そして世界はめぐる
「出口はどこだよクソッタレェェェ!」
負傷したロージアと共にジェットキックボードで脱出――とは行かず、見つからない出口を探しつつ迫る天井から逃げ回っていた。まだ1分も経っていないが体感では相当探し回った気がしている。
そこで最悪の事態が脳裏を過り、思わず叫んでしまった。そう、塔の消滅と共に出口も消え去ったのではという疑惑だ。
「すまんロージア。もしもの時は……」
「…………」ギュ!
何が言いたいのか伝わったのだろう。ロージアが俺を掴む力がより一層強くなる。そうだよ、不安にさせる暇があるなら諦めずに探せって話だ。
「すまねぇ、今のは忘れてくれ。必ず脱出してみせる」
パチン!
景気付けに自分の頬を力いっぱい叩いた。ああ、痛ぇよ、力み過ぎだ。けど完全に目が覚めたぜ。
「おっし、仕切り直しだ。しっかり掴まってろ!」
「はい!」
再び天井を気にしつつの出口捜索に戻った。塔は既に居ないんだ、必ずどこかに抜け道があるはず。
「それにしても私たち以外に誰も居ませんね。他の方たちは無事でしょうか」
「念話も通じねぇしな。けど大丈夫だろ、下にはアイリも居たんだ、上手く脱出してるさ」
――と思いたいけどなぁ。アイリがダメなら俺たちじゃもっとダメな気がするし。
「ともかく探そう。絶対どこかに有るはずだ」
しっかしウザい天井だ、これがなきゃ余裕を持って探せるってのに。ったく、つくづく余計なことをしてくれる。くたばれとは言ったが、せめて妨害はしてくるなと。
「はっ!? これは!」
「どうしたロージア、出口を見つけたか!?」
「いえ、そうではなく、魔力回路が戻りつつあるようです。簡単な魔法なら使えるかもしれません」
「ホントか!?」
それならばと、トラップを設置できないか試してみた。するとどうだ、大掛かりなのは無理でも簡易トラップなら設置可能と出た。
「これは……いけるかもしれねぇ!」
「マサルには何か作戦が?」
「作戦なんて大層なもんじゃねぇけどな。どうにも気になってんだよ、天井裏がな」
ウザったい天井を見て思ったんだよ、これも塔の一部なんじゃないかってな。俺は奴がくたばる前、【俺の前から二度と消えるな】と言った。
ならその効力が残ってるとしたら? 天井を塔本体に置き換え、尚且つ出口を隠し持ってるとすれば、永遠と迫る天井裏が怪しいってなるわけさ。
「ではどうするのです? 威力の弱い基礎魔法では天井は破壊できませんよ?」
「分かってら。だからこそのトラップだ。なぁに、ロージアはひたすら氷の塊を召喚してくれりゃいい」
ロージアは疑問に思いながらも大量の氷を召喚していく。その横でひたすらキックボードの先端に氷を付与していった。
何をしてるのかって? そいつぁ見てのお楽しみだ。
「よし、こんなもんでいいだろ。ロージアは衝撃に備えててくれ」
「え? いったい何を……」
「そんじゃあ行くぜぇ、ターーーボ!」
「ちょ、マサル!?」
グゥン――――ガツゥゥゥゥゥゥン!
トラップで急加速したキックボードで天井に直撃してやった。普通ならそのままジ・エンドだけどな、強固に凍ったキックボードが天井を貫いてくれたってわけさ。
ッドォォォォォォォォォォォォ!
「っしゃあ、抜けたぁぁぁ!」
「やりましたねマサル! ほら、すぐそこに出口が!」
これぞ天啓――ってな。思った通り、天井裏には光り輝く出口があった。
『させないよ』
どこからか響く塔の声と共に出口が遠ざかっていく。なんて往生際の悪いやつだ、死んでもなお亡霊となって邪魔してきやがった!
『逃しはしない。永久にさ迷え!』
「ざけんなクソが! おとなしく退場しやがれってんだ! ――加速しろ!」
自棄糞ぎみにトラップで加速するも、出口に追い付ける様子はない。せめて全力を出せれば……。
しかし、ここにきて聞き覚えのある声が俺たちを導く。
『本当に世話が焼けますね』
フィキィィィィィィン!
