8話 眠れない夜
すごい勢いでカルボナーラを食べていた風見さんは、満足そうな表情を浮かべていた。味はもちろんのことだが、風見さん自身ここまでお腹が膨れたのは久しぶりなのかもしれない。ほぼパン耳生活だったもんな……
ちなみに余分に買っておいたおにぎりとかも渡したら、喜んでパクパク食べてくれた。今の風見さんなら何渡してもペロリと食べてしまいそうだ。それで相当お金がかかったとしても、俺的にはメイドさんの食事風景が見られるから何も問題はない。
食事を済ませたところで、時間も遅いことなので俺たちは風呂に入ることにした……もちろん別々だ。さすがの俺もそんなプレイは要求しないし、ヘタレが故にそんなのお願いすることもできない。それが出来るのはラノベやアニメの世界だけだ。リアルでできるヤツがいたら褒めたたえたいくらいだ。
ちなみに入る順番は俺から先だ。普通この状況なら女性を先に入らせるところだが、風見さんの方からお願いされた。相当汚いかもしれないから、先に入るわけにはいかないそうだ。
「そんな汚れてるようには見えないけどな……」
「あはは……見た目はね。お風呂なんて家で入れるわけないでしょ、水道代で死ぬ……」
「ということはシャワーだけで……」
「あ、ガスは止まってたから、水浴びが正解だね」
「わかりました、スッと入ってきます!」
もう俺は泣かなかった、いや正確には涙出し過ぎて目がカサカサで涙は出なかった。風見さんのために速やかに風呂を済ませることしか頭になかった。
かつてないほど早く風呂を済ませ、風呂場を風見さんに明け渡す。ひと月に一回銭湯を利用するレベルの風見さんは、うきうきした表情で脱衣所へ入っていった。
それをまるで遊園地に向かう子どもを見つめるような目で見送った俺は、今日学校で出された課題を片付けることにした。バイトもしなければならない俺はこういうところを取りこぼすと、テストで大目玉見る可能性が非常に高いからな。出来ないなりにも日々の努力は忘れてはならない。まぁ今日は得意な数学しか出なかったから、楽といえば楽だけど。英語だったら地獄みてた……
久しぶりのお風呂ということで、男からしたら長めに感じるくらいの長風呂中の風見さん。まぁ女の子ならこのくらい普通だろう、実家にいた時も妹がこのくらいの時間だったし……妹でしか比較できない辺り、ホント俺ってヤツは……とは思う。
ちなみに無意識に脱衣所に向かって風見さんとのラッキースケベイベント……なんてものは発生しなかった。そんなものはラノベやギャルゲーの世界だけだし、現実でやったら軽蔑ものだ。間違えてもそんな真似はしない。
風見さんが風呂に入ってから一時間弱が経過したころ、風見さんはさっぱりした表情で風呂から上がった。急遽俺ん家に来たこともあり風呂上りに着る服もない風見さんは、仕方なくさっき着ていたメイド服をそのまま着ていた。家の中で制服着るのは嫌だし、ウチにある服よりかは材質も着心地もいいらしいから、前向きに決定してくれたみたいだ。その点に関しては感謝である。
さて夜も更け、時刻は十二時を回っていた。明日も学校がある関係上、早く寝て身体を休めないといけないところだが……ここで一つ、問題が発生した。本日の寝床問題だ。
何回も言っているように、俺は一人暮らしだ。無論ベッドは一つしかない。
更に言えば、俺は中学の知り合いは全て関係を絶っている。それに加え高校の知り合いも壮馬と赤羽さんしかいない。かろうじて壮馬がウチに来ること自体はあるが、泊まることはなかった。故に来客用の布団なんかもないわけだ。
つまりだ……今日どちらかが、地べたで寝ることが確定した。
「ど、どうする……?」
「どうする、って言われてもなぁ……俺が地べたで寝るしかないか……」
「え⁉ そんな悪いよ!」
「といってもなぁ……今日だけ風見さんはお客さんなわけだし、仮に「女の子を地べたに寝かせて、自分だけベッドで寝る」なんてバレてみろ、俺は最低野郎にまで成り下がる」
「さすがにバレないんじゃ……」
「……風見さん。壮馬のこと、どのくらい知ってる?」
「え、壮馬って白金君のことでしょ? なんか探偵気取りで変わってるなぁって……」
「……壮馬、能力だけはガチ探偵なんだよ。俺のことに関して言えば、調べればわからないことなんてないくらいに……」
「え~そんなことあるわけないでしょ! アハハハ……ホントに?」
「……残念ながら」
壮馬が周りに言いふらすことはないとは思うが、これをネタに当分いじられることだろう。そしてそれが仮に赤羽さんの耳に入ったら……どんなどやされ方をされるか、考えたくもない。
「だから頼む……俺を地べたで寝かせてくれ……」
「そんなこと言う人初めて見た……でもここは私も譲れないしな……」
土下座してしまいそうな勢いで頼みこむ俺と、苦笑いしながら頑なに拒む風見さん。話し合いはこのまま平行線になりそうだった。
主人権限でどうにかしようとも思ったが、今日はお客さんと言ってしまった手前、訂正することも出来ない。俺としては完全に詰みであった。
「……あ、そうだ! じゃあお互いの言い分を、半分ずつ妥協しようよ!」
「半分妥協……ってどうするの?」
「それはね……一緒のベッドで寝ればいいんだよ!」
「はぁ……はぁッ⁉」
完全に詰みました。アレ? これなんてタイトルのラノベだっけ……?
