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非武装連帯!ストロベリー・アーマメンツ!!  作者: 林檎黙示録
#1 ウメコ・ハマーナットの長い一日
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違反行為

いたるところ、どこもかしこも虫だらけの地、その名もスカラボウル。ただしその虫が、この土地では立派なエネルギー源だったのだ。虫捕り要員のウメコは、乗用人型二足歩行メカ、通称「バグモタ」を操縦して、今日もより高い燃料となる虫を捕るため派遣されてきたが、帰りに見つけたのは珍しい、「虫の切れ間」だった。ただでさえ稀な現象であるそこで、レーダーはなんと、絶滅危惧種の蝶の発見を告げた・・・・・・!


 それにしても、どんな奇跡の競演だろう!こんな切れ間に遭遇することだけでも珍しい現象だってのに、そこに蝶が現れるなんて!やはり昔話だからって軽んじたらいけない。これは虫はきの魔女(ウィキッド・ブルーム)と、音を奪う姫との競演によってできた切れ間。小梅から流れた音楽が、蝶を呼び寄せたのかもしれないと思うと、ウメコはゾクゾクしてきた。


 バイザー上で周囲の大気成分を表示させてみた。さっきと変わらない。異常なし。さらに詳しいデータを表示させると、そのほとんどが、前線捕虫労のウメコにはチンプンカンプンの記号と数字だったけれど、捕虫要員(バグラー)なら最低限知っておくべき情報はいくつかわかった。微弱な除虫物質の数値が検知されていた。それは小梅に吹き付けられた<防虫剤(バグレぺ)>や特に下半身に吹き付けた<除虫剤(バグダム)>、さらに機体各部に差してある<防虫(バグレぺ)線香(ディスチャージャー)>から流れ出ている成分とは一致しないものだった。


 自然のものなのだろうか?小梅に説明を求めたところで、これまたチンプンカンプンの言葉をまくし立てて混乱させられるだけだから、いちいち説明は求めない。どうせ一塊の捕虫要員でしかないウメコには手に余る情報でも、かわりに小梅のピンと張ったウサ耳が、この虫掃きの魔女の気まぐれか、それともいまだに美しい音を奪うべく舞い降りてきた蝶によってできたものなのかの、その切れ間の活きた詳細なデータを着々と取っているから、手柄には変わらない。


 首を横に向け、バイザーの中のトランスヴィジョンに映る蝶に集中しながら、ウメコはほくそ笑みにムシシと口を緩めた。――今日はなんと収穫の多い日だろう――こんな貴重なデータひとつだけでも、研究要員の捕虫労でさえ滅多に仕入れることはできないだろう――前線開拓労民万歳(フラー)!!――そのうえ、あの蝶を捕まえたらと思うと、ちょっとはしたなくムシシとなるのもご愛敬さ。だけど、これで私のバグラーのランクもあがることは確実だろうし、所属する第8班<レモンドロップスiii>の待遇もよくなれば、願ったりかなったりというもの。さすがに<!!>(ウサみみ)勲章はムシが良すぎるだろうか。ならせめてランクの昇級くらいは望みたいものさ――。


 <レモンドロップスiii>の前身、<レモネッツ!!!>の大失態(ビッグバングル)で、ウメコはバグラー中級ランクの<ハミングバード>から初級ランクの<ベルリンガー>に降格していた。あの騒動がなければ、上級ランク<バグパイパー>への昇級もほぼ決まっていたのだった。だからこの切れ間と蝶のデータを持ち帰ることができれば、<ハミングバード>に復級するくらい、高望みどころか、組合からしたってお安い報奨だろう。それに<レモネッツ!!!>の汚名を灌ぐにも、これはお釣りがくるくらいな僥倖(ぎょうこう)には違いない。ウメコは再び口元を緩ませた。ワタシに備わった、虫運を惹きつける<ティンカーズ・センス>の賜物だな。めげずに続けてきた、これは虫からの贈り物かもしれない。ムシシシシと、ウメコはさらに顔をニタつかせる。


 トランストロンコンピューターの人口知能たる小梅には、トラメットの中のバイザーに隠されたそんなウメコの表情もモニターすることができた。『マタ、ニヤツイテルネ』


「ほっとけ!」ウメコは虫の居所をいつもの場所に戻した。「これでワタシの虫のツキ(バグラック)も上がってきたろ、二度とバッドラックガールなんて呼ばせないからな、見てろ小梅」


『チャント記録シテルヨ、虫運ヲ祈ッテマス。バグッドラック!』


 いよいよ蝶が切れ間の奥行を目指し始めた。立っている小梅の正面の方角だった。そしてまもなく小梅の2時方向にひらひらと移ってきた。


 ウメコはまだ動かない。その前にやらねばならない大事なことがあった。残り10分を切った燃料の都合だ。もうかれこれ15分は、この虫の切れ間の中にいるから、当然、背中のラッパからの自動捕虫はされていない。さすがのウメコもこれには深く息を吐いて、ようやく今日のノルマの網の中のクラック虫に手をつける覚悟をきめた。原則、捕虫要員なら許されない違反行為である。しかもクラック値も<ベルリンガー>級バグラーの補給できる上限を大きく超えていた。――だけど、こんな奇跡的状況を前にして、許されないはずはない――。ウメコは、コンソールの列のバグパック関係のスイッチの一つを切り替え、小梅の背中に棚引くように浮かぶ、虫でいっぱいの二つの網の一つから、小梅の腰の燃料タンクへの注入を許した。


 これでいったんトランスビジョンモニターやコンソールディスプレイのあちこちで点滅していた警告は解除された。


「どうだよ小梅、こんなご馳走あげるんだから、ちゃんと動いてよね」


『コノ<hoorah(フラーイ―!!)!!>ハ75v以上ノくらっく性能ハ出セマセンノデ』


「もったいないね。おまえは<紫焦虫(むらさきこがしむし)>の味はわからないんだものな。だけどおまえにとっちゃ、最高級クラック虫だろ、うれしかないのかい?」ウメコは小梅にも違反行為の共犯を匂わせる言質を取ろうとする。


『のるまカラノ補給ハ推奨デキマセン』


 小梅はあくまで加担する気はないらしい。


 という間に、蝶は小梅の1時方向を先に行っていた。――そろそろいいな――ウメコは小梅のアクセルをゆっくり踏んで歩行を開始した。背中からの高クラック虫の補給のおかげで、じょじょにコンソール上のあらゆるメーターが上がって来る。ウメコは小梅の速度とパワーの可能値がこんなに上がっていくのを見るのは久しぶりだった。そして蝶とつかず離れずの距離を保ち追いかけながら、好機とあらばすぐに小梅をフルスピードで踏みこみ、蝶へむけてバッサと網を振り下ろすイメージをかためていく。そうして胸に去来してくるさまざまな光景も、不思議といまは水の中を覗くように眺められ、しかも惑わされることもなく、それらかけめぐる思いは切れ間の頭上の空へと流れていった。ウメコが刹那に、はためく網の向こうに追ったのは、いまはなき元8班<レモネッツ!!!>時代の無邪気な日々と、大失態以後の惨憺たる苦境の日々だった。



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