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皇帝の剣と姫君  第二部  作者: 夏川まさむ
一、  夜宴の客人
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「皆様、余興も終わりましたところで、当家の主より、いと麗しきご婦人を紹介させていただきます」

 広間にざわめきが残るなか身形を整えた初老の家令が告げる。

「マリーシア・レ・ユルフレーン様」

 なめらかにはっきりとした発音でその名を告げたとき、余韻を残して消え去ろうとしていた余興のざわめきが、驚きのものとなって熱を取り戻した。

 広間に続く階段を、シリス・カナン・フォスバールに手を取られて降りてくる貴婦人の姿。その光景は、宮廷での宴の再現であった。

 大人になりきらない可憐さを残した少女の美しさに人々は目を奪われた。しかも、それだけではない。この構図がどういうことであるか、色恋にかしましい女たちも、権力争いの駆け引きを切り離して考えられない人々にも、それがすぐにわかった。

 マリーシア・レ・ユルフレーン。彼女は、いま玉座にいる者と、玉座に最も近い者、両方の男性に手を取られたことになるのだ。

 表の美しい部分を若い娘たちが半ば嬌声を上げて噂し、裏の政治的な意味を大小の権力者たちは勘ぐった。

 ラーナッタ夫人は厳しい顔をして孫娘を見上げ、ヒルデムは固い表情で内面を悟らせない。横を向いて遠くから様子を伺う夫人の視線を躱して、ヒルデムは広間を出ていった。

 階段を降り立った二人の美しさは、近寄りがたい雰囲気だった。まるで絵画のようで、その額縁の内側に自分などがどうして入れようかと、マリーシアと同年代の少女たちはやや遠巻きに取り巻いた。

「さあ、みな君と話がしたくて仕方ないようだ」

「はい、ありがとうございます。シリスさま」

 にっこりと微笑み返して、マリーシアはシリスの手から離れた。

「ごきげんよう、皆さま。マリーシア・レ・ユルフレーンと申します」

 マリーシアが挨拶して少女たちに門戸を開くと、彼女たちとの隙間は一歩二歩と埋まっていった。

「あちらで私たちとお菓子でもいただきませんか?」

「それよりきっとマリーシアさまはお食事がまだよ」

 友好的な心配りを見せて、彼女たちはマリーシアを輪に取り込むのに熱心だ。輪に入れられたり、除け者にされたり、静かに街で暮らしていたときと違って大変だ、とマリーシアは思った。

「マリーシアさま、シリスさまとは親しくされているんですの?」

 聞きたくてしようがないのはそこである。それぞれが挨拶を交わしながら、誰が切り出すのかと、少女たちはうずうずしていたに違いない。

「シリスさまは、このような華やか場に顔を見せる勇気がない私の手を引いてくださっただけですわ」

 質問責めがはじまると、マリーシアは丁寧に、微笑を絶やさず答えるのだった。



 レプシーヌ男爵夫人は、少女たちの輪の外で一幕を見守っていた。

(あの瞳、貴婦人におなりね)

 何かを覚悟した少女の瞳を、確かに彼女は見て取った。覚悟とともに、彼女はユルフレーン家を守っていくだろう。輝きを持つ少女を見出した者としては嬉しくもあるが、彼女の祖母は心穏やかではないはずだ。

「ラーナッタ夫人」

 レプシーヌ男爵夫人に、そんな風に思い致されているとはつゆとも知らず、ラーナッタは自分の名を呼ぶ女性の声に振り返っていた。

「アデルワント伯爵夫人」

「恐ろしい子ですね、貴女の孫娘は」

 少女たちの輪を目線で示しながらアデルワント伯爵夫人は感想を口にした。

「身内から言わせてもらえば、ただの恐いもの知らずよ」

「そうですね……でも、気の優しそうな子。きっと貴女のご苦労を察して必死に考えたのでしょう」

 マリーシアがシリスの手を取ったということは、けして彼女が、ひいてはユルフレーン家が、現皇帝の側と決まった存在ではないと示すことになる。現皇帝を快く思っていない人々は、ユルフレーン家を敵と見ればよいか判断を付けづらくなる。

 しかし、マリーシア個人は違う。結果として、皇帝ヴィスタークの治世のもとで権力を得ようと皇妃の座を狙う貴族、シリス・カナン・フォスバールを擁立しようとする派閥の貴族、その両方の貴族たちから疎まれることになるのだ。

 ユルフレーン家が敵味方であるかはさておき、マリーシアという人間に焦点を絞っていえば、皇妃の座を狙う貴族たちにとって邪魔な人間ということになる。

 それでも、こうすることによってユルフレーン家全体の安全が図られるのならば……。

 アデルワント伯爵夫人も、ラーナッタ夫人も、そうしたマリーシアの思考の経緯に思い至ったのであった。

 それを思いつくまで、重圧を跳ね除けられなくて控えの間で一人震えていた少女。そこいらの若い娘なら、何も考えずに宴に姿を見せて気楽に笑っているだけ。あの少女は、いろんなものに責任を感じて背負おうとした。責任を全うする方法がわからなくて、だからこそ重圧を感じ、そしてやっと見つけたのだ。自分が荷を負う方法を。だから堂々と姿を見せた。こうすれば、矢面に立てるのだという方法で。

 こうして、夜宴はつつがなく終わった。もっとも、最初の小さな波紋が湖面を濁らすに至らないのは、往々にあることではあったが。


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