6話 秘密の雇用契約
ちょっと長いかもです
「……は? え、ちょっ……え?」
俺のありえないセリフに、風見さんは動揺を隠しきれなかった。無理して笑っていた顔も、完全に意表を突かれたみたいな表情になっていた。
まぁ、わからないことはない。俺も風見さんの立場だったら同じ反応はするし、「何言ってるんだ、コイツ?」と内心思うだろう。そのくらい、俺の発言は右斜め上すぎるのだ。
「だから、俺が風見さんの……」
「いや、聞こえなかったわけじゃないから⁉ ちょっと思考が止まってただけだから!」
「お、おぅ……」
何故か怒られてしまった……何もしてない、いやなんかしたからか……
「……え、増井君どうしたの⁉ 急に人生なんとかするとか……」
「どうしたもこうしたも……俺は風見さんを助けようと思って……」
「ほ、ホントに……な、なんか怪しい……な、何か企んでないよね?」
自衛のために自身を手で守りながら、風見さんはスッと一歩後ろに下がる。正しい反応すぎて、俺も少し困る。警戒するのは仕方ないよな……こんな甘い話、転がってるわけないし……
はぁ、しゃーない。とりあえず警戒だけは解いとくか。
「落ち着いて風見さん……俺がそんなこと出来るヤツだと思う?」
「それは、知らない……けど、確かに増井君は出来なさそうだね」
「……ストレートに言われるとグサッとくるけど、まぁいいや」
今俺の中で、男としての何かを失った気がする。だがそのおかげで風見さんの警戒心を解かせることが出来たのなら、安いものだ。
「で、でもさすがに冗談だよね? 一高校生がなんとかできる問題じゃ……」
「……実は何とか出来るんだよなぁ」
そう言いながら、俺は鞄の中からあるものを取りだし風見さんの前に置く。出したものは二つだが……一つは見慣れないものでも、もう一つは見たことはあるだろう。
「え、これ……本物?」
「うん、まぁ……一応」
風見さんの反応も予想通りだった。でもこれで信用してくれるのなら、御の字だ。
ちなみに俺が見せたのは、百万円ととある冊子だ。百万円は記念にそのまま持ってきたものだが、この状況においては大きな説得材料になって良かった。そしてもう一つは高額当選者のみに配られる冊子で、今後の心構えみたいなことが書いてあるものだ。存在自体は知っていたが、実在していたとは驚きだった。
「……増井君って、もしかしてお金持ち?」
「違う違う……ウチはそんな上流階級じゃないよ。ごく普通の家庭に生まれて、ごく普通に育てられたよ」
「じゃあこれは……」
「……たまたまバイト先でもらった宝くじが、たまたま高額当選したんだよ。金額は一億……嘘じゃないからな?」
「……さすがにコレ見て、嘘とは思わないよ。高校生が百万円持ち歩いてるなんて、普通じゃないし、赤の他人の私に言ってもしょうがないし……」
とりあえず俺が宝くじを当てたことは信じてくれたみたいだ。これを信じてもらわないと話も進まないからな……第一段階クリアっと。
「いくつか質問していい?」
「おう、いいぞ」
「じゃあ……自分で使おうとは思わなかったの?」
すっかりと真面目な表情に戻った風見さんは、聞いてきそうな疑問をぶつけてきた。多分この質問からも、俺の本気度というのを図ろうとしているのだろう……俺は大真面目なんだけどな……
「どうしても欲しいものもなかったし、何でもかんでも買っちゃったら金銭感覚バグっちゃうからな。それで自分自身を壊したくなかった」
「じゃあ貯金すればいいんじゃないかな? 一億あったら老後も苦労しないよ?」
風見さんのその意見はごもっともだし、言われるのはある程度予想していた。でも俺の中の答えは既に決まっていた。しかも相当な説得力のあるものを。
「……そんな大金、持っていたくないんだよ。お金には人生をひっくり返す力があるからな、持っていても持っていなくても」
「……お金はあればあるだけ幸せなんじゃ……」
「確かに風見さんの立場から言えばそう思うかもしれない……じゃあ、他人が急に大金を手に入れたって知ったら、どう思う?」
「どうって……いいなぁ、ずるいなって……あ」
「ま、そういうこと。あったらあったで、頭のネジが緩んだヤツの標的になるってこと。そう考えると、お金って恐ろしいものだろ?」
「……うん」
納得してくれて何よりだ。どうせ一億なんて金、普通に生きててなんとか定年までに稼げる額だし使い切るにも現実味がない……最悪失っても、何も痛手ではない。
