Chapter36(END): サルノユメ
ピンポーン♪
呼び鈴に起こされ、僕は目を開けた。
眩しい光が眼球を刺激してきて目を細めるが、朝ではないことはすぐにわかる。明り取りの小窓の向こうが真っ暗だからだ。光は、寝入るまえに点けっぱなしにしていた照明が放っていたものである。
ストロングな缶チューハイ四本分のアルコールが抜けきらずにぼんやりとした頭で、壁掛け時計を確認する。見間違えがなければ、長針と短針が『12』を指している。
……深夜12時。
ピンポーン♪
こんな時間に呼び鈴を鳴らす不届き者は誰だ。
ドンドンドンドンッ!
ましてや玄関を乱れ打ちにする常識外れは誰か。
僕は瞬時にベッドから飛び降りた。
○
おぼつかない足取りで床を歩き、引き戸を開ける。
廊下をじぐざくと、ブロック崩しのボール球のようになって進む。
慌ただしくチェーンを外し、内玄関の扉を開け放つ。
「うわっ、酒臭っ!」
僕は鼻をつまんだ。
「出てくるのが遅いんだよぉ、栃内く~ん」
玄関先に立っていたのは、若い女性だった。
白い長袖Tシャツにスリムジーンズ姿。細身で、身長は僕より少し低い。歳も僕と同じ二十歳くらい。肩付近まで下がったサラサラの短髪は金色をしているけれど、猿色に染まっている面構えはどう見ても日本人。目のすわった一重瞼の瞳でこちらを見下げているので、ガラの悪そうな印象。
まちがいなく、敷島ゆかりである。
「……なんで先週と同じ服着てるんですか?」
〝洪水〟のいわくがついたため捨てたとばかり思っていたのに。
敷島さんが笑いながら、開かれた扉の内側に片手をもたれさせる。
「ツッコミどころが、そこ?」
そうだ、服装など取るに足らない。
「……なんで僕のアパートにきてるんですか?」
「聞くべきところはまずそこだよね。実はさ――」と、彼女の視線が僕の目からすこし上にあがり、口を開けたまま停止する。金色の細い眉を中央に寄せて、首をかしげたあと、疑問形で言葉をつないだ。「『スマホ』?」
額に書いてある文字を読んだのだとわかって、僕は手で隠す。
「これは、その……決意を忘れないようにしなきゃって、寝る直前に発作的にペンをつかんで額に書いちゃったって感じで……」
「いや、意味わかんないし。――ああ、そうそう」と彼女の声のトーンが下がる。「スマホといえばさ、まだあんなの使ってるんだね」
「……もしかして敷島さん、僕が同じやつ使いつづけてること、気づいてたんですか?」
白い長袖Tシャツの肩が、あきれたように上げられた。
「そりゃあ気づくよ。気づきますって。稲妻みたいにヒビが走ったのを教室で使ってれば目に入らないわけないでしょ。それにさ、私がそばを通り過ぎたり、私のそばを通り過ぎられたりするとき、チラチラと見せてくるようにしてたじゃん? なにあれ、画面割っちゃったことに対しての嫌味?」
「違いますよ! なんかちょっとおもしろくありません?」
「ハア? なにが?」と、ガンを飛ばされた。
……あれれ? 想定外の反応だ。
「私はジャブジャブ洗ったって、言ったよね?」
「だから、それで壊れてなかったっていうのが、おもしろいじゃないですか!」
「おもしろいわけないじゃない」
と、敷島さんは扉を平手でたたき、背中をあずけて腕組みをし、首をふる。
「これだからきみは童貞なんだ」
「童貞のなにが関係あるっていうんです!? っていうか、もう一度訊きますけど、なんでこんな真夜中に僕のアパートにきてるんですか!? それから――」
と、僕は真顔に変わる。
「……その人、誰なんです?」
玄関先にいたのは敷島さん一人だけではなかった。
もうひとり、いるのだ。
小柄な女性である。
黒髪を頭の上に団子にしたようなヘアスタイルで盛って150センチくらいだろうか。身長が低いせいなのか、膝丈のスカートを穿いた服装のせいなのか、中学生ほどに見える。……が、にんまりとした恵比寿顔になっている顔色は、どう見たって赤らんでおり、飲酒しているに違いない。
敷島さんの後方に佇んで、ふわふわと海の海藻がゆれるがことくごきげんそうにしていた。
「名前、なんて言ったっけ?」
と、敷島さんがすごく不穏ことを口にして、お団子ヘアをたたく。
低身長ガールが出欠確認に答える小学生のように手を挙げた。
「はァ~い、元気でェ~す!」
「元気ちゃんだって」
たぶん確実に違う。
「……どういうことなんですか、敷島さん?」
「たまたま飲み屋で、出遭ったの。『中学生がこんな場所にいたらダメじゃん』って叱ったら、それがなんと、うちらの大学の先輩なんだって。びっくり仰天だよね」
「ほんとですか? それはびっくり――って、違ぁぁぁう!」
たしかに二十歳越えの年齢には見えない童顔のお方だ。
でも、そうじゃない。
訊きたいのはそういうことじゃない!
敷島さんが、元気ちゃん先輩(仮)を引き寄せる。
「飲んでるうちにすっかり意気投合しちゃってさ、話し込んでるうちに、ちょっと終電に間に合わなくなっちゃったんだよ。でも、栃内くんのアパートだったら間に合うかなって」
間に合うかな――の意味がわからない。
僕はわなわなと唇を震わせる。
「……まさか、違いますよね?」
敷島さんがニッコリ笑う。
「今晩は一名追加ってことで、よろしく」
「よろしくお願いしまァ~す」
バんなそカな!
(了)




