カルバーンの奮闘
「――という訳なのだよ」
「ふ~ん? 宰相とその派閥の貴族が国の乗っ取りをねぇ……」
カルバーンとブローナを自分のダンジョンに連れ帰った俺たちは、ダンジョンの説明もほどほどに依頼の話を進めた。
それによって分かったのは、ブローナの反乱に乗じて今の魔王家を一掃しようとする動きであり、後の実権を宰相が握るというものだ。
その前に馬車からどうやって移動したかって疑問には、ダンジョン機能使った帰還スキルだと言っておく。
「筋書きはこうだ。ブローナは謀反を起こしてシルビアを葬り、暴虐の限りをつくす。そこへ宰相率いるレジスタンスが現れブローナを討伐。後の実権は宰相が握り、奴を贔屓する都合の良い魔王家のご誕生さ」
「その話に闇ギルドも乗っかったんだな」
「乗っかったと言うより彼らに利する話が有ったのだと推測するよ。闇ギルドとは言わば狂犬。完璧に手懐けるのは不可能さ」
なるほどねぇ。一時的とはいえシルビアに加担したのにも訳がありそうだな。
「そこでボクからの依頼だ。女王シルビアを連れてラーツガルフを脱出したい」
「へ? 連れ出す? それってつまり……」
「そう、シルビアには祖国を捨ててボクの元に来てほしいと思っているんだ。これが元婚約者であるカルバーン・アノーストンの願いさ」
さらりとトンでもないカミングアウトをしやがった。元とはいえ婚約者だったら伴侶の身を案ずるのは当然か。この場にブローナがいたらジャニオに同じ事を頼み込んだだろうな。
ちなみにブローナとジャニオはダンジョン内を散策している。おそらくデートのつもりなんだろう。
「どうだろう? 成功した暁にはボクの持つ全財産の9割を譲ってもいい。ボクはシルビアに不幸になってほしくはないんだ」
「まるでラーツガルフに残れば不幸になると言いたげですね。依頼するのなら宰相一派の排除が適切では?」
「そ、それは……」
ロージアの指摘に言葉を詰まらせて表情を落とすカルバーン。しばし迷った後、意を決してもう一つの事情を明かしてきた。
「シルビアの現婚約者は北方の山脈を越えたところにあるゴルモン王国の王子だからだ」
どうやら山1つ跨いだ先にある国から婿養子を取るらしい。これを回避するにはシルビアが王女でなくなるしかない。つまり……
「……駆け落ち?」
「そういう事……になるのだろうか」
「でもよ、肝心のシルビアはどう思ってるんだ? 例の王族との婚姻を望んでるんじゃないのか?」
「それは……分からない……」
「おいおい……」
見知った顔とは言え、嫌がる相手を無理やり連れ出すのは承諾しかねる。
「そもそもカルバーンは元婚約者だろ? それが解消されたって事は――」
「うぁ~~~! ダメよダメダメ、そんな残酷な話はナンセンスだ!」
お前の反応がナンセンスだよ……。
「クッ、これも宰相による巧妙な罠だったのか……」
「罠って……、この件に宰相関係あんの?」
「何を言う。新たな婚姻話を持ってきたのは他ならぬ宰相だぞ? 奴が仕組んだに決まっている!」
「マジで!?」
そうなると話は変わってくる。宰相の都合で持ち上がったのなら必ず裏が有るはずだ。
「なるほど。マサルさん、こちらを」
「ん? これは……」
「北方の地図です。山脈に一番近い国がゴルモン王国で、周囲には小国が乱立しています。国の規模としては他の国より少し国土が広いくらいでしょうか。この国との関係を強化する狙いが宰相には有ったのでしょう」
それも婿養子でか。まぁ相手はラーツガルフよりも小国だし、強気で要求したんだろ。
「宰相ってくらいだし、金の匂いでも嗅ぎ付けたんじゃね? 鉱脈を見つけたとかさ」
「そう言えば宰相が「近々坑夫を派遣する」と言っていたよ」
はいビンゴっと。我ながら冴えてるな。
「しかしそうなるとゴルモン王国の周囲とは必然的に敵対する形になりそうですね」
「うっわ、メンドクセ。ピンチになったら支援要請されそうだな。シルビアはその辺どう思ってんだろうな?」
「「「…………」」」
三人で一斉に沈黙する。ゲイザーのオッサンが忠誠を誓うくらいだし、「助けられる命ならば助けましょう」とか言いそうだもんな。
「取り敢えずはシルビアを説得する方向でもっていく――ってのはどうだ? そん時にカルバーンも告っちまえばいい」
「えっ、そんな急にかい!? ダメよダメダメ、恐縮しちゃって上手く喋れるわけないじゃないか!」
案外ヘタレだなコイツ……。
「お前、そんなだから婚約解消されたんじゃないのか?」
「うっ……」
「これに関してはマサルさんの言う通りです。シルビアさんを想うならば正直に伝えるべきです」
「そ、そういうものか……。いや、今さら出ていったところでそう簡単には……」
「だ~か~ら、そういう思考がダメだって言ってんだろ! 話す前から諦めてどうすんだよ!? 俺なんかロージアに告ったっきり正式な返答は保留にされてんたぞ!」
「そ、そうなのかい? ボクが庶民の娘に一声かければ喜んで服を脱ぎ出すのだが」
「だよな? そうだよな? もっと言ってくれダメよ仮面!」
「あ~ダメよダメダメ。ロージア殿、キミは宝を持ち腐れるつもりかい? もっと異性と触れ合うべきだよ」
「そうだぞロージア。いい加減に俺との関係をちょっと良い感じにランクアップ――」
ボゴンボゴン!
