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皇帝の剣と姫君  第二部  作者: 夏川まさむ
一、  夜宴の客人
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 たたきつける雨とともに、レイトリ・フェナーは上司を恨んだ。

 クラウブの呟きどおりに雨が落ちたからなのか、彼の命令であの男を探し回った挙句、いま目前にするその男に命を狙われているからなのか。

 その襲撃は、あくる日の午後であった。

 ユルフレーン家別邸の警備の任に当たる昼間、レイトリ・フェナーは狙撃され、あの男が襲い掛かってきたのである。

 槍と剣が交錯する向こう側で、レイトリを冷静に殺害しようとする目が、獲物の様子を見定めていた。

 額がひりひりする。レイトリは、初撃の矢を受けた自分がなぜ生きているのか思い当たった。制帽には鉢金が仕込まれている。そのせいで制帽は重く、若い衛士には不評だ。金鍍金の隊の徽章も、多分矢尻を受ける盾になったに違いない。でなければ、レイトリの意識は地上から神々の原へ飛び立っていたことだろう。

 衛士隊の栄光と伝統の制服に感謝を。

「シプレン子爵……」

 レイトリの咽喉からその名がもれると、男の目が反応したのがわかった。

(やはり、そうだ!)

 その確信に、レイトリは気勢を吐いて剣を押し返す。足を払い、突きを繰り出し、修練のとおりに槍を振るうが、男は軽々と見切る。男は返し手に剣を叩きつけた。ただ勢いで圧倒するように連続で打ち付けると、それだけでレイトリは劣勢に立たされた。

「平民ごときの技で勝てると思うな」

 男は、レイトリの防御の隙をあざ笑うかのように剣を突いた。線の攻撃には対応できても、レイトリの技量では点の攻撃は防げなかった。男の剣がレイトリの肩を突く。痛みに後ずさって歯を食いしばった。

 濡れそぼった体の、肩口の一点だけが焼きごてを当てられたかのように熱い。

 痛みで片手が動かない。死ぬかもしれない。恐怖が精神の背景を暗く彩り始めると、息がうまく吸えなかった。

 レイトリは槍を棍棒のように振り下ろす。死を遠ざけるように、だが腰の引けたそれは技ですらなかった。

 男は悠々と槍を手で受け止め、力ずくで奪い取る。奪い取った拍子に高く掲げられた槍の穂先。その瞬間、歴然とした平民との力の差を暴力によって体現した彼は、冷酷な顔を微かに酔わせていた。そこへ雷光と天が裂ける大音声が、鼓膜の捉える音という音を掻き消した。

 眩い光がレイトリの視界を覆う。そのなかで、黒い炎の人柱が轟々と燃え盛った。男の断末魔が雷鳴と合わさり、硬直した心の臓の音とともに消え去る。

 雷鳴が治まり、周囲に雨の音が戻る。黒い炎に見えたそれは、強烈な光の元でそう見えたのだろう。いまは赤とも橙ともつかぬ鈍い色で、人の形をした黒焦げのものをなお揺ら揺らと燃やしている。

 いつのまにか地べたにへたり込んでいたレイトリは、石畳についた手の冷たさで我に返るまでに、数分を要したのだった。


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