「と、時が……止まった?」
『何をボヤッとしているのです? 早く出口を潜りなさい。下界に干渉できる時間には限りがあるのですから』
「その声はラフィーネか!」
声の主はラフィーネ。大役職の節制だ。なぜ助けてくれるのかは分からない。
だが今は割り切る。重要なのは俺たちが助かることだ。
「いっけぇぇぇぇぇぇ!」
止まっていた出口からの脱出は容易だった。ああ、無事に脱出完了だ。しかし脱出する直前、塔による恨めしそうな声が響き渡る。
『この世に欲望がある限り、あたしは何度でも復活する。欲望が尽きることはない。何故なら人々が生きて行くには欲望が必要だから。フン、せいぜい今のうちに平和を噛み締めとくといいよ。君たちが死んだ後、ゆっくりと復活してあげるからね』
俺たちが死んだ後か。ヘッ、俺たちに勝つ自信がないと見える。けどどうだろうな、俺たちが居なくなった頃には別の大役職が誕生してるんじゃね? 代わりはソイツらがやってくれるだろう。
★★★★★
「ここに居たのですねマサル」
「ロージアか。ついあの時の事を思い出しちまってな。この場所にくると脳裏に浮かんでくるんだよ」
何せこの塔は地上から100メートルも延びてるからな。人がゴミのようだとは言わんけども、普通に眺めはいい。
「あの時――とは、塔に挑んだ時ですか? それとも脱出した時ですか?」
「後者だよ。つ~かどっちも同じ場所で、しかも同じ時間帯の話じゃないか」
「フフ、そうですね。でも後者を思い出していた理由は脱出した後が大変だったからでは?」
「まぁ……な」
ホンットあん時は焦ったぜ。苦労して最上階から脱出してからが大変だったんだ。何故かって、欲望の塊が崩れつつある塔を補強し始めたんだからな。
念話を飛ばせばアイリたちは脱出した後だって言うじゃねぇか。ここまできて最速スピードでの塔復活はねぇだろと思ったがロージアの怪我も放っては置けねぇし、やむ無くそのまま脱出したんだよ。
まぁ結果的には塔が立っただけで塔の復活はなかった。が、別の問題が浮上したんだ。
~~~~~
「マサル、無事だったんだな!」
「あまりにも遅いから心配したよ~!」
「ったく、無事ならさっさと帰ってきやがれ!」
カルロス、シュワユーズ、クーガの3人により手荒な歓迎を受ける。そんな光景を見てリュウイチや他の仲間たちは苦笑いを浮べ、俺はというと、揉みくちゃにされながらも反論した。
「不可抗力だ。底意地の悪い塔に妨害されたんだからな。そもそも念話もできなかったんだぞ? それでもちゃんと戻ってきただろ」
ホントのギリギリってとこでラフィーネが手を貸してくれたのもあるけどな。
そこへヒサシから俺たちの居ない場所での出来事が告げられる。
「そうだけどさぁ、もしかしたらってのもあるし、探しに戻ろうかって話も出たんだぜ? ザ・スターの面子がエライ取り乱してたからさ。特にクリスティーナとユキノは「マサルたちが戻るまで扉は維持する!」って聞かないし」
そうだな。ザ・スターの4人が踏み留まってくれたのもあるよな。そこは素直に感謝してる。
「そうよ、もっと感謝しなさい。でも私は満腹したから戻らずに脱出したけどね」
よし分かった。ファントムメリー、お前はもう帰れ。
「……で、どうしてラフィーネがここに居るわけ? ま~た何か企んでるんじゃないでしょうね?」
「あ~待て待てアイリ、今回は普通に助けてもらったんだ。企んでたなら助けたりはしないって」
このラフィーネ、過去にアイリといざこざがあったらしく、アイリの目は射るように鋭い。
「……ホントに?」
「ええ、特には何も」
「…………」
「その顔は信じていませんね? 確かに、いつぞや貴女を始末しようとしたのは事実ですが、それ以降は不干渉を維持しています。理解いただけると助かるのですが」
いやいや女神さんよ、始末ってことは殺そうとしたってことやんな? まさかの俺だけじゃありませんでしたってか? 物騒な女神だよったく。んな事をされちゃ信用されないのも仕方がなく、アイリの追及は止まない。
「不干渉ねぇ。じゃあ土壇場で関わってきたのはなぜ?」
「そもそも深く関わるつもりはありませんでした。私はただ……」
