契約書を阻止せよ!
見事シルビアの心を引き戻したカルバーンだったが、宰相の命令により契約書となった婚姻届がゴルモン王国に向けて持ち出されてしまったというのだ。
この世界の契約書には神の力が宿っており、破った者には命に関わるペナルティが下ってしまう。つまりはお相手の王子がサインをする前に止めなきゃならないんだ。
そこで宰相のことはゲイザーのオッサンに任せ、俺たち三人はダンジョンへと戻ったわけだが……
「……で、いったい何をする気だ? こうしてる間にも早馬が……」
「落ち着いてください。今から追いかけたところで間に合うとは思えませんし、何より非効率的です。そこで……」
そう言って昨日も使った地図を広げ、山の麓を指した。
「ご覧ください。山を登るには麓にある樹海を越える必要があります。夜に樹海へ入るという禁じ手を使わないのなら、必ずや手前で夜を明かすでしょう」
「そうか、夜になったら足が止まる。そこを徹底的に探せばいいんだな!」
それなら慌てる必要はない。テキトーな野鳥を飛ばして先回りさせとこう。
――なぁんて呑気に構えていたところ、夜になって急展開を迎える事に。
『マサルさん、街道の先1キロ地点です』
『おっけ~い!』
念話でロージアに誘導してもらいながらも暗い夜道を電動キックボードが走り抜ける。俺が現地に向かえばダンジョンの入口を移せるからな。
護衛はいないのかって? ああ、ジャニオならブローナの隣で寝てるよ。あのリア充どもめ! ――という邪念を吹き飛ばすため、ひたすら心を無にして目的地を目指す。
「ヒャッフ~~~ゥ♪ この夜風を切り抜く感じが心地いいぜぇ!」
『そのアイテムは貸してあげてるだけですからね? 大事に使ってください』
『いや、分かってるよ。終わったらちゃんと返すから――っと、あの松明がそうか?』
『はい。テントの中の兵士は武器を手離し眠りについてますし、見張りに至っては居眠り中。契約書を奪うなら今のうちです』
ならちゃっちゃと済ませるか。起きないよう慎重にテントへ忍び込み、すぐさま物色開始だ。
「お邪魔しますよ……っと。契約書の持ち主は……お? コイツか」
兵士の懐から首尾よく契約書を見つけた。後はカルバーンとシルビアの前で燃やしてやればいい――と思ったその時!
ガコッ!
「あ――ヤベッ!?」
中央を支えていた柱を思いっきし蹴り倒しちまった! 当然テントはバランスを崩し……
バサバサバサァァァ!
「フガッ!? ななな、なんだ、敵か!? 敵襲ーーーっ!」
居眠り中の兵士は完全に目を覚まし、熟睡していた兵士までもが飛び起きてしまう事態に。
「チッ、スマートには行かなかったか。だが契約書は貰ったぜ? あ~ばよっと♪」
「こ、こら、待ちやがれっ!」
すぐに追って来たので樹海へと退避。これで追うのは諦めるかと思えば、そんな事はまったくなかった。
というか地味にミスったな。樹海じゃ木が邪魔で、電動キックボードを使うのは逆に危険だ。クソゥ、自力で走るっきゃねぇ!
「待て待てまてぇぇぇい!」
「その契約書を返せぇぇぇ!」
しつけぇなぁ。いい加減諦めてくれりゃいいのに。
「このまま逃しては打ち首は免れん。どこまでも追いかけ――ゴハァ!?」
「何っ!?」
追手の台詞が断末魔に変わった。何事かと振り返れば、次々と血渋きを上げる兵士たちの姿が。
そして最後の1人が倒れたところで、黒ずくめの男が口を開く。
「やっぱり来やがったか。張ってた甲斐があったってもんだぜ」
「……誰だお前は?」
「そういや話すのは初めてだっけな。俺はクペス、王都の闇ギルドに所属する構成員さ」
「闇ギルド…………あっ!」
思い出したぜ。カルバーンを暗殺しようとしてた連中だな。
「その闇ギルドの奴が何の用だ? まさか手伝いに来たのか?」
「アホ抜かせ! テメェを手助けする理由なんざ更々ねぇよ。そもそもシルビアの婚姻なんざどうだっていい。俺が求めてんのは逃した獲物さ」
どうやらこの男、俺たちを取り逃したのが許せなかったらしく、ダガーから血を滴らせつつ慎重に距離を詰めてくる。
対する俺も剣を抜き、男から目を離さないように後退していく。
「なんだぁ? あんな芸当を見せつけときながら直接戦闘は苦手だってかぁ?」
「まぁ得意じゃないのは確かだな。少なくともお前よりは弱いだろうぜ」
「……ん?」
瞬時に5人も殺しちまうくらいだ。暗殺なんかは得意中の得意だろう。こんなのとまともにやり合ったら命が幾つあっても足りねぇ。
「こいつぁガッカリだ。テメェらは只者じゃねぇって勘が働いたんだがなぁ。この先見のクペスが読み間違うたぁ焼きが回ったか」
「いいや。焼きが回るのはこれからさ」
「……あん?」
「お前みたいな奴と相手するための切り札があるのさ。俺にはな!」
恐らく今日一の使いどころだろう。コイツと対等に戦うため、俺は迷わず発動させる。
「俺はお前に申し込む。これが――」
「俺とお前の――」
「決戦の舞台だーーーーーーっ!」
フィキーーーーーーン!
