タワーとの対面
最上階への入口を前に、大役職の1人――皇帝と遭遇。ミネルバ亡き後エーテルリッツの中枢で暗躍し、世界征服を企んでいたらしい。
「フフ、この世界は素晴らしい。幻想だと諦めていたものが、まるでVRのように実現できるのですから。あなた方もご存知でしょう? アレクシス王国で起こった動乱を。私が一声命じただけで、理由も分からず争いを起こす。私のスキル――余が成すべきことからは何人たりとも逃れられない」
そうか、ミネルバが暴走したんじゃなく、コイツが元凶だったのか。
「だがテメェの企ては失敗したぜ? 俺とロージアが居る限り、絶対に成功させない」
「そう、貴様らのせいでアレクシス王国では失敗に終わった。貴様らさえ居なければ……」
悔しげに俺たちを睨む皇帝。すると間もなく無表情へと変わり、次第に顔を歪ませいく。そして正気を無くしたかのように狂った笑い声をあげ始めた。
「クク……クククク……クハハハハハハハ! そうだ、私ともあろう者が肝心なことを忘れていたよ。道のりは険しく、そして障害がつきものだとね。そう、ここで貴様らをねじ伏せることで、皇帝としての箔がつくというものさ」
「ヘッ、そう上手くかよ。テメェとは別に隠者は自分の願いのために塔を攻略するだろうぜ? こうしてる今も……」
「その通り。但し、彼女が以前の思考を維持していれば――の話だがね」
「……何?」
まるで以前とは違うと言いたげだな? いや、まさかコイツ……
「隠者に何か施したんだな?」
「フフ、ご名答です。彼女を放置していては、いずれ寝首を掻かれてしまいますからねぇ。精神回路を少しばかり変えておいたのですよ。私の言いなりになるように――ね」
「じ、じゃあ今までの行動は全部……」
「おっと、勘違いしないでいただきたい。あの他人を小馬鹿にするような言動は彼女本来のものです。唯一違うのは、私の命令には無意識に従ってしまうという点なのですから。このようにね」パチン!
皇帝が指を鳴らすと、最上階の入口から隠者が戻ってきた。
「も~ぅ、せっかく良いところだったのにぃ。邪魔するなんて野暮ねぇ」
「すまんな隠者。さすがにこの数の大役職を私1人でというわけには――ね」
「そうねぇ……あ、それなら妹たちも呼んでくれるかしら?」
「もちろんだとも。ちょうどテストをしたいと思っていたところなのでね。妹たちと共に存分に腕を振るってくれたまえ。――さぁ出番だぞ、隠者α、隠者β」
「何っ!?」
隠者が分裂して3人になりやがった! 見た目は全く一緒で、三人とも同じように投げキッスで挑発してくる。
「どうです、素晴らしい出来でしょう? 有りとあらゆる技術を用いて有りとあらゆる知識を詰め込んだ究極の集合体です。残念ながら部材に限りがあったため2体しか造れませしたが。まぁそこは稀少価値が高いものして正当化させてもらいましょうか」
「「「でもこれで4対5ね。良い勝負になりそうじゃな~い?」」」
数だけはこっちに分があるか。けどコイツらのことだ、何か裏があってもおかしくはない。
それはアイリも同じだったようで、俺とロージアに念話を飛ばしてきた。
『ここは私たちが引き受けるから、アンタとロージアで最上階に進みなさい』
『いいのか?』
『ええ。相手の都合に合わせるほど、私は安い女じゃないもの。それに……』
シャキン!
「久し振りに本気を出したいと思ってたのよ」
「え……二刀流!?」
「某野球選手を見て思ったのよ。二刀流も悪くないってね。人造隠者の2人くらい、私1人で相手してやるわ!」
アイリが前に出るとシゲルが皇帝と、そしてリュウイチがオリジナル(←多分)の隠者と対峙した。
「ほほぅ、随分と自信過剰なことだ――が、いくら世界と言えど、隠者2人分の魔力に対抗できますかねぇ。それにお忘れではないかな? ここが塔の内部だということを」
「何が言いたいのよ?」
「天井を見れば分かりますよ」
「はぁ? 天井って――ウゲェ!? こんなところにも白いモヤが!」
思わずアイリが仰け反るほど、天井には欲望の塊とも言える人魂が無数に漂っていた。
「下の階では下っ端共に憑依するしかできませんでしたがね、ここでは我々に力を与えてくれるのですよ、このようにね」
スゥ……
白い人魂が皇帝や他の隠者たちへと入り込んでいく。その度に感じ取れる。奴らのステータスが上昇していると!
「諸君らが来る前にもかなりの数を吸収しましたがね、それでも無くなる様子はありません。さしずめ欲望は尽きない――と言ったところかな?」
「クッ!」ザッ!
これじゃあ先に進むのはマズイ、少しでも人魂を減らさなきゃ、アイリたちの負担が激増しちまう!
