秘密の抜け穴
謎の少年カドモンに案内され、やって来たのは整備された地下通路だった。壁に埋め込まれた石は形が整っているし、地面にしても舗装されたように歩きやすい。一定間隔で灯されたランタンにより松明も必要としない明るさを保ってるし、これ上手くいけば通行料を取れるのではと思ってしまう。
「キレイに整った通路だな?」
「そりゃ王族が使っている秘密の抜け穴だしね。よく親族に内緒で他部族の女の子と密会したりするのに重宝されてるんだってさ。カルロス様なら知ってるんじゃない? 会う相手が居るかは知らないけど」
「……キミは手打ちにされたいのかね?」ブゥンブゥン
「じょじょじょ冗談だってば! 怖いからハンマー振り回さないでよ」
秘密の通路とか王族あるあるだな。でもカドモンが知ってる理由が見当たらない。それにカルロスが知ってるかもしれない相手か。いったいコイツは何者なんだ?
「ん? ボクの顔に何か付いてる?」
「ああ。星形の青いペイントが頬に付いてるぞ」
「あ、これ? 最近流行りのメイクだよ。お兄さんもやってみる?」
「やらねぇよ……」
しかし他人の空似とはよく言ったもので、カルロスに触発されて俺までどっかで見たような気がしてくる。
それに……
「…………」
「どうしたのさ? 難しい顔して」
「いい加減何をさせたいのか聞きたいんだけどな」
「ああそれ? だから付いてくれば分かるって言ったじゃん。焦らない焦らない♪」
さっきからこの調子だ。こっちは遊んでる暇はないって――
フィキン!
え? 空気が変わった!? 何か周りがピリピリしてきた感じがする。
当然だが背景は変わっていない。歩いてる場所も同じだ。なのにこの感覚は何なんだと考え込んでいると、その疑問に答えるかのようにロージアから念話が飛んできた。
『気をつけてくださいマサルさん。どうやらここは――』
『――え、マジ?』
ついに決定的な情報がロージアからもたらされた。そこで改めてカドモンを観察して思い出した。幼い喋り方、ピエロっぽい顔、コイツはあの時の……。
「なぁカドモン」
「ん、何か――」
プチッ!
「――いっでぇぇぇぇぇぇ! 頬に刺さったじゃん! 何すんだよお前!」
「ははっ、わりぃわりぃ。沈黙が続くと笑いが欲しくなってさ」
「だからって、先の尖った枝で頬を刺すなよぉ!」
「だから悪かったって」
「ったく……」
ブツクサと不満を漏らしながも歩き始めるカドモン。すると何かを閃いたかのように立ち止まり、口の端を吊り上げて忠告してくる。
「あ、そうそう。言い忘れてたけど、この通路って所々に罠が仕掛けてあるから壁とかに触れない方がいいよ」
「罠だぁ? 王族が使うのに罠なんか仕掛けてやがんのか?」
「ケケッ♪ 疑うんなら見せてあげるよ? ほら――」
シャシャシャ!
「うぉっっっと! 天井から槍が突き出して来たぞ!?」
「ケケケケ♪ ビビってるビビってるぅ」
こんのガキャ……。俺をおちょくってただで済むと思うなよ。
「あ、水溜まりだ」
「それがどうかしたか?」
「あれれ~? さっき怖い目に合ったのに言わなきゃ分かんないの~? こんな水源の無い場所に水溜まりなんて明らかに不自然じゃん。アレも罠の一つだよ~、ケケケケ♪」
さっきのを根に持ってるのか随分と挑発してくれるじゃねぇか。そっちがその気なら……
「ふ~ん、立て続けに罠ねぇ……」
「あれれ~、疑ってる~? そんなに疑うんなら試してみよ――」
「そうだな。身を持って試してみろ」ゲシッ!
「フゲッ!」
ザブ~~~ン!
カドモンが何かをする前に後ろから蹴り倒してやった。結果顔面から水溜まりへとダイブし、中に潜んでいたスライムに絡み取られていく。
「ちょ、お前、今のは犯罪だぞ!? ――って止めろやキチガイスライムがぁ!」
さすがはダンマスなだけあって、上手くスライムを引き剥がしていた。
「ハァハァ、あ"~ビックリしたぁ……。おいマサル! もう少しで死ぬところだったぞ!」
「すまんすまん。蹴りを入れるフリで終わらすつもりがさ、思わずそのまま蹴っちまった」
「どこがフリなのさ! 普通なら――」
「ちょい待った」
激おこのカドモンを押し退けて更に前方を指す。
「通路が直進と右に分かれてるぞ? どっちが正解だ?」
「そんなの、真っ直ぐに決まっ――」
――と言いかけて意地悪そうな笑みを浮かべるカドモン。騙すつもりのようだがバレバレなんだよなぁ……。
「そうそう、思い出したよ。こっちの方が近道だったはずだよ~」
「……本当か?」
「ほ、本当だって! ほら、早く行っ――」
「じゃあお前が先頭な」ゲシッ!
「フゲッ!」
シュバババババババ!
「あだだだだだだだだだだだ! いたいいたいいたいいたい!」
前に蹴り出してやった直後、壁と天井から大量の石つぶてが放たれ、ボコボコに顔を腫れ上がらせるカドモン。やがて石つぶてが収まると、這いずるよう戻ってきた。
「こ、こっちは間違ってたみたい……」
「じゃあ直進だな」
あまりに痛かったのか、余計な事はすまいといった雰囲気で歩き始めるカドモン。だがこの程度で俺は止まらない。
「お、あそこだけ床の色が違うな。新手の罠か?」
「見れば分かるでしょ。あそのを発動させたら後処理が面倒だから、絶対に踏まないでよね」
「ああ、分かった――」
そう言って変色した床を素通りする。
「――なぁんてな!」プチッ!
