20
ユルフレーン家の馬車は、行きと同様に会話なく静かだった。
暗い街路の景色が車窓に流れる。
大事を前にした緊張ではなく、固い沈黙が車内にあった。主人の心情を心得てローナも喋らない。
ラーナッタは押し黙ったまま、ユルフレーンの別邸に帰っても口を開かなかった。
夫人は居間に続く廊下をすたすたと歩き、灯りの燈った部屋に入るとぴたりと足を止めた。仮初めの祖母の背中についてきたマリーシアが、不安になって口を開こうとしたその瞬間、ラーナッタは厳しい顔をして振り向いた。その表情に気圧されたマリーシアは、息がつかえて発しようとした言葉が咽喉の奥に落ちていった。
確かに勝手なことをした。ユルフレーン家の命運を左右する場で、権力争いの軸になる人物と勝手に親しげにして見せたのだ。なにか自分ごときでは計り知れない動きに繋がるかもしれない。でも、それがいいと思ったのだ。
だから自分を信じて、マリーシアは伏せかけた瞳をまっすぐ祖母に向けた。
すると突然、がばっ、という音でもしそうな勢いで、ラーナッタはマリーシアを抱きしめたのだった。
「お、お祖母さま?」
ふくよかな感触に包まれて困惑するマリーシアの耳元に、掠れてくぐもった声が届く。
「馬鹿な子……」
「お祖母さま……」
「馬鹿な子……こんな家、あなたの隠れ蓑にして、使い捨ててしまってもいいの。後継者がいなくなれば、どうせは陛下のお手元に領地も戻る。いまさら衰退した家門よ。くだらない争いに、あなたが命をかける必要はないの」
ラーナッタは、孫娘の頭を優しく撫でた。
「私は、恩返しがしたいの、お祖母さま。だから……」
マリーシアは自分を包んでくれるぬくもり、頭をただ撫でてくれるその心に応えたい。その気持ちが伝わるように、マリーシアも祖母を抱きしめ返すのだった。