公爵子息の依頼
冒険者ギルドで絡んできたオッサンをあっさりと返り討ちにした俺。そこへ現れたダメよ仮面――もといカルバーンは、とある依頼のため冒険者ギルドに訪れたらしい。
偶然かはたまた必然か、流れでカルバーンの依頼を受ける事になり、馬車で邸へと向かいつつ依頼内容を確認することにした。
「で、いったいどんな依頼なんだ?」
「は~い、ダメよダメダメ、いきなり本題に入るなんて。もっと会話を楽しまなきゃさ。そんなんじゃ女の子にモテないぞ~」
「――なんて事を言ってるが、どう思う二人とも?」
「会話を楽しむのは結構ですが、それで時間を無駄にしては本末転倒ですね」
「そもそも会話なんかなくともジャニオ様みたいな御方となら側にいるだけで幸せですわ」
「――だとさ」
「う、う~む、これが時代の変化というものなのか……」
いや、依頼主が勿体ぶる真似したらそう言われるのは当たり前だがな。
「……コホン。では本題に――と言いたいところだが、この依頼に関しては他言してほしくはないんだ。なのでこの場で神に誓ってもらいたい。解決するまでは絶対に口外しないと」
「依頼主に拘わらずクライアントの情報をバラしたりはしないぞ?」
「それは有難い。ではボクとキミたちとで契約を交わそう」
そう言って四人分の紙を差し出してきた。なんでも内容を記した後に誓いを立てる事で神の効力を持つのだとか。これは契約違反を起こすと神の力でペナルティが強制発動するので、殆どの者が破ったりはしないらしい。
「サインサイン――っと。これでいいか?」
「イイよイイよ~。では諸君、我が邸に到着するまでゆっくりと寛いで――」
「ヒヒ~~~ン!」
ギギギギギギギギィィィ!
「「きゃっ!」」
「「「うぉっと!」」」
突然馬車が激しく揺れ、地面に車輪を擦り付けながらも急停止した。カルバーンがブローナをジャニオがロージアを支える中、情けなくも1人だけスッ転んで起き上がった俺に、いつになく真剣な顔をしたジャニオが予想通りの事を告げてくる。
「マスター、敵襲です。襲撃手段は弓矢、直ぐに防御壁を」
「了~解ぃ!」
シュ~~~ン――――ガガガガガガッ!
咄嗟に馬車を囲むよう生成した石の壁が全ての弓矢を弾き落とす。その間に前を見れば、ダラリと頭を垂れている御者台の兵士が。
「カルバーン、御者が殺られてるぞ!?」
「クッ、油断した! まさか連中、ボクの動きに気付いていたとは……」
襲ってきた奴らには心当たりが有りそうだな。
「連中とやらの話は後だ! ジャニオ、お前が御者をやれ!」
「お任せを」
弓矢が止んだ隙をついてジャニオが素早く御者台に乗ると、再び馬車が走り出す。時おりカルバーンからの指示を受け、右に左にと揺られつつも邸を目指す。
それでも攻撃は止まず、どれだけ走っても振り切れるな様子はない。街中だし建物が多いだけあって、屋根から屋根へと移動してやがんだろう。
「しっつこいな~。いったいどこまで付いてくる気だ?」
「目的を達成するまでだと思うよ? 何せ連中は闇ギルドだからね」
「闇ギルド!? でもアンタ、確か闇ギルドと組んでたんじゃ……」
「そう思っていたのはボクだけだったみたいでね、彼らの目的はブローナの排除だけではなかったんだ」
最初から利用されてたって訳か。しかも俺たちまで闇ギルドの連中に顔が知れ渡ってるし、まとめて始末しようとしてるに違いない。
「正にミイラ取りがミイラに――ってやつかな。キミたちがいなかったらボクも本物の仲間入りをしていただろうね。それについては本当に感謝しているよ」
「ミスターカルバーン。感謝いただけるのは結構ですが、この先は水路で通れませんよ?」
「水路? ――しまった、ここは迂回しなければならないんだった!」
この先は一本道で、水路を飛び越える必要があるそうだ。そうなると馬車を捨てていくしかない。
「マスター、追手が姿を現しました。後方に3名です」
追い詰めたと思ったのか、闇ギルドの連中が姿を現したようだ。
「たった3名ですの? それなら馬車を降りて迎え撃てば――」
「待てよブローナ。それだと衛兵が駆けつけた時に面倒だ。お前の素性とか調べられたらたまったもんじゃない」
「じゃあどうするんですの?」
「フッ、こうするのさ!」
道が無けりゃ作りゃいい――ってな。俺が石煉瓦の架け橋を造るとその上を通過させた。
「な!? 壁だけでなく道までも! いったい奴らは何者なんだ!」
「フフン、上等じゃないか。そうでなくては面白くない」
「感心するのは構わんが、絶対に逃すなよ? 特にカルバーンの始末は絶対だ」
追手も諦めてはいないようで、奴らを振り切るためにタイミングを見計らい、橋を渡り始めたところで……
シュン!