「な、なんだ? 死体が消えた――だと?」
「俺とお前との対決に第3者は邪魔できねぇのさ」
「はっ、それがどうしたってんだ。テメェの末路も変わんねぇんじゃ無意味だろうがよぉぉぉ!」
キィィィン!
「なっ!? お、俺の一撃を真っ正面から受け止めやがっただとぉ!?」
「そりゃそうさ。俺のステータスはお前と同じ。防げるのは当然だろ?」
「クッ、そういう事か!」
これまでの余裕顔は鳴りを潜め、鋭い目付きに切り替わった。先見とか言うだけあって、勘が鋭いのは間違いない。
「おもしれぇ。つまりアレだ。テメェを倒せば自分を超えられるって訳だ。こんな機会をくれた事に感謝しなきゃなぁ」
「いいや、感謝は必要ないぜ? どうせ数分後にゃ地面に這いつくばってんだろうしな!」
会話しつつもクペスのステータスをチェックし、大まかなスキルを把握する。コイツは接近戦を得意としているようで、特に半径1メートル範囲はとてつもなく危険と出た。
「おいどうした? さっきから逃げてばかりじゃねぇか。もっと俺を楽しませろよぉ!」
冗談じゃねぇ。向こうは手数の多いダガーに対しこっちは大振りになりやすい長剣。至近距離じゃ超絶不利だ。
しかもコイツの得意武器はダガー。さっきは正面だったから防げたが、トリッキーな動きをされたら瞬殺は免れねぇ。
俺は剣での打ち合いを避け、得意の罠設置を試みた。が……
「へっ、分かってるぜ? そこにトラバサミが有る事くらいな」
「何っ!?」
「これでも数年前まで冒険者をやってたんでな。罠の発見と解除覚悟は朝飯前さ」
マズイな。まさか罠を見破ってくるとは思わなかった。落とし穴や吹き矢も試したものの、全て看破してくる始末だ。 その後も一進一退――というよりは一退一退という感じに距離を取り続けていると……
「はっ、なるほどな。テメェのスキルは俺を真似るだけ、そうだろ? まともにやり合ったら俺に分がある。だからテメェは逃げ回ってるって訳だ」
「だったら何だ?」
「へっ、決まってらぁ。そろそろトドメを刺してやんのさ」
クペスが動きを止め、懐から出した大量のナイフを上空に放る。
「いくぜぇ? 覚悟を決めな――永久追尾!」
まるで大量のナイフに意志が宿ったかのように、俺に目掛けて降り注ぐ。
だが焦る必要はない。対抗手段なら持ってるからな。
「石壁召喚!」
キキキキキキィィィン!
360°包囲の石の壁に当たり、ナイフはパラパラと自然落下。決戦の舞台を使用していてもダンマスのスキルを失わないのは有り難い。
「ははっ! いいねいいねぇ、馬車ん時にやったやつだろ? 投擲部隊が自信喪失しちまうくらいのインパクトだったぜ!」
「その割には自信に溢れてるようだがな」
「自信失くしたのは他の連中さ。それに――」
グサグサグサグサッ!
「ぐぁぁぁぁぁっ!? あ、足にナイフが!?」
「俺の永久追尾は相手を仕留めるまで動き続ける。テメェは死ぬまで怯え続けるのさ。クッハッハッハッ!」
クソゥ、何てこった! スキルを正確に把握したつもりが認識が甘かったらしい。
俺は片足で飛び退きつつ刺さったナイフを引っこ抜く。抜いたら逆にヤバイとか考えてる時間もない。
ドクドクと血が滴る中、半ば自棄糞でキックボードを取り出し……
「だったら俺も対抗してやる。くらいやがれ――永久追尾」
ギュン!
「おっとあっぶねぇ。妙なもん飛ばしてくんじゃ――」
ゴツーーーーーーン!
「ギャア!?」
キックボードを蹴るのと同時に奴のスキルを発動させた。初動は避けられたが、戻ってきたキックボードがクペスの後頭部に直撃。打ち所が悪かった(←見りゃ分かるだろ……)のか、舞っていたナイフも動きを止める。
しかもそれだけでは終わらない。悶絶してよろけたところへ……
バチン!
「グギャァァァァァァ! あ、足がぁぁぁぁぁぁ!」
失念していたトラバサミが発動し、クペスの片足をしっかりと縫いつけた。
「勝負あったな?」
「ぢぐじょ~~~! こんなもんさえなけりゃテメェなんかに!」
「この期に及んでタラレバかよ。ま、来世はもっとマシな人生だといいな」
ズバン!
首を跳ねて無事終了――っと。
『お疲れ様です、マサルさん』
『お、ロージア。契約書は奪い取ったぜ!』
『何をはしゃいでいるのです? 今の戦いは展開次第でマサルさん死んでててもおかしくなかったのですよ? 今後は自重してください』
『……はい』
『まったく、私を残して死んだりしたら許しませんからね?』
『あ、ああ、すまん……』
確かに少々無謀だったな。何にせよ勝てて良かったぜ。
クラッ……
「――っと。肩の力が抜けて急に目眩が……」
『マサルさん、早く帰還してください! 足の流血を止めなければ!』
「ヤベッ!」
その後、ロージアからガッツリ説教されたのは言うまでもない。