
「オッケ。さっそく浜辺の方に飛ばしてみるか」
リモコンの要領でクロコゲ虫を操り、目撃した地点へと向かう。発見されにくいように高度を上げて地上を見下ろしていると、大型の船1隻と小型の帆船3隻が浜に打ち上げられているのを発見。複数の人間が近くの森に退避して行くのが見えたんで、こっそりと1本の樹木に潜ませた。
「剣と鎧で武装した兵士が10人にメイドさんらしき女性が1人。でもって身なりの良い女の子が1人か。侵略にしては少なすぎじゃないか?」
「なかなか良い点に着目しましたね。ですが船に多数の人員が残ってるかもしれませんし、偵察という可能性も捨てきれません。それに頭部をよくご覧ください。形状は様々ですが、額やこめかみから角を生やしているでしょう? 彼らは人間ではなく魔族ですよ」
魔族と聞くと人間と敵対していると思われがちだが、実のところそうではない。人間よりも魔力の保有量が多くて身体能力も高めなのが魔族ってだけらしい。
けどあくまでも基本ステータスの話で、鍛練しない魔族は人間以下のステータスだったりするらしいが。
「まさかロージアを除いて最初に遭遇したのが魔族とはなぁ」
「種族はさほど問題ではありません。外見に惑わされずに相手の本質を見抜くのです。彼らの会話を盗聴して情報を引き出しましょう」
言われた通りに木陰から様子を伺い、会話を聞き易いようにスピーカーモードに切り替えた。
『う~む、やはり人が住んでいる痕跡はありません。どうやら無人島に流れ着いたようですな』
ヒゲモジャなオッサンが告げると、女の子は無言で頷いた。どうやらこの女の子の方が身分が上のようだ。
『シルビア様。やはり船の中で救助を待つべきでは? 下手に探索するよりもあの場に留まっていた方が危険が少ないものと……』
『いいえ。それだと周囲が安全かも分からないままでしょう? ならば多少の危険を冒してでも島の全域を確認すべきです。幸い夜までは時間がありますし、昼間のうちに見て回りましょう』
兵士の1人が提言するも、女の子――というかシルビアは探索を止めないと言う。俺と同年代に見えるんだが、随分と決断力のある女の子だな。
『それにしてもブローナめ、姉であるシルビア様を抹殺しようとは。襲ってきた船団もブローナが手を回したに違いありませんぞ!』
『海に沈めてしまえば何も残らないとでも思ったのでしょう。悔しいですが、ブローナの方が一枚上手でしたね』
『何を呑気な事を。シルビア様はよろしいのですか? お父上から受け継いだ家督をブローナに掠め取られるような真似をされて』
『よくはありません。ですがより賢く強き者が国を背負うべきであり、軟弱な者は淘汰されるのが世の常』
「ロージア。何で軟弱な者って台詞辺りで俺の方を見たんだ?」
「気のせいです。続きを聞きましょう」
『こちらの食料は持って10日でしょうし、最悪はこの島で最後を迎える覚悟を決めねばなりません』
その後は全員が口を閉じ、重苦しい空気の中を黙々と探索し続けていた。
「どうやら居城を追われた一派のようですね」
「逃げ延びた先がこの島だったんだな。どっかの国で権力闘争に負けた側って訳か」
「ここで1つ朗報です。この島から東に進むとイグリーシアでもっとも大きな大陸があります。その大陸の西岸側にラーツガルフという魔族の国があり、つい最近魔王が崩御したという情報が流れてました。第一王女であるシルビアが後継者になったと言われてましたので、恐らくは同一人物でしょう」
ありがたい事にロージアが情報を掴んでてくれた。でもって現在進行形で肉親同士の争いが起こってるんだな。
「ここはやっぱ助けるべきか? 黙ってても餓死するだろうし、俺としては後味悪い思いはしたくないんだが」
「よろしいんですね? 彼らを助けるという事は必然的にブローナと対立することになりますよ?」
「構わねぇよ。家督を横取りする奴に加担したくはないし、何より手を差し伸べて助かる命ならいくらでも伸ばしてやりたいくらいだ」