「「ただ?」」
「永らく姿を消していた塔の最後を見届けようと思ったのです。知っての通り塔とは欲望を集める存在。それがなくなった今、世界にどのような影響が出るのか。神の身としては気掛かりなのです」
俺にペナルティを下したのも世界を考えての事らしいからな。その思考は分からんでもない。腐っても神ってやつか。
しかし、そんな事情を知らないであろうガルドーラの騎士団は、声を張り上げて責めてくる。
「貴様らぁ、よくもこのような不審なオブジェを建ててくれたな? 神聖なるガルドーラの地にこのような禍々しいものを許可なく建てるとは良い度胸だ。責任者は誰だぁ!?」
ご覧の通り、魔導国家ガルドーラの騎士団が大変お怒りです。さて、この難局をどう乗り切ろうかと考え周りを見渡すと、自然とヒサシに目が止まった。
「あ、俺たちそろそろ帰んなきゃ。リーザを助けてくれてサンキューな。んじゃ!」
ヒサシたちはスタコラサッサと立ち去っていく。次にアイリに目が止まると……
「うん、全員の無事を確認したわ。じゃあね!」
大所帯にも関わらず、瞬時に転移していった。なんつ~行動力だろう。こうなったら頼みの綱だ。
「ロージア――」
「で、ではマサル、私は怪我をしているので先に帰還しますね」
「なら俺が送っていこう。さぁ乗った乗った」
ロージアと仲間たちはグロウスが呼び出したウインドドラゴンに乗って、そのまま上昇していった。
あ、あれ~? これって完全に俺に押し付ける流れなんじゃ……。
いや待て、最後の切り札は女神だ。女神様ならきっと!
「あ~、ラフィーネさん?」
「民事……不介入です」
わ~ぉ、刑事事件として訴えられる事をやらかしといて逃亡しちゃったよ。元から崇拝してねぇけど、もう二度と崇めてやらねぇからな!
「……で、誰が責任者なんだ?」
「「「…………」」」
残されたエーテルリッツの構成員たちが俺に視線を向けやがった。それに気付いた騎士団の代表は……
「お前か、この若造め! さっきも言ったがここは神聖なるガルドーラの領地。このような不審な塔は即刻撤去してもらおう!」
「いや待ってくれよ、そもそも俺が建てたんじゃなくて元から――」
「やかましい! このような塔など元から無い! まったく、これだから最近の若いもんは……。そもそも私の若い頃は――」
あかん、これ長くなるやつや……。
~~~~~
「――ってな具合にな、結局あのあと小一時間は説教されたからな」
「それは災難でしたね」
「いや、ロージアも先に帰ったよな? 俺1人で塔を解体して、できた欠片を構成員たちにここまで運ばせたんだぞ?」
「はい、ありがとう御座います。その間に療養できましたので、お陰さまですっかり右手も生えてきました」
「…………」
アイリから貰ったエリクサーを飲んだだけなのは知ってるからな? そりゃ手も生えるわ。
ちなみにだが、ガルドーラを追い出された俺はやむ無くラーツガルフ魔王国を頼った。つまりシルビアにお願いして建設する場所を提供してもらったんだ。二つ返事で了承を得ると、さっそく指定された場所に塔を建設したのさ。
ん? そのまま棄てちまえば良かったって? バカこくでねぇよ、そんなんやったらどんな影響が出るか分かったもんじゃねぇ。だから塔を建設して俺とロージアとで監視しようって話にまとまったんだ。俺のダンジョンと融合すれば管理するのは容易だからな。
そうしたら構成員共め、ここを本拠地にして布教活動を始めやがった。今じゃ俺とロージアは教祖とその妻だよ。
「さて、そろそろ中に戻るか。身重の身体は大事にしなきゃダメだぞ?」
「フフ、ありがとう御座います」
そうそう、後出しになっちまったが、ロージアのお腹の中には新たな生命が宿っている。周りからは教祖は面倒だとか散々言って置きながらやることはしっかりやっていると好評だ。特に教祖としての仕事は何もしとらんけど不思議だな。
え? 意味を勘違いしてるって? そうなのか、俺にはよく分からんが。
まぁそんな事情もあってだ。今は冒険者を引退して塔に引き込もってる状態だな。でも決して暇じゃないぞ? 何故なら……
ドタドタドタドタ――――バタァァァン!
