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皇帝の剣と姫君  第二部  作者: 夏川まさむ
一、  夜宴の客人
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 外苑ロンテスキンにて、せめぎ合う権力の構図が静かに熱を持ち始めたころ、帝都リスターテルクの街も夜の装いに移り変わっていた。

 街灯の油に火が点され、往来を店からこぼれた灯りが照らす。

 冬ならば、窓も扉も固く閉ざされ、こぼれる灯りは少ないが、夏も間近な季節は、窓も人々の心も開放的だった。ただしそれは、酒精が入った男たちだけの話。女たちの襟元が涼しく見えるようになるには、もう少し季節が進まなければならない。

 そんな街路の賑わいが点る有様を、宮廷の迎賓館から見下ろすことが出来た。

 迎賓館は、帝都の繁栄を賓客に見せ付けんがために、城壁の一角に高く造られた建築物だ。戦では防御砦として機能するが、建設されて以来、戦闘に使われた過去は一度も無い。

 今宵の皇帝が迎えた賓客は、帝都の警衛長官、貴族会議議長、市長、商会連合(ルンザー・エリン)の長、そして道先案内警護組合ルーティフ・ガルデ・ギルダの代表だった。国外の人間をもてなすだけでなく、こうした自国の重要な地位にいる人物と昼夜の会食を利用して意見を交わすのも、皇帝の有意義な公務のひとつであり、迎賓館の用途であった。

 ヴィスターク五世は、長方形の卓の左右に並ぶ諸氏を前に、窓の外の眺めを見やって、ナイフとフォークを皿に置いた。

 皿の上の肉は、切り分けられてはいたが、ひとつも口に運ばれていない。

「そういえば、今夜は外苑ロンテスキンのクラウブ長官は欠席のようですな」

 珍しくも心ここにあらずの若き皇帝に、警衛長官が水を向けた。列席者の中では、帝都を治める側の人間という意味で、彼がもっとも皇帝の身内と呼べる人物であるからだ。

 自身の地位と職務に誠実なこの男にとって、有能な皇帝は歓迎すべき支配者であった。同時に、気力体力の充実した年齢にある彼だが、貴族たちのような皇帝の失点につけ込むがごとき野望は持ち合わせていない。であるならば、この場で若き皇帝を畏れ多くも補佐するのは自分であろうと思い当たっての発言であった。

 物思いに耽っていたかのような皇帝は、我に返ると目線で礼のようなものを警衛長官に寄越した。

「クラウブ・ロンテスキン準男爵は、カナン・フォスバールが主催する宴の警備にあたると聞いている」

 帝都に隣接する特殊な領地を管轄に置く、貴族であり官吏であるクラウブは、この顔ぶれの会食に呼ばれるのが常であったが、なるほど、カナン・フォスバール主催の宴となれば警備指揮をおろそかにはできまい。警衛長官はその理由に納得した。

 だが、他の見方をする者もいるようだ。

「クラウブ・ロンテスキンとシリス・カナン・フォスバールは友人同士と聞く。となると、彼も……」

 そう口を挟んだのは、貴族会議の議長を務めるフォレル伯だ。語尾を濁しはしたが、シリス・カナン・フォスバールの背後に連なる新帝政権懐疑派との関連を示唆しているのだろう。

 フォレル伯は、平凡ではあるが物事の公平を尊重する人物だ。だからこそヴィスタークは議長就任を認可したのだ。

 貴族会議に立法等の権限はなく、ほとんどは彼ら同士の意見調整の場でしかない。せいぜいが彼らの領地間の交通や関税についてだ。だからどの有力貴族やその派閥らも、フォレル伯の推薦と就任に口を挟まなかった。彼の公平さはむしろ喜ぶべきところだったのだ。

 そんなフォレル伯が口にした、新帝政権懐疑派のあれこれという話題に他意がないことは、警衛長官にもヴィスタークにも解っていた。市井のものでも、貴族たちの派閥を多少なり把握してはいるだろう。耳ざとい商人なら尚のこと。市長とても ――――シルヴェンライン帝国における市長とは、行政の長ではなく、純粋に民の代表としての地位であるが―――― それだけ多くの人々を束ねれば入ってくる情報の量も並々ならぬものであろう。

 そして、道先案内警護組合代表。

 禿頭の老人は、関知せぬ話題には立ち入らぬといった姿勢で、黙々と食事を進めていた。

 一同を見まわして、最後に老人を見据えるとヴィスタークは言った。

「どうかな、クラウブ・ロンテスキンと直接の面識はないが……。しかし、この場で何か実りに繋がる話題ではなさそうだ」

「まったくそのとおり。失礼いたしました」

 視線の先を理解してフォレル伯が謝罪する。

「いや、客人を前に気もそぞろで失礼したのは私のほうだ。すまない」

 ヴィスタークも謝罪を受け入れた。窓を開け、空気を入れ替えたかのように、すっかりと気持ちを入れ替えて目の前のものを見てはいたが、外苑の宴はなお気がかりであった。


別サイトで公開していた第一部の公開期間が終了いたしました。

新しい公開方法が決まりましたら、またお知らせします。


よろしくお願いいたします。

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