Chapter07: ギリギリアウト
僕は可能なかぎり急いだ。
走れば背中の彼女に衝撃が加わるし、そもそも疲労しているため走れない。
だから早歩き。
ピコンピコン鳴り止まない音が、カラータイマーに思えてくる。
地獄へのカウントダウン。
あはん、うふん、と耳元で喘がれる声には、もはや性的興奮は覚えない。
今か今かと〝決壊〟に怯える恐怖心、ただそれだけ。
「やっぱりもうちょっとゆっくり、ブラがズレる」
それどころじゃねえだろ!
路地の突き当たりまできて左に折れる。
十数メートル先の暗がりに、アパートの外観が浮かぶ。
二階建てのありがちな学生向けアパート。
僕のアパート。
深夜12時半を回っていると思われるが、何部屋の窓からはカーテン越しに明かりがこぼれていた。
目的地はは目と鼻の先だが、彼女にはまだ知らせない。気を抜かれ、弛めてはならないところを弛まされてはたまらないのだ。あと少しだから頑張って、と叱咤しつづける。
駐車場へと入り、玄関がある建物裏手にまわった。各部屋の前には蛍光灯が設置されており、夜間は常時照らされている。僕の部屋はちょうど真ん中に位置していた。一階だったのは救いである。階段をのぼる手間がなくて済んだ。
やっとのことで玄関前に帰還。
敷島さんが伏せていた顔を上げ、とろんとした笑みをたたえる。
「着いたの~?」
「はい! 玄関の鍵開けるんで、一度下に降ろしますね」
立っているだけの気力もない彼女を玄関脇に降ろし終えると、僕はズボンのポケットから鍵を取り出して鍵穴に挿し込む。
カチャリ、と解錠。
ドアを引き開けた。
「ギリギリセ~フ」と、敷島さんがもらす。
「一時はどうなることかと思いましたよ」
僕もホッと胸をなでおろして、傍らに目を戻した。
そして、顔面を凍りつかせる。
……オー・マイ・ゴッド。
敷島さんは外壁に背をあずけ、足を開き伸ばして座っている。お尻が着いているコンクリートの地面は、つい一瞬前までは、乾いていたはずだった。それが濡れてしまっている。
染みはさらにじわじわ広がっていき、あっという間に、ひとつの水溜りを形成した。
プーンと立ち込めてきた甘みのある匂いは、すこしコーラ臭い。
そういえば、駅のエレベーターの中で、コーラを一気飲みにされていたんだっけな、と、もはやどうでもいい事実を思い出す。
夢心地の恍惚とした表情で、彼女が安堵。
「ふぅ~、間に合ったぁ~」
「間に合ってないっ!」
と、僕は頭をかかえた……。