ブローナの正体
ダメよ仮面とかいう謎の貴族による助言に従い、王都の中に繋がっている抜け道を使い無事に入り込む事に成功した。抜け道から出た場所はスラムの端っこにある廃屋で、とりあえず日が完全に沈むまで待つつもりでいる。
手引きをしてくれたのは闇ギルドの連中で、中まで送ってくれた途端に速やかに立ち去ったんだ。なんつ~か手慣れたプロの仕事とでも言えばいいか? あんな感じだ。
「これもカルバーン殿のお陰です。混乱が収まった暁には功労者として称えなければ」
「いやいや。一応はダメよ仮面って名乗ってたんだし、知らないフリをしてあげたら?」
「それはムリですよマサル様。なぜなら彼は公爵家であるアノーストン家のご子息なのですから」
「公爵家の?」
「はい。アノーストン家の紋章が胸元に刻まれてましたので、まず間違いないかと」
おいおい、仮面もしてなきゃ家紋まで隠してなかったのかよ。俺の中で魔族の強そうなイメージが急降下していく……。
「しかし意外でしたなぁ。まさか闇ギルドが協力してくれるとは」
「それだけブローナの政策が苛烈なのでょう。わたくしとて闇ギルドの存在を容認してるわけではありませんが、全ての犯罪者を人体実験の糧にするという彼女の政策は多くの者たちから反発を招くのは当然というものです」
それな。しかも刑の軽重は無関係らしく、一度捕まれば常に人体実験という恐怖にさらされるんだとか。そりゃ闇ギルドからしても構成員の欠員は避けたいだろうし、シルビアが政権取った方がマシだと考えるだろうな。
ガタッ……
「シルビア様」
「分かっています」
気配を感じとったゲイザーのオッサンが剣に手を掛けると、シルビアを始め兵士たちも息を潜める。俺とジャニオもオッサンの隣に並び、崩れかけた壁の隙間から外の様子を窺うと……
「安心してください皆様。ボクはダメよ仮面の仲間です。彼に言われて皆様を保護しにやって来ました」
敵意が無いのを両手を上げてアピールし、廃屋の中へと顔を覗かせてきた。その顔は正しくダメよ仮面その人であり、俺を含む全員が安堵の表情を浮かべる。
「なんだよ、結局来るなら別れる必要なかったやん」
「キミ、誰かと勘違いしてるようだが、ボクの名はカルバーンだよ。ダメよ仮面とは別人だから間違えないようにしてくれたまえ」
ダメよ仮面とは一言も言ってないんだよなぁ。
「それよりシルビア様、ここ最近のブローナは晩餐の際には必ず人払いを行っているようです。時刻にしてもう間も無く。踏み込むなら今でしょう。もちろんボクも協力しますとも」
「それは心強いです、カルバーン殿」
好都合とばかりにカルバーンの手引きの下、城内への侵入を果たす俺たち。少数だったのが幸いし、変装したシルビアや客人に扮した俺たち三人(俺とロージアとジャニオな)は不審がられることはなかった。兵士たちも護衛だと説明すれば「ハイそうですか」な感じに意外と淡白な反応だったな。
しかしロージアの反応は微妙らしく、歩きながらも念話を飛ばしてきた。
『気をつけてくださいマサルさん、もしかしたら罠の可能性もあります』
『ああ、ダメよ仮面ってすんげ~胡散臭いもんな』
『それもありますが、私が気にしてるのはブローナの方です』
『ブローナ? まだ見ぬ相手を気にするとか、ロージアって意外とロマンチストだなぁ』
『茶化さないでください。これまでの動きを省みると、とても無用心としか思えないのです。よ~く考えてみてください。海賊を差し向けたり来るかも分からない海上で警戒してたり陸地でも待ち構えてたりと、シルビアの排除に対しては形振り構わない構図が浮かんできます。なのに城内のこの有り様。おかしいとは思いませんか?』
言われてみりゃそうだ。あんだけ警戒してるのにこのザル警備? 確かに不自然だな。
『こりゃカルバーンもグルかもな』
『断定はできませんけど、くれぐれも後ろから斬られないよう細心の注意を』
『分かったぜ』
俺は警戒心を高めてさりげなくカルバーンの斜め後ろへと移動し、シルビアとの間に立つ。すぐには仕掛けては来ないだろうが、即座に罠を発動できるようにはしておこう。
「着きました。ブローナはこの奥です」
立ち止まった扉の前でカルバーンが静かに告げてくる。徐に扉を開けようとしたが俺の怪訝な顔が視界に入ったためか、肩を竦めて説明してきた。
「ボクを疑いたくなる気持ちは分かる。だがこの情報は確かなものだ。そもそもボクが――じゃなかった、ダメよ仮面がキミたちに接触したのもとある人物からもたらされた情報有ってのものなんだ」
「とある人物?」
「詳しくは知らない。だがもたらされる情報は全て正確なものばかり。ならば素性は知らずとも利用するにはもってこいさ」
「いや、それって――」
それは逆に利用されてるのでは――と言う前に、カルバーンは扉を開けてしまう。
すると直後!