「フフ。思った通りマサルさんはお優しい方ですね。そういうところは知人のダンマスにそっくりです。では日が暮れる前に彼らをダンジョンに誘導しましょうか」
あれ? てっきり余計な事に首を突っ込むべきじゃないとか説教されると思ったのに、予想外の反応に少し面食らった。
呆気に取られてる間にもキックボードでダンジョンを飛び出して行くし、何だかロージアらしくないな~と感じてたら、すぐに理由が明らかになる。
「本来であれば出会ったばかりの相手を招くなど論外ですけれど、マサルさんのダンジョンはコアルームに侵入されたところで大した問題にはなりませんからね。それよりも彼らに恩を売り、しばらくはダンジョンで生活してもらうのが良いでしょう」
「いいのか? 食費とかも掛かるけど」
「魔族は人間よりも身体能力が優れてるのは覚えてますね? それと比例するように獲得できるDPも多くなるのです。王女を護る兵士となればステータス的にもより優れているでしょうし、食費分は余裕でカバーできるでしょう」
もう目から鱗って感じだった。
「マサルさん、あそこです。遠くからでも分かるように、手を振って近付きましょう」
「おっけ」
なるべくフレンドリーさを出した方が警戒されにくいって事で、大声で叫びながら接触を計った。
するとシルビア王女は手を振り返してくれ少しほっこりしたものの、直ぐにヒゲモジャのオッサンが前に出て剣を構える。
「止まれ! 怪しい奴らめ、我らに何の用だ?」
「あ?」
「マサルさん」
いきなりの喧嘩腰につい反応しちまったが、ロージアに手で制されてグッと堪える。
「何の用――との事ですが、私たちはこの島で生活している身ですので、逆に何の用ですかと尋ねたいくらいなのですが」
「何ぃ?」
「まずは剣を収めてくれませんか? 素性の分からぬ者を相手に無闇に敵対するのは賢くはありません」
「グヌッ!」
おいおい、火に油を注いでないか? 然り気無く挑発になってるぞ。
「お、おのれ小娘ぇ、戦場の大砲と言われたこのワシを愚弄するか! ワシが賢いかどうか、その身で味わ――」
「お待ちなさいゲイザー。彼女の言う通りです。見知らぬ地で敵を増やすのは賢くはありませんよ」
「し、しかし……」
シルビア王女に止められても尚食い下がろうとするゲイザーという名のオッサン。
でも気持ちは分かるぜ? 話し合いとか小賢しいもんな。
そう思ったら思わず口を挟んでしまった。
「けどさ、やっぱ男としちゃ拳で語りたいだろ?」
「「……はい?」」
「いやさ、戦場で出会ったらとりあえず殴り合いから始まるんじゃねぇの? それが男ってもんだろ」
「「はぁ!?」」
ロージアとシルビアの声がハモる。しかし意外な人物から掩護射撃が。
「ハッハッハッハッ! 小僧、なかなか見所があるではないか。そなたの言う通り、男たる者話し合いとは拳と拳、剣と剣がぶつかり合ってこそ分かり合えるというものだ」
「だよな、そうだよな? 拳は口ほどに物を言うってよく言うしな!」
「然り! 殴り合いの末に生まれる友情も有るというに、女共ときたら何一つ分かっておらん!」
「うんうん。アンタとはうまい酒を飲めそうだぜ!」
「よぉし! 帰ったら酒盛りじゃ――」
ガツガツン!
「「いでぇ!」」
「「いい加減にしなさい!」」
オッサンとの友情が生まれたが、ロージアとシルビアからはダメ人間に見られたっぽい。
モンスター紹介
クロコゲ虫
:魔物の中でもGランクという最底辺の存在であり戦闘能力も殆どない。その代わり生命力だけは人並み以上なため冒険者からは気持ち悪いと思われがち。
有名なエピソードでは頭部がもげても動き続けるというものがあり、遠い昔にはアンデッドという扱いを受けたことも。
特に女性からは憎しみの対象として見られ、【クロコゲ虫は見つけしだい根絶せよ】という共通の認識を持たれている。
そんなクロコゲ虫のことを度々イグリーシアに現れる転生者は【ゴキブリ】と呼んでいるらしい。