気付けば無意識に飛び上がっていた。が、薙ぎ払った剣が斬り裂こうとしたところで、目の前の人魂が四散する。
「おい、あたいらの存在を忘れちゃいねぇか?」
「クーガ!」
俺より先に斬り裂いたのはクーガだった。更に続けとばかりにカルロスとシュワユーズも人魂を蹴散らしにかかる。
「そうだぞ! サポートくらいならやってやるんだぞ!」
「あんな白いモヤなんて、あたしたちでやっつけちゃいますよ!」
「わりぃ、アイリたちだけじゃ手が回らなそうなんだ。ここは頼むぜ!」
「おぅよ、任せな!」
そうだよ、久し振り過ぎてすっかり忘れてた。この場にはクーガを始めとする仲間も居るじゃないか(←かなり失礼)。
「うん!」
「はい!」
ロージアと頷き合い、揃って最上階への扉へ走る。
「フフ、言っておくけれど、最上階へは1人しか入れないわよ?」
「その上最後の試練は超絶難易度だもの」
「無事に突破できるかしらね、フフフフ」
クッ、コイツら。だから隠者1人だけで入ってやがったのか。
「ロージア、ここは俺が――」
「いいえ、一緒に行きましょう。私たちは2人揃って恋愛なのですから」
「2人で?」
いや、試す価値はある。俺は差し出されたロージアの手を握り、最上階への扉へと勢いよく――
シュン!
★★★★★
シュン!
「――っと、上手く潜れたみたいだな」
「ええ。しかし……」
ロージアと2人で辺りを見渡す。そこは城に住んでいる王族のものかと思うほどの広さで、シャンデリアや絵画、宝剣といった豪華な装飾を施されており、部屋の奥にはシーツか何かで仕切られた大きめなベッドが置かれていた。
そう、とても不釣り合いな場所なんだ。それこそどこかの城に転移したのかと思うくらいにな。
「現在地の座標は正常。間違いなく塔の内部だと断言できます」
「そこは疑っちゃいないさ。多分俺たちを油断させてるつもりなんだよ。大役職のくせに小賢しい奴め。そうだろ塔!」
気配を感じさせない相手に怒声を浴びせた。この軽い挑発が功を奏したのか、ベッドの方からクスクスと女の子の笑い声が聴こえてきた。
「クク♪ お兄さんったら警戒心強いんだねぇ。ちょっと感心しちゃった」
「そこか!」
俺とロージアは油断なく慎重にベッドへと近付いていく。シーツの向こうには子供の影が見えたので、一定の距離で立ち止まると……
「姿を現しなさい――ウィンドスマッシュ!」
バズッ!
ロージアの魔法でシーツを吹き飛ばすと、中からはキョトン顔をしたパジャマ姿の美少女が現れた。
「ちょ、ちょっとお兄さんたち、どうしていきなり攻撃するの? あたしに敵意はないよ? ほら、武器だって持ってないし」
両手を上げて危害を加えないアピールをしてきたがこんな場所にいるような奴だ、油断できる相手じゃない。だいたいこんな場所に部屋を構えられること事態が普通じゃ有り得ないだろう。
「お前が塔だな?」
「たわ~? 何それ、あたし知らな~い。それにさぁ、勝手に他人んちの部屋に入っといてその態度はないんじゃな~い? 2人とも恋愛なら一般常識くらい学んだほうが良いと思うな~」
「「…………」」
さてと、あっさりと馬脚をあらわしたな。やはりコイツが塔に違いない。
「詰めが甘いな。塔を知らない奴が恋愛を知っている? フッ、有り得ないな。可能性があるとするならば知らないフリをしている、それだけだ」
「…………」
俺の指摘に黙り込む塔。認めるかと思いきや……
「ちぇっ、騙せると思ったのになぁ。お兄さん、意外と用心深いんだね。――クスクス♪ そう、あたしが塔だよ。じゃ~出会いの印に~」
ヒシッ!
「え?」
身構えた俺をスルーして、膝に抱きついてきやがった。
「あたしと遊んで~!」
「はぁ!?」
「ねね、いいでしょ~? そっちのお姉さんも一緒に遊ぼうよ~」
「……はい?」
予想外の行動に思わず面食らってしまった。俺たちゃ遊びに来たわけじゃない。隠者や皇帝の企みを阻止しに来たんだ。それが何だってこんな子供と遊ばなきゃならん!
「おいこら離れろ、お前と遊んでる暇はない!」
「え~~~!? 遊んでよ~ぅ!」
「ええぃやかましい! いいから離れ――」
フワッ……
「!?」
「こ、これは!」
ドタバタ動き回っていると窓際のカーテンがフワリと捲れ、外の景色が一瞬だけ目に写る。そこで俺とロージアはトンでもないものを見てしまった。
一方の塔はというと、俺たちがあるものを見たのことに気付き、つまらなさそうに離れていく。
「あ~あ、見ちゃったんだ。上手く隠してるつもりだったのにな~。でも良く出来てるでしょそれ? 特に直近の2人はなかなかの力作だと思うんだ~」
「アレが作品か。残念だが芸術点はマイナスに振り切れてるな」
「同感です。趣味と捉えても、悪趣味としか言わざるを得ません」
「む~ぅ、そんなことないもん。せっかくの力作なんだからちゃんと評価してよ、ほら!」
シャッ!