シャッ!
「マスター!」
キィィィン!
飛んで来た弓矢に俺とカルバーンは反応できなかったが、ジャニオが叩き落として事なきを得た。
「大丈夫ですかマスター?」
「あ、ああ。お陰で助かった」
ブローナのクソがと思いながらも部屋の中へと視線を移した。するとどうだ。ブローナ1人のはずが、ずらりと並んだ護衛の奥で優雅に飯食ってやがるじゃねぇか。おまけに肩には悪趣味なピエロの人形を乗っけてな。
やっぱり罠かとカルバーンを睨むが、意外にもカルバーン本人が一番動揺していた。
「そ、そんなバカな! 確かにこの時間は人払いしているはず……」
「ああ、その情報? そんなの、ボクが流した偽情報に決まってるじゃないか。アンタが見た人物はこんな感じのやつだろう?」
ドロン!
次の瞬間、肩に乗っていたピエロの人形がローブを着た怪しげな爺さんに変身し、それを見たカルバーンは自分が騙されていた事を痛感して片膝をつく。
「クソッ! まんまと罠に嵌まったというのか……」
「ボクとしてもこんな簡単に引っ掛かるとは思わなかったけどね~、クククククク!」
タネを明かしたところで爺さんは再びピエロの姿へと戻った。俺たちを手玉に取っていた優越感からかブローナはフォークを持つ手を止め、口元を丁寧にハンカチで拭い去ると嫌味な含み笑いを見せる。
しかし直後、ブローナは意外な言葉を口にした。
「けれど随分と手間取らせてくれたねぇ? ボクの筋書きじゃ、海に逃げたシルビアが海賊に襲われて生涯を終えるまでがシナリオだったのにさ、何故かいまだに生きているじゃないか。差し向けた船団も警戒に当たらせた騎士団をも退けてるみたいだし、だったらいっそ直接手を下した方が早いと思ったのさ。特に――」
「――シルビアの近くをウロチョロしている目障りなお前たちをな!」
「「「!?」」」
語気を強めたブローナの全身からドス黒いオーラが立ち上がる。更には両目が真っ赤にギラつき、おまけに肩に乗せているピエロの人形がケタケタと笑い声を上げた。
「なぁシルビア、アレがブローナで間違いないんだよな?」
「そ、そのはずですが、私が知ってるブローナとはまるで別人です」
「しかし外見は間違いなくブローナですぞ。雰囲気に騙されてはなりませぬ!」
「で、ですが、ブローナは自分の事をボクとは言いませんし、何よりこのような禍々しい見た目でもありません」
ゲイザーのオッサンは気にしてないが、シルビアは動揺している。口調が違うって事は偽者なのか?
「よく分かんねぇけど取っ捕まえればいいんじゃね? ここで考えたって始まらねぇし、今こそ俺の力を見せてやるぜ!」
「へぇ、ボクを捕まえるって? こっちの護衛とそっちの人数は同じくらいだよ?」
「へっ、こうすんのさ!」
シャシャシャシャシャ!
