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皇帝の剣と姫君  第二部  作者: 夏川まさむ
一、  夜宴の客人
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 控えの間に落ち着きなく立っていたレイトリは、宴の席である広間の準備が整ったことを報せる使用人が姿を見せると、一抹の羨望を感じた。

 自分の身分からすれば、ああした使用人であったり、表玄関で馬車を誘導するといった仕事をする側の人間であって、こんな宴でもてなされるなどあり得ないことだ。

 いいかげん幾度目かの宴ではあるが、慣れたものではない、と思うのがいつもの感想である。

 であるから、落ち着いて職責を全うしている使用人が恨めしいのだ。ついでに言えば、こんな任務に引っ張りまわす上司も。

「閣下はなぜ、あのユルフレーン家の令嬢にこだわるのです?」

 広間へと続く通路で、レイトリはクラウブに訊ねた。それがこの任務のそもそもの原因だ。自分がユルフレーンの令嬢のそばをうろつく不審な男を目撃しなければ。その男について、我が上司がこれほどまでにこだわらなければ。

「ふむ」

 クラウブは、さほど難しいことではない、という素振りの相槌を打った。

 そう、はじめに彼女に興味を持ったのは、かの友人であった。

 あの金髪の貴公子はなにを考えているのやら。ただ、彼が赤いカーテンの向こう側の人々に、真に協力を惜しまないというのなら、彼らの首魁はアルター公なのだから、やはり公のために動いているのだろうが、どうにもクラウブにはそれが信じられなかった。

 才気に満ち、揺るがない人格は王者たりうる。恐れ多くも現皇帝と比肩して遜色が無い。時代がシリスに味方していれば、とクラウブはそこで想像を打ち切り、忠実な部下に答えを返すことにした。

「なぜ、と言われれば即答は難しいが。話題の渦中のひとだ。その渦は、富や名声を引き寄せるだろうが、同時に嫉みや不幸をも一緒くたにして彼女を飲み込むかもしれん。そういう悪い想像をすると、だ……」

「すると?」

「美しい女性に味方したくなるだろう?」

 レイトリは、かろうじて眉間にしわが寄るのをこらえた。

「それより、しっかりと来客の顔を見ておけよ。この宴に例の男が居る可能性が高い」

「閣下も似顔絵は御覧になったはずです」

 それなのに、部下に押し付けてばかりいるのは怠惰ではないか。不機嫌を正当な批判に置き換えることを、レイトリも学んだのである。

「見たはいいが、現実の顔を見てそうだとわかる確証は無い。まあ、似顔絵のできばえは、お前の妹御の目で実証されたわけだが」

 レイトリがユットーの描いた似顔絵をクラウブに見せることが出来たのは、妹シュテフィンが似顔絵の人物を目撃したと語った翌日である。

 レイトリの報告を耳にしたクラウブは、この宴に警備という理由をつけて出席することを取り付けてきた。警備は名目だけでなく、たしかに邸周辺にも厳重に衛士が張り付いており、そして内部にもクラウブ直近に衛士が必要で、その役割はもはや流れるようにレイトリに回ってきた。

 似顔絵はこの仕事から解放される免罪符どころではなかった。ごく簡単な発想の転換をすれば出世の好機に思えるはずなのだが、レイトリにはとんとん拍子の出世というものが信じられなかった。きっとどこかに落とし穴があるに違いない、と。

「それで、妹御の勤めるアデルワント伯爵家のお茶会に、マリーシア嬢が招待され、そこへシリス・カナン・フォスバールと例の男が現れた、それで間違いないな?」

「ええ、そうです」

 溜息を交えながらも、レイトリは素直に周囲へ目を配り始めた。あきらめも肝心だ。

 部下の性根のよさに微苦笑して、クラウブは思考した。

 宴は一見和やかな雰囲気で始まろうとしていた。

 ただし、アデルワント家とユルフレーン家、水と油が分かれるように両家が交じり合わない形で。

 アデルワント伯爵家、シリス、そして例の男。関連性を考えれば、この宴にその男が姿を見せる可能性は高かった。

 クラウブは部下同様、客の顔ぶれに目線を流しながら意識は思考に沈む。

 それに、今日この場にあの不審な男がいるとすれば、その男はアルター公の派閥の人間であると言い切れる。証拠にはならないが、確実だ。

 さて、それを見つけたとして、どうすればよいのか。いかに外苑ロンテスキンの警備を預かるクラウブとて、貴婦人の後をつけていたというだけで貴族を拘束などできはしない。ただ、男を見出すことで進展はある。

 男は、マリーシア・レ・ユルフレーンに対してなんらかの行動を起こすときの実行役と考えられる。それを配した派閥を特定しておくのは重要だ。いっそ、シリスに訊けばよいかもしれない。はぐらかされるかもしれないが。逆に、面白いようになにもかも教えてくれるかもしれない。長い付き合いだが、つかみ所はいまだに心得ていなかった。つかみ所の無さと上手に付き合うことが、長い付き合いで習得したことだ。

「レイトリ、気を抜くなよ」

「は、閣下」



 背中を向けた二人の会話を、偶然耳にして、ひやりと恐怖に当てられたように肝が冷えたのを覚えた。

 己の勘を信じて身を隠す。

 まるで主従のような会話、横顔を確認できる位置で息を潜める。一方は、クラウブ・ロンテスキンだとわかる。

 もう一方は、宴の会場を、特にアデルワント家の方を注視している様だ。ちらりと横顔を見ただけでは、即座に誰とは判らなかった。

 焦りに歯噛みする。嫌な予感がざわざわと胸を悪くするのに理由がわからない。だが、無視するのは危険だ。自分はこうしていくつもの危ない橋を避け、あるいは排除してきたのだ。

 誰かを探している……。そう悟ったとき、再び垣間見えた横顔が、こちらを振り向いた。



 その時、広間の窓と言う窓から閃光が一瞬だけ差し込んだ。

 宴の場の人々が、おお、と、どよめいた。

「遠雷ですかな?」

「そのようですな。音もない」

 来客たちの会話にクラウブも異論は無かった。彼らは明日の天気の話から、当たり障り無く世間話をはじめるが、クラウブはそれよりも友人を装う部下がしきりに目元に手をやっていることが気になった。

「どうした」

「いえ、誰かいたと思ったのですが、気のせいでした」

 振り向いた瞬間、光を眼に入れてしまったので視界が白く霞んで仕方が無い。

 クラウブはレイトリの見ていたと思しき方を見やるが、たしかに誰もいなかった。


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