7話 至高のメイドさん
風見さんとのメイドとしての契約を結んだところで、早速メイドとしてのお仕事を……とはしなかった。さすがに初日から、風見さんからしたらよくわからない不慣れな仕事をさせるわけにはいかない。いくら重度のメイド好きでも、そこまで外道ではない。
だがどうしてもしてほしいことはあった……それは風見さんに、メイド服を着てもらうことだ! 仕事はさせないとはいえ、学校でもないのに制服でいるのも可哀想かな……と思った……どう考えてもメイド服の方が可哀想とかは言わない。
そして風見さんも、仮にも雇用主である俺のお願いを無視することは出来ない。故にメイドの務めはせずとも、メイド服だけは着ることになった……端から見たら俺、ただのクソ野郎でしかない件。
だが当の風見さんはというと、意外にもメイド服を着るのに前向きだった。これに関しては運がよかったとしか言いようがない。
まず風見さん自身に、リア充特有のオタクの偏見というものが備わっていなかった……それ以前にスマホもテレビも、更には新聞もない風見さんは、そういった情報を仕入れることすらできなかったという。なんか悲しくなってきた。
あと俺が持っていたメイド服のデザインが、中々よくて本人も気に入ってくれたのも幸いした。まだ買い始めたばかりな故に、一風変わったデザインのものもなかったしな。それに歳を重ね身長を伸ばしていく内に、制服以外で着られる服もなかったから風見さん。大量に並ぶメイド服を、まるでイケてる服を探す女子高校生のように目を輝かせてみているのだ……あれ、目から汗が……
ちなみにサイズはホント偶然だが風見さんにピッタリだった……Mサイズを中心に買っていったのだが、風見さんの身長が平均くらいだったのが功を奏した。
別室にて着替えている風見さんをドキドキしながら待っている俺。自分の家だというのに緊張から正座している……どんだけ楽しみなんだよ、俺……
初めて着るメイド服に多少時間がかかっていたが、数分経ったのち別室から風見さんが姿を現した。
「ど、どうかな……?」
「……oh」
英語の成績がいいわけもないのに、風見さんのメイド姿にぽろっと英語で感嘆してしまった。それほどまでに風見さんのメイド服は完璧だった。
今回俺が着せたのは、クラシカルというタイプのメイド服だ。いわゆる現代的なメイド服で、アニメやゲームでよくみられるタイプのものだ。黒のワンピースにフリルのついた白いエプロン、更に同じ白いフリルのカチューシャを組み合わせた、ザ・現代メイド服と言っても差し支えない。ちなみにバイト先のホールの女性の方は、このタイプを着ている。
そして今、そのメイド服を身に纏った風見さんが目の前にいる。腰まで届く長い黒髪、無駄のないスタイルを、メイド服という最高の食材を用いて完成された、完璧なメイド……見た目だけは、まさに俺の理想だった。
夢にまでみたハウスメイドが、今まさに俺の前に……やべぇ涙出てきた。
「ど、どうしたの⁉ もしかして変だ……」
「そんなことない!」
「ふぇッ⁉」
急に泣き出した俺を見て不安がる風見さんだったが、俺はその言葉をすぐに否定する。その勢いのあまり、風見さんの手を掴んでしまうくらい俺は興奮していた。
「俺はメイド服の女性をみたいがためにそういう店でバイトするくらいメイドが好きだ! でも俺が思い描いていた理想のメイド……それこそが今の風見さんの姿なんだ!」
「そ、そうなんだ……」
「うん! 今、めっちゃ感動してる!」
風見さんの姿が素晴らしいと熱弁する俺、そして熱烈な誉め言葉に顔を赤く染める風見さん……ここが家の中で本当に良かったと思った瞬間だった。
「……あっ! ごめん……」
「ううん、大丈夫……」
すぐに冷静になった俺は、慌てて風見さんの手から離れた。いくら風見さんのメイド服に見惚れていたとはいえ、ほぼ出会ったばかりの女性の手をいきなり握ったのだ。マジなにやってんだ俺は……!