「んな!? 橋が!」
「消えただと!?」
ドボドボドボ~~~ン!
使い終わったら後片付けは必須だもんな。そんな訳で連中は水路へとダイブしていった。あれくらいじゃ死なないだろうが、時間を稼げれば充分だろう。
「ふぅ、助かったよマサル殿。キミがいなければボクは二度死んでいただろうね」
「いや、普通二度は死ねないからな?」
「これは失念。しかしこうなるとボクの邸も心配だ。我が父カルズール公の警備は厳重とはいえ、相手は闇ギルド。既に張り込まれている可能性も……」
それはあり得るな。つまり邸に着いても気を抜けないってこった。
「マスター、どうやらお出迎えのようです」
「出迎えだぁ? カルバーンの邸はまだなんだろ?」
「ですから闇ギルドの方です」
「ああ、そっちのお出迎えね……」
馬車から身を乗り出して前方を見ると、道を封鎖するような形で横一列に並んだ黒ずくめの連中が。しかも後ろからも新手が出現してやがるな。郊外で人通りが少ない事もあってか遠慮ってもんを感じない。
「ったく、手厚い歓迎じゃねぇか。嬉しくてタメ息が出そうだ」
「タメ息をついたところで見逃してはくれないでしょうね。戦うのなら半分は受け持ちますよ?」
「わたくしだってジャニオ様のために戦いますわ!」
「まぁ二人とも落ち着けって。何もバカ正直に相手する必要はどこにもないぜ?」
「「「え?」」」
俺以外の全員が首を傾げる。まぁアレだ。せっかくダンマスになったんだから、ダンマスらしい戦いを見せてやろうじゃないの――ってな。
★★★★★
「若、追跡部隊から伝達。西側の水路を渡った直後にターゲットを見失い、追跡は困難との事」
「ご苦労。あとは任せろと伝えておけ」
「了解」
伝令からの報告を受け、腰に提げていたダガーを念入りに拭き上げる。俺の大事な商売道具だからな。いざ戦闘って時に切れ味が鈍ってちゃいけねぇ。
「若の言った通り、張り込んで正解ですね。まさか本当に出番が来るとは」
「だから言ったろ? この俺――クペスの勘はよく当たるんだよ」
ブローナが失脚した後、メインターゲットがカルズール公爵に移ったと聞いて、何となくピンときたのさ。選抜隊が思わぬ苦戦を強いられそうだってな。
それで息子のカルバーンを始末する事になったと聞き、独断で動いてみりゃ見事ビンゴって感じさ。
こんなのが昔っから続くもんでよ、今じゃ若って渾名以外に先見のクペス――なぁんて言われる事もあるくらいだ。
「だが瞬足の追跡部隊が見失ったのも事実。今回の相手はただならぬ感じがするぜ」
「ですが若にかかりゃ造作もない事でしょう。無駄に生き延びてる輩が可哀想でなりませんや」
「フッ、まぁな」
俺が自信に満ちた顔をするのも訳がある。実はちょいと特殊なスキルが俺にはあってな、魔力を薄く広範囲に広げる事で他人が放った魔力を感知する事ができるんだ。
これにより遠くから放たれた攻撃にだって対処は可能。弓矢やナイフだって避けられるぜ?