ゴーーーーーーッ!
「あぢゃぢゃぢゃぢゃぢゃぢゃぢゃ! あっちぃよちくしょーーーぅ!」
カドモンが射程に入るのを狙い、変色床をおもいっきり踏み抜いてやった。タイミングはバッチリだったらしく、壁から吐き出された炎によりカドモンが火ダルマに。
「おい、ふざけんなよお前! あと少しで黒焦げになるところだったじゃないか!」
「そうか。惜しかったな」
「ああ――って、どういう意味!?」
さて、端から見てる側ならそろそろ気付いているだろうが、カドモンの正体はあのクソピエロことキャシュマーである。ちな教えてくれたのはロージアな。ほんとバレてないと思ってるのが滑稽だよなぁ。
んで、いまだにカルロスも首を捻ってたからこっそり耳打ちしてやった。
「なぁカルロス、実は――」
「え? ――ああなるほど。だから感じた事のある魔力だったんだ。思えば兄貴の補佐官も同じ魔力だった。つまり、これまで見つけた罠も全部アイツが仕掛けたんだな?」
「そういう事」
情報を共有したことで、キャシュマーをおちょくる会にカルロスも入会。ここから先は三人でおちょくる事に。
そんな会話をされてるとは露知らず、カドモンもといキャシュマーが次に見つけた罠の説明に入る。
「だいぶ城に近付いて来たけど、ここにも罠があるよ」
「どこに有るのでしょう?」
「ほら、不自然に大きなランタンが天井から吊るされてるでしょ? コレを引っ張ると稲妻が走……」
「こうですか?」クイッ
ビリビリビリビリビリ!
「アガガガガガガガ! ガ、ガラダガジビレルゥゥゥゥゥゥ!」
言い終わる前にロージアが引っ張った。ご丁寧にキャシュマーの手を握らせて。そうするとキャシュマーがモロに食らう事になり、口から真っ黒な煙を吐きながらピクピクと痙攣する。
「おいおい、大丈夫かロージア?」
「僅かに身体が痺れましたがその程度です。特に心配はいりません」
「ならよかった」
「いやいや、全っっっ然よくないから! ボクはめっちゃ痺れたし! というか、そっちじゃなくてボクを心配するのが普通だろ!?」
「レディーファーストやぞ」
「んなアホな!」
憤りを見せながらも先へ進む。すると今度は一部が変色した壁が。
「言わなくても分かるだろうけど、この壁に触ったらダメだからね? いい? 触らないでよ? 絶対に触らないでよ? もうマジで約束だかんね!?」
もはや信用ならないようで何度も念押しをしてきた。だがしかし、そういったフレーズを世間一般ではフリと言う。
「だってさカルロス」
「分かったぞ!」
カチッ!
「あ"~~~~~~っ! だから触るなって言っただろぉぉぉ!? 急いで走れぇぇぇ!」
背後を見て飛び上がるように驚き、猛ダッシュを始めるキャシュマー。振り向くと背後から大量の水が濁流となり迫っているところだった。
しかし、そんな中でもロージアは冷静に……
「アイスバリケード!」
バチ~~~~~~ン!
見事に濁流が塞き止められ、氷の壁に触れた先から徐々に凍り付いていく。
「さすがロージア! もう一家に1人ロージアって感じだな」
「そんなことよりキャシュマーはどこに……」
「アレではないか?」
先に行ってしまったと思ったキャシュマーが全身泥だらけになって佇んでいた。どうやら別の罠にかかったらしい。
「お~い、どうした~?」
「…………」
「グスッ……もう嫌だ……」
あらら、泣かせちまったか。もちろん反省なんてしねぇけどな(←悪魔)。
まぁそんなこんなでカルロスの兄貴がいるであろう城まで辿りついたわけだ。しかし城の大部分がダンジョンと融合してるようで、もう完全にキャシュマーの手に落ちてると言っても過言ではないだろう。
「ほら、ここでしょ? カルロスのお兄さん――カーネルの部屋。巡回の兵士もいないみたいだし、入るなら今だよ?」
「よし、行くか――」
「――但し、お前が先な」ゲシッ!
「フゲッ!?」
キャシュマーが扉を開けたところで中へと蹴り飛ばす。罠の類いは無かった代わりに重そうな全身鎧で武装したカルロスの兄貴――カーネルが出迎えてくれた。
「フッ、よくノコノコと帰ってこれたものだなぁカルロス? シルビア王女に婚約を破棄された今、貴様の存在は無価値。おとなしく腹を切るのだな」
「あ、兄貴……」
信じられないといった顔のカルロス。少なくとも肉親にかける言葉じゃないわな。
しかもブローナの時と同じくカーネルの全身からはドス黒いオーラが立ち上がってるし、恐らくは本心じゃないんだろう。
「騙されるなよカルロス。お前の兄貴は洗脳されてるだけ。真の敵はキャシュマー、テメェだよ!」
カルロスに代わりにキャシュマーが信じられないといった顔を作る。やがてクツクツと嫌な笑い声をあげ、本来の姿を晒してきた。
ドロン!
「ケケッ。よく気付いたなぁ? まさかバレるとは思わなかったよ。いつ気付いたんだい?」
「だいぶ最初の方からだけど?」
「…………」
「……ハァ?」
「ハァ~~~~~~ァ!? じゃあお前ら、罠に掛かってたのはわざとかよ! ムッキィ、騙されたぁぁぁ!」
気付いたのはロージアだけどな。
「クッソ~~~、もう怒ったぞぉ! こうなったらダンジョンバトルで決着をつけてやる!」