「話が逸れていたので戻しますよ」
「「ふぁい……」」
まさかグーで殴られるとは思わなかった。勢いで言っちゃうのは止めておこう。
「どうも話を聞いているとシルビア王女の意思が見えてきません。まずは本人への確認を優先すべきです」
「それは……そうだが。もしも断られたらと思うと胃に穴があきそうで……」
「そもそもの話、何も問題がないのに婚約が解消されるという事はありません。カルバーン殿は王女から何か言われてませんか?」
「う、うむ……まぁ、その……」
カルバーンの反応から何かあったっぽいなぁと思ったが、直後に致命傷足り得る事実が発覚する事に。
~~~~~
「それで王女、重要なお話しとは?」
「カルバーン殿、実は新たな縁談が持ち上がってしまったのです。相手は北方の王子様のようでして……」
「それはおめでとう御座います!」
「!!!」
~~~~~
「――という事が……」
「「…………」」
コイツ、ほんまもんのバカなんじゃないだろうか? 自虐ネタとしても笑えない。
「はぁ……。まさかマサルさんよりも女心を理解していないとは思いませんでした。これは致命傷ですよカルバーン殿。既に王女の心は離れてると言っても過言ではありません」
「そんなに!?」
「はい。残された時間は多くはないと推測します。かなり難易度が高いでしょうが、可能な限り王女との距離を縮める必要があります。そこで!」
ここが重要ですと言わんばかりにロージアが語気を強める。
「宜しいですか? まずは王女に対して全力で謝罪してください。自分以外の縁談を歓迎してしまったのは大変愚かだったと認めるのです。その上で自身の胸の内を明かし、王女の心を引き戻してください」
「わ、分かったよ」
「では練習です。私がシルビア王女だと思って全力で土下座を」
ガバッ!
「シ、シルビア王女におか、置かれましては、大変ももも、申し訳のない事を、いたいたしました!」
ロージアに告げられ徐に土下座を開始するカルバーン。一応は真剣なようで、カミカミながらも謝罪の言葉を述べていく。さて、ロージアの採点は?
「フフ、実に気分が良いですね。このまま何時間でも続けさせたいくらいです」
「それは……褒めてるのか?」
「ええ。宜しければマサルさんもどうですか?」
「……遠慮しとく」
「……チッ」
「まさかの舌打ち!?」
「まぁ謝罪の仕方はいいでしょう。心が籠っていれば多少の間違いは許されます。それよりも王女を落とす口説き文句です。ここで決めなければ意味はありません」
ここからが重要って事で、急遽ブローナを引っ張って来た。
「いきなり何なんですの? カルバーンの告白練習に付き合えだなんて」
「シルビアに似ている貴女が最適だからです。黙って協力すればジャニオの生写真をプレゼントしますよ?」ヒラヒラ
「ほ、本当にそれを頂けるんですの!? もう何でも言いつけてくださいませ!」
写真を見せたら忠犬ができたでゴザル。本人が幸せそうだから好きにさせとこう。
「ではカルバーン殿」
「……コホン。シ、シルビア王女。そ、その……ボ、ボクのははは、伴侶として――」
「カット。いきなり伴侶になれというのは重すぎます。まずは素直に好きだという事を伝えるべきでしょう」
「う、やはりそうか……。王女本人ではなく、よく似た劣化版だと思うと早く終わらせたいという衝動が――「何ですって!?」」
そりゃ本人じゃないからな。
「取り敢えずもう一度やってみようぜ。今度は俺が考えた台詞を――」
「ふむふむふむ――ほぉ、なるほど。そのように言えばいいんだね」
耳打ちでアドバイスしてやった。今度は大丈夫だろう。
「……コホン。シ、シルビア王女。ボクと一緒に――」
「宝の山を探しに行かないか?」
「「……はい?」」
「いや、だからね、金銀財宝を見つける冒険に付き合って――」
「カット。何ですかそのダサい台詞は? そもそもお金に目が眩む王女とか問題が有りすぎます。出直して来てください」
「俺が考えたんだけどダメ?」
「はい。辛うじてカルバーン殿よりマシな程度です」
こりゃ手厳しい。ならばと別の台詞を考えていると、キザッたらしいジャニオが入ってきた。
「話は聞かせてもらいました。要は王女を口説けはよいのですね? ならば――」
「ふむふむ――おお、まるで恋愛小説に出てくる一幕のようだ。これなら上手くいくかもしれない」
今度はジャニオの考えた台詞がカルバーンから告げられる。
「……コホン。シルビア王女。ボクと一緒に虹を見に行かないかい?」
「虹……ですの?」
「そうさ。ボクが後悔して流し続けた涙。そこに虹の橋が出来上がったんだよ。さぁ王女、ボクと共に渡って行こう!」
「カット。台詞が臭すぎます。それだとどこへ行くのですかと聞き返されて終わりです」
ロージアならそう言うと思った。
「ハハッ、残念だったなジャニオ。お前は臭いってよ」
「そんな! 1日三回の入浴を欠かさないボクが臭いなんて……」
「お前は静○ちゃんかよ……」
ともあれ俺たちに時間はない。結局夜までリハーサルをし、シルビアの元へ向かう事にした。