「ぎゃっ!?」
「ぐふっ!」
「ひでぶぅ!」
会話で時間を稼ぎつつ罠を仕込んで即発動。突如として天井から降り注ぐ弓矢を前に殆どの兵士を戦闘不能に。
「これで形勢逆転だな。おとなしく降参した方が身のためだぜ?」
「…………」
コイツには剣術や魔法の才は無い。精々自棄を起こして暴れるくらいだろう。
だが俯いたブローナはニヤリと口元を歪ませ、クツクツと笑い出した。
「クックククク……」
「何がおかしいんだ? 気でも狂ったか?」
「いや、まさかここまでの手慣れだとは思わなかったんだよ。精々ベテランの冒険者程度だろうと思ってたんだけどね、まぁ見事なトラップだったよ」
この反応はさすがにおかしい。それともこの状況を覆す秘策でもあるってのか?
「それじゃあ今度はボクが相手だよ。もちろん受けてくれるよね?」
「ああ。お前の挑戦、受けてやるぜ!」
最後はカッコよく決めようとブローナに向かって突っ込んでいく。もちろん罠の設置も忘れない。すぐに離脱できるように――
ピキーーーン!
「な、なんだ? 急に足が動かなくなったぞ!?」
いや、正確には進めなくなっているようで、まるで見えない壁に阻まれてるかのようだ。
この現象は他も同じようで、シルビアたちも動揺を隠せない。
「そんな! か、身体の自由がきかないなんて……」
「おのれブローナ、ついに怪しげな魔法にまで手を出したか!」
「クククククク。さぁどうする? おとなしく降参する? と言ってもここまで来られたからには生かしておくつもりはないけどねぇ」
マズった。よく分かんねぇが特殊な罠を発動させてるらしい。何とかしようと対処法を考えていると、思いがけない台詞がロージアの口から飛び出す。
「マサルさん、皆さんも聞いてください。これはタクティクスフィールドです。ダンジョンバトルの一種で、ターン制によってバトルを進める事しかできず、相手を全滅させるか大将を撃破するまで移動が制限されるのです!」
「何だって!?」
ダンジョンバトルが始まってるから身体の自由が利かないのか! いや、待てよ? ダンジョンバトルって事は……
「コイツはダンジョンマスターなのか!?」
「そうです。そして膨大な魔力があの人形から溢れている事から、あのピエロの人形が本体。さしずめブローナは、体のいい操り人形といったところでしょう」
ロージアが全てを看破した。皆の視線がブローナと人形に集まる中、ピエロの人形が肩からテーブルへと飛び降りた。
「フン。まさか見破るやつがいるなんてね。まぁその通りボクが本体でありダンジョンマスターだよ。そいつがボクの挑戦を受けるって言った瞬間からタクティクスバトルの始まりさ」
チッ、不用意に喋るんじゃなかった!
「すまないシルビア。俺が先走ったばっかりに……」
「いいえ。ここまで来れたのはマサル様のお陰。むしろ感謝しております。それにマサル様ならテキトーにやってても勝ってしまいそうですし、心配はしておりません」
それは……喜んでいいのだろうか?
「……コホン。分かったよシルビア。ここは俺に任せてくれ!」
「はい。わたくしたちもマサル様の指示で動きますので、どうか勝利に導いてくださいませ」
「期待しておりますぞ、マサル殿!」
ダンジョンバトル二戦目にして命懸けのガチバトルか。全力を出さないわけにはいかないな!
キャラクター紹介
ブローナ
:シルビアの妹であり、横から玉座を掠め取った存在でもある。外見はシルビアと似ており髪も同じ金髪だが、赤いリボンを付けている。
剣や魔法の才は無かったのだが、ダンジョンマスターのキャシュマーから魔力を分け与えられてから魔法に目覚めた。
プライドは姉のシルビアよりも遥かに高く、一時的とは言えキャシュマーに操られていた事は屈辱だったらしい。