とはいえこれ以上妥協案も思いつかなかった俺たちは、本当に同じベッドで寝ることになった。幸いにも詰めて入れば、二人ギリギリ入るくらいのスペースは確保できる。
だがギリギリってことは、それだけ風見さんが近くで寝ているということになる。しかも寝巻などここにない風見さんは、そのままメイド服でベッドに入ったのだ。それだけで俺の心臓はバクバク鳴ってしまう。
だってよく考えてほしい。至近距離、更には同じベッドでメイドが寝ているんだぞ! オタクの夢のような状況に、興奮しないヤツなんていない! 偏見とか知らない!
そんな状況にヘタレな俺は相当ギリギリな状態で、背中合わせで寝ないと本当に心臓が飛び出てしまいそうだ。割とマジで。こんな場面で割と平然としているギャルゲーとかの主人公は本気で尊敬するわ。
そして風見さんはと言うと、俺よりかは落ち着いているが向こうも向かい合うのは恥ずかしいようだ。背中合わせの提案もすんなりと受け入れてくれた。
「……増井君、起きてる?」
「お、おう……てか寝れねぇ」
「うん、私も……結構寝つきはいい方なのにね」
「そ、そうなんだ……」
ただベッドに入って寝るだけなのに緊張もヤバくて、風見さんとの会話もこんなありきたりな返答しか出来なかった。なんと言うか……ホント情けねぇな……
「……ありがとね、増井君」
「え? な、何が……?」
「そんな慌てなくていいよ……今日一日だけで、私の生活は大きく変わった。今後生きていく上でも、今日は確実に人生の分岐点になったよ」
「……そうだね」
「もう、他人事みたいに言わないでよ……増井君がいなかったら、これからも変わらない生活を送ってたんだから。君は一人の女の子の人生を変えてしまった、その自覚はある?」
「も、もちろん!」
例えヘタレであっても、責任を放棄するようなクズ人間ではない。男が決めたことを途中で曲げるなんて、絶対にありえないことだ。
これからどんなことがあろうと、例え俺の生活に何らかの影響が及ぼうとも風見さんは……俺の大事なメイドさんは絶対に守り抜く。これは責任とかそういう問題じゃない……メイドさんはアイドルのようなものだ……それを身体張って守ることは、当然のことだ。
「……うん! その言葉が聞けて、私は嬉しいよ! おやすみ!」
「お、おう……おやすみ……」
満足そうな声でそう告げる風見さんは、おやすみと共に眠りに就いた。たぶん寝る環境的にも、ここの方が何十倍も上だ。だからすぐ寝れたのだろう。
寝る直前に放った明るく跳ねた風見さんの声……一体彼女は、どんな表情でその言葉を紡いだのだろうか? 非常に気になるところだが、今の俺の顔はきっと緩みに緩みまくっているだろう。そんな恥ずかしい表情を見せるわけにはいかなかった。
こうして風見さんとの波乱の一日が、幕を下ろしたのだった。
その後緊張で一切眠気が来なかった俺が眠りに就いたのは、四時近くのことだった……
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