うた。
男が女に和歌を送り、女はそれを見てその人を判断し、和歌を送り返して結婚したという話は、古典で勉強した事だ。
まさか、大学生にもなって、大の苦手だった古典の話が掘り返されるとは思わなかった。
隣で黙々とノートに向かっているのは、付き合って3年になる悠太。先程、唐突に古典の話と無茶振りをされ、私は唖然としながら彼が書き上げるのを待っている。
——俺の歌詞に、ピアノの旋律を付けて欲しい。
悠太の歌詞に、私のメロディーを付けて返す。古典の話なんて、ただのこじつけだよねって思ったけれど、それを言うと拗ねるので、心の中に閉まっておく。
悠太とは、高校一年の夏に出会った。私がプチ家出を決行し、夜道をさ迷っていると、悠太がさびれた商店街のシャッターの前でアコースティックギターを持って歌っていた。
私たちが生まれた頃に流行っていた、リバーズの「Hold You」だった。彼の歌声、歌うスタイル、選曲、全てが好きだった。
数週間後、思い出してそこを訪れた時も、彼は変わらず歌っていた。徐々に彼の歌を聴きに行くペースは上がった。
そしていつしか、毎日彼の歌を聴きに行くようになっていた。雨の日も、風の日も、雪の日も、彼は歌っていた。オリジナルの曲を歌っている時もあった。
彼とは、翌年の春になるまで話すことは無かった。
その日、彼の方から私に話しかけてきた。
「その制服、南高か?」
「そう、ですよ」
「俺、山石高の二年。中川悠太。いつもさんきゅ」
「えっ。同い歳…!私は、名取麻耶です。中川くんの歌い方、すっごく好き」
そんな会話から始まって。いつしか、よく話すようになって。彼は、私のために歌うようになった。麻耶が一番分かってくれるから、なんて。
冬、私は進路に揺れた。でも、親の反対を押し切り、音楽に進むことにした。彼が、この道に進むことを知っていたから。
夏に付き合い始めた彼のことを、親は知らない。言うつもりもない。ただ、三歳から続けてきたピアノを、辞めたくはない。その一点張りで、無理やり押し通した。
そして私は今、悠太と同じ音大に居る。悠太はギターコース、私はピアノコース。こうやって、毎日大学の食堂で会って、お互い課題をこなしている。今日は、課題でもなんでもない。
悠太の気まぐれ。自由奔放な人で、本当に困る。まあでも、そこも含めて好きだから良いんだけど。
「出来た!出来たぞ!」
嘘……。悠太が歌詞を書くところは初めて見たのだけど、こんなにも早いなんて。まだ長針がわずか九十度しか動いていない。
得意気に差し出す紙を見て、私はまたも唖然とした。
完璧だった。いや、私の中では。
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今夜二人で 星を見に行こう
何も無くていい ただ静かに眺めるだけ
非日常のような fantasyのような
そんなひととき
君が居るだけ とてもシンプルな
だけど特別な この瞬間待ちわびてた
もやもやも忘れ 嫌なことも忘れ
あったかい気持ちになるんだ
月が綺麗ですね。なんて定型句は使わない
ただ真っ直ぐに愛してるって
言えっこないけど
それでも ここにいて欲しい
毎日が美しく輝き出すから
君を幸せにしてみせる
これから 何が起こっても
君となら 乗り越えて行けそうなんだよ
ずっと優しい顔で居て欲しい
もしも路頭に 迷ったとしても
進む方向に 道開いていけるように
灯火のような お守りのような
君の言葉を抱いて行くんだ
ずっと走り続けていく難しさに気付いた
でも止まること決してないよ
君思い浮かべ
いつでも 傍にいるような
ぬくもりを感じているからこそ
今日も立ち上がれたんだって
毎日 感謝しているよ
君が居る それだけで力が漲る
ずっと無邪気なままの君が好き
心が振り切れそうな夜に 見えた月は
君の心みたいに美しかった
もうちょっと頑張ってみようかな
明日も ここにいて欲しい
毎日が美しく輝き出すから
君を幸せにしてみせる
これから 何が起こっても
君となら 乗り越えて行けそうなんだよ
ずっと優しい顔で居て欲しい
ずっと君だけを守りたい
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私が曲を付けるのも、もったいない。そう思ったのに、悠太は私が付けるから意味があると言い張る。
その日の晩、自分の部屋でメロティーを付けた。ふと窓の外に目をやると、美しい月が見えた。