あ~ちなみに弓やナイフに魔力は無いだろって思う奴も多いだろうが、まったくそんな事はないんだなこれが。
実は地上にある大半の物質には微弱ながらも魔力が籠っていてよ、それを感知できるがゆえに俺は優位に立てるって訳さ。
「……来たか」
俺の一言により場の空気が一気に変わる。具体的には殺気が五割増しになった感じだ。
「馬が2頭に人が5人――ってとこか」
鞍からは馬、衣類からは人って感じに俺たちの方へと近付いてくる。内何人かは座ったまま。馬車に乗ってるのが丸分かりだ。
「あと1分もしないうちに来るだろう。お前ら、盛大に歓迎してやれ」
「「「了解」」」
カルズールの邸に向かうのは分かりきってたからな。そのルート上で待ち構えるのは当然の戦略だろ。
「見えやしたぜ、若」
「よっし、奴らに知らしめてやろうぜ。王都を裏で支配する俺たち――ジ・ケンプトの恐ろしさをな」
「「「…………」」」コクリ
視界に捉えた馬車から目を離さないようにし、部下全員が無言で頷く。通路を封鎖した俺たちは既に臨戦態勢。そこへ突っ込んで来た馬車に向け、魔力の籠った弓矢――魔力矢を一斉に放つ。
これは普通の弓矢とは違い、マジックアイテムに宿る効果を打ち消す力がある。どんな障壁だろうと布っ切れみたいに貫通するのさ。
「もういいだろう。投擲停止」
ズタボロの馬車が出来上がったところで射撃を止め、注意深く近付いていく。凡人なら最初の数秒であの世行きだし、強者でも重傷は免れねぇ。
だが死体を確認するまでが任務だからな。悪あがきをされる事も想定しつつも得物を構え、馬車を左右から挟み込んで一斉に突入!
「さぁ、おとなしくしてもらおうか。でなけりゃ苦しんで死ぬ事にな――」
ムワッ!
「ぐぉっ! な、なんだこの強烈な悪臭は! それにターゲットが居ないだと!?」
「若っ、奴らの姿がどこにもありやせん!」
「んな事ぁ見りゃ分かんだよ! だったらいったいどこに――――ウッ……ゴホッゴホッ!」
クソッタレが。妙な悪臭で上手く呼吸がてきねぇ。只でさえターゲットを見失ってイラついてるってのによ!
だが事態は予想以上に深刻で、部下の1人が急に取り乱した。
「た、大変です若! この臭いはポイズンミントを焼いた臭いです――ゲホッゲホッ!」
「んだとぉ!?」
ポイズンミントはEランクの植物モンスターで、死ぬ間際になるとこのように毒を含んだ悪臭を放つ習性がある。まさか連中、それを知ってて俺たちを嵌めやがったのか!
「こりゃマズイぞ、一旦離れろ!」
「「「了解!」」」
クッソが。下手すりゃ喉がやられるところだったぞ。この借りは必ず返させてもらうぜ!
キャラクター紹介
カルズール:
アノーストン家の当主にしてラーツガルフ魔王国の公爵。ダメよ仮面――もといカルバーンの父親でもある。
ブローナによる謀反が起こった際には抵抗勢力として立ち上がったのだが、シルビアが国外に追いやられたのを知り何処かに身を隠していた。
本編では省略されているが、シルビアが権力を取り戻した後は国内の混乱を収めるべく動いているらしい。