「お~いマサル、聞いてくれ。オイラついにユキノと――」
「――デートの約束を取り付けたぞ~~~ぅ!」
そう叫びながら最上階の扉を開け放ったのはご存知カルロス。コイツは俺が引退した後もダンジョンで修行を続けているんだ。ま、聞いての通り下心が有ったようだけどな。
「おお、やったじゃないかカルロス。今夜は焼肉だな」
「もちろんだ! たらふく食って、デートに備えるんだぞ~ぅ!」
しかしカルロスの奴、まさかユキノに手を出そうとしてるとは。こりゃリュウイチも気が気じゃないだろうな。
タタタタタタタタ――
「た、大変だマサルくん! ボクの大事なユキノがカルロスの毒牙に掛かろうとして――」
「あーーーっ! お前はリュウイチ! だいたい毒牙とはなんだ毒牙とは、オイラの身体は毒を含んじゃいないぞ!?」
「き、貴様はカルロス! ユキノを護るため、貴様の毒牙をへし折ってくれる!」
「望むところだぞ!」
なんとなく察するだろうが、行き場のないリュウイチも俺のダンジョンに住み着いた。――というよりユキノが心配だからって理由がメインな気がする。
リュウイチはいつまで経ってもユキノ離れできなそうだなぁ。カルロスはカルロスで喧嘩っ早いから、コイツらはいつもこれだよ。
「お前ら、喧嘩なら他でやれよ」
「止めてくれるなマサルくん! これはボクたち2人の問題だ!」
「そうだぞマサル! 男の戦いに手出しは無用なんだぞ!」
「いや、だから別の場所でやれって。早くしないと手遅れに――」
ダダダダダダダダ――
「戦いの気配がするぞ! あたいも混ぜやがれってんだ!」
「なっ!? やめたまえクーガ、これは男同士の戦いで――」
「そ、そうだぞ、邪魔するななんだぞ!」
「るせぇ、男なら拳で語れ!」
「「あだだだだだだだ!?」」
ほ~ら言わんこっちゃない。三度の飯より戦いが好きな奴ならこうなるのは自然だろ。
ササササササササ――
「やっぱり居たぁ! マサルくんたちが早く来ないから信者のみなさん困ってたよ~? 「恋愛様がいらっしゃるまで食事に手をつけるわけには!」って、血走った目で言ってるんだから~」
「ああ、すまんなシュワユーズ。今から行くところなんだが、コイツらを止めてくれん? ほいっと」
「なんであたしが――って、あだだだだだだだ!」
あ~、シュワユーズでも止められないかぁ。彼女には悪いことをしたな(←心にもない事を言わないように)。
シュン!
「マサルくん、食事の時間に姿を見せていないようだが――って、これは!」
今度はシゲルとクリスティーナが来たか。
「ほえ~、エライ盛り上がっとるやん。何の集まりなん?」
「カルロスとリュウイチによるユキノは誰のもの選手権だ」
「お? めっちゃおもろそうやん! シゲルも参加しとき、――せいや!」ドン!
「おわっととと――あだだだだだだだ!?」
うんうん、仲良く盛り上ること火の如し。これぞ平和の象徴と言えるだろう(←意味不明)。
「さぁて、飯でも食いに行くか」
「いいんですか? 放っておいて」
「別にいんじゃね? 平和な証拠だろ」
「プッ――フフフフ、そうかもしれませんね」
「ああ、そうとも」
俺のロージアが存命している限りは――いや、いつかは子供が意思を継ぐだろう。それまでは冒険者のイロハを教えなきゃだ。俺が冒険出来なかった分もな。
END
これにて完結。ありがとう御座いました。他の後日談はありませんが、キャラクター紹介は増えるかもしれません。