頬を膨らませた塔がカーテンを開け、窓の外をフルオープンにした。そして露になった光景を前に、俺とロージアは顔をしかめる。
「まさかコイツらがここに居るなんてな。いつの間に倒した?」
「ん~? お兄さんたちが来る前だけど? 最初に入って来たのが隠者で、次に来たのが皇帝だよ。2人とも幸せそうでしょ~?」
窓の外では日の光に照らされた例の2人が十字架で磔にされていた。どちらも白目を向き、幸せという言葉からは程遠いと言わざるを得ない。いや、それとは別に気になることがある。
「ここに2人が居るんなら、下に居たアイツらは何なんだ? 奴らが偽者には見えなかったが」
「ん~~~、偽者とは違うかな~。言うなれば欲望に取りつかれた化身? あたしって説明が苦手だから要領を得ないかもだけど、死んだ後に取り残された欲望が実体化しちゃったみたいな? だから下の2人も紛れもない本人だよ~。その証拠に欲望の塊を吸収してたでしょ~?」
確かにそうだ。
「つまりアイツらは死んだことに気付いていない浮遊霊みたいな存在か?」
「その認識で合ってると思うよ~。でもおっかしいよね~、死んだことに気付かず争い続けてるなんてさ。あんなのが大役職だなんて世も末かな~」
「そうかもな」
「あれ? 否定しないんだ? じゃあさ~、あたしの力で世界滅ぼしちゃう~? もう知ってるかもだけど、最終試練を突破したら1つだけ願いを叶えられるんだ~。どう、面白そうじゃな~ぃ?」
「「…………」」
あどけない顔して言う台詞じゃないな。顔を見合わせたロージアも困惑した表情だ。
「言っとくが世界を滅ぼそうなんて思ってないぞ? むしろその逆だ。世の中が平和ならお前の考えも変わるんじゃないか?」
「じゃあお兄さんたちの願いは世界平和~? む~、まぁいいけどさぁ。じゃあ代わりに世界中のモンスターを壊滅させちゃうなんてど~ぉ? 襲われる人も減って平和な世界が出来上がるよ~」
「いや、それだと逆に世界が混乱するだろ……」
真っ先に予測できるのは、冒険者の数が激減して代わりに賊が大量に沸くって展開だ。魔物を狩って生計立ててる奴らも居るだろうし、それはそれでロクな事にならない。
「も~ぅワガママだなぁ。じゃあ間を通って文明を崩壊させちゃう~? 全ての人類が原始時代からスタートするの。武具の精製技術や魔法も退化させれば戦争なんて起こらないよ~。どう? あたしって頭良いでしょ~?」
「いや、だからな……」
どうしてコイツは極端なんだ? もっとこう柔軟な思考を――
いや、待て待て待て待て! そもそもどうして破壊的な要素を望む? コイツ、何だかんだと理由をつけて、自分の都合が良い方に誘導しようとしてないか?
いや、そもそもおかしいんだ。塔が美少女なのも、皇帝と隠者があっさり殺られてるのも、願いの内容に干渉してくるのも、欲望の塊がそこらを漂ってるのも全てが。
つまり何が言いたいかというと、ここで試練を受けること事態が罠なんだ。恐らく言葉巧みに言質を取って、欲望を吐き出させる。それによって何らかのスキルが発動するんだ。そうでなきゃ皇帝と隠者があっさり殺られるなんて有り得ねぇからな。
「……やめた。世界平和は自力で成し遂げる」
「え……」
「マ、マサルさん?」
「俺たちは恋愛、大役職の1人――いや2人だ。そんな俺たちが他人の手を借りて成し遂げようなんて怠慢だ。そうだろ、ロージア?」
最初は困惑顔だったロージアも俺の真剣な眼差しに影響されてか、なるほどと力強く頷いてくれた。
「そう……ですね。ええ、その通り。その考えはとても立派です」
しかし納得いかないのは塔の方で、露骨に表情を曇らせ……
「え~~~、ここまで来て帰っちゃうの~~~? せっかく来たんだから願い事してってよ~ぅ。あ、何なら最終試練パスでもいいよ? もう出血大サービス! ね、とってもお得でしょ?」
やっぱりそうだ。そうと分かりゃ長居は無用。
「帰るぞロージア」
「はい――――え? い、入口が!」
「どうした――って、入口がなくなってる!?」
さっきまで有ったはずの入口がどこにもない。慌てて塔に振り向くと、奴はニタリと薄気味悪く笑って見せた。
「どうやら仕組みがバレたみたいだな? 美少女の姿なら油断すると思ったのだが、とっても残念だよ恋愛」
どこか威厳のある喋り方。
「それが本来の口調か? いや、口調なんざどうだっていい。さっさと入口を出せ」
「それは出来ない相談だ。我の目的は欲望を集めることにある。さぁ、お前たちの欲望もさらけ出すがいい」
はいそうですかと従うほどバカじゃない。
「どうしてもってんなら強行突破だ。覚悟は出来てんだろうなぁ?」
「フン、面白い。スキルを見破られはしたが、これでも大役職の1人。お前たちは実力で葬ってやろう」
いよいよ最後の戦いが行われようとしていた。