静かな増井家に、気まずい空気が漂った。
「……飯でも食うか」
「……そうね」
とりあえず別のことをして気を紛らわせることにした。
一人暮らしをしている俺だが、残念ながら俺には料理の才能はない。キッチンに立たせてくれない辺りで、そのヤバさは十分伝わると思う。
故にこの一年間の俺のご飯は、コンビニやスーパーの総菜が中心だった。お金がかかるゆえに外食もあまりしない俺は、こんな変わり映えのない食生活を送っていた。これを見越して母さんや妹が料理を作りに来ようとするが、全力で拒否している。こんな部屋、家族に見せられないし入れさせられない理由もできてしまったからな。
でも明日からは風見さんがいる。どのレベルかはわからないけど、家庭科をすんなりこなせるなら俺の数十倍なのは確定している。メイドさんが作る食事に、期待も高まる。
だが今日は時間も遅いし冷蔵庫に何も入っていないので、買ってきたコンビニ飯をすぐに温め、それで済ますことにした。部活をしていないとはいえ、俺も男子高校生と食べ盛りの時期だ。それを想定して二人分買ってきたのだが……この状況において好都合だった。
「……私も食べていいの?」
「ん? 別にいいよ。何か食べてるなら別だけど……多分何も食べてないでしょ?」
「そうだね。今日はまだ何も食べてなかったし……」
「今日って……もう二十三時だよ?」
「それにこんなちゃんとしたご飯久しぶり……ここ一か月くらいは、パンの耳しか食べてないし……」
「食べて……どうぞ食べてください……!」
また泣きそうになってしまった。歓喜の涙ではない……もう俺もよくわからないが、なんか泣いてしまった。
袋からコンビニで買ったカルボナーラを風見さんの前に置く。それを見る風見さんの目が、初めてその食べ物を見た子どものようにキラキラしていた……一体彼女は、カルボナーラなんていつぶりに食べるのだろうか? そもそも食べたことあるだろうか……
そんな心配をよそに大事そうにふたを開けた風見さんは、一緒にもらったフォークを使って卵を崩しかき混ぜ、少しずつパスタを巻き取る。
「い、いただきます……」
そしてそのまま震える手でカルボナーラを口に含んだ。
その瞬間、風見さんの目から涙がこぼれ落ちた。今日何回目かわからないくらいの風見さんの涙だった。
でも気持ちはわかる。本当に美味しいものを口にしたとき、自然と涙が出てしまうものだ。しかも最低でも一か月もまともに食事をしていない風見さんにとってはなおさらだ。敏感になった味覚はカルボナーラのおいしさを最大限引き出すことだろう。その反動で泣いてしまうのは、もう仕方ないことだ。
「おいしい、おいしいよ……こんなおいしいものたべたの、ひさしぶりで……ぐすっ、あれ、なんで涙が……」
「ゆっくり食べなよ……逃げていかないからさ」
「うん……ありがとう、増井君……本当に、ありがとう……」
感謝の言葉を伝える風見さんは、そのまま食事を続けていく。それも一口食べていくごとに、感謝の言葉を述べていくくらいにだ。
そんな風見さんを見ていると、いつも何気なしに食事している俺も意識を改めないと、と思う。そして自分自身のことを不幸だの不遇だのと愚痴っているヤツらに言いたい……そのほとんどの人は、相当恵まれているのだと。声を大にして言いたかった、近所迷惑になるからしなかったけど。
美味しそうに食べ進めていく風見さんを見ながら、俺も夕飯を食べることにした。もう食べ慣れて飽きを感じ始めていたコンビニ飯だったが、今日は美味しく食べれそうだ。目の前に、絶世のメイドさんがいるのだからな、マズくなるはずがない!
こうして俺はメイドさんと食事をするという、貴重な体験をしたのだった。
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