「……増井君が大金を持っていたくないのはわかった。でもなんで今まで接したこともないような私なの? もっと他にもいるでしょ……」
「それは……たまたま大金を消費したいときに、大金を欲している人にあった。それだけだよ」
「それだけ⁉ なんか軽くない?」
「さぁな……言っとくけどさすがの俺も、全くの赤の他人には渡さないからな。クラスメイト且つお金を求めている理由が真っ当だったから、風見さんにあげてもいいって思ったんだ」
この言葉に間違いはない。これは単純に、偶然に偶然が重なっただけだ。
遅くに帰ってこなかったら風見さんと出会うこともなかったし、クラスメイトじゃなければ丁重にお帰りを願うところだったし、一億当ててなければこうやって助けるための提案もすることが出来なかった。これを偶然といわずなんと言うのか。
だがそれをきっかけに、俺が風見さんを助けようと思ったのだ。トラウマに囚われ成長できなかったこの俺が、たった一人の女の子を救いたい、そんなささやかな願いを心の底から叶えたいのだ。
「ありがとう……でもやっぱりいいよ。確かにそのお金は欲しい、でも何も苦労もせずにそんな大金をもらおうだなんて……そこまで落ちぶれたくはないよ」
「……そっか」
だが風見さんの口から出たのは、断りの返事だった。これに関して俺は何もツッコむことは出来ない。
きっと風見さんも相当悩んだ末に選んだ選択だろうし、さっきお金をもつことの危険性についても話したばかりだ。ここで無理強いさせても、考えなしに見られるかもしれない。
だが俺もそこまで想定していないわけじゃない。俺にも考えがある、いや……むしろここからが本題とも言えよう。
「じゃあウチでメイドとして働いてよ」
「……え、はッ? え?」
この反応、さっきも見たなぁ……まぁわかるけど。何言ってるんだコイツ、と思われてもしょうがない。でも俺は至って真面目だ。
「俺、料理とかできないから、いつもコンビニ飯ばかりなんだよね……風見さんは料理できる?」
「え……あ、うん。お母さんの手伝いもよくしてたし、家庭科の授業で習っているから一通りは……」
「うん、じゃあ合格だね」
俺の料理センスは絶望的だしな……実家では、キッチンに立つこと禁止されてたし。そのくらいできるなら十分だった。
「内容はこの家の身の回りの世話……料理洗濯掃除、あとその他諸々だね。今住んでるところから遠いならここに住めばいいし、もちろん三食付き。期間は俺が高校を卒業するまでの二年間で、風見さんは何も払う必要はなし……どう??」
今後の生活のことも考えれば、俺が提示した条件は十分破格と言えよう。
風見さんが今どこに住んでいて、現在どのようなバイトをして稼いでいるかはわからないが……ここ以上に良環境なんてどこにもないだろう。家政婦みたいなものだしな。
あとは風見さんの返事次第だが……その当の風見さんはというと、もう何が何やらわかんないって表情をしていた。
「……どう? 何か不満でも……」
「ふ、不満なんて……! むしろ手厚すぎるというか……もう冗談の域だよ、コレ?」
「……ま、そう捉えられても仕方ないよな。でも俺は本気だぞ?」
「……例え本気だとしても、私にそこまでの価値なんて……」
あまりの壊れた条件に、迷いながらも風見さんは提案に後ろ向きだった。確かに生活のほぼ全部を負担します~って言っても、自分にそこまでの価値があるのか。そう思うのは不思議ではない。
でも俺が風見さんにここまでの好条件を出すのは訳がある。
「何も理由なしに、こんな好条件を提案しているわけじゃない。ちゃんとあるよ、お金を出す理由は」
「……聞いても、いいかな?」
「大きく分けて二つ。まず一つ……風見さん、高校に入ってから学生らしいこと、何かした?」
「……さぁ、わかんないよ。少なくとも去年一年間は、勉強とバイトしか記憶がない」
「……そんなことだろうと思ったよ。俺は風見さんに、少しでも女の子として人生を楽しんでほしいんだよ。この高い給料も、今まで楽しめなかった分を、楽しむためだよ」
「……優しいんだね、増井君って」
自然と風見さんの顔から笑みがこぼれる。彼女の壮絶な過去を俺が知ることは出来ない……でもたぶん事情を知ってなお、ここまで優しくされたのは初めてなんじゃないだろうか。疑心暗鬼だった最初の様子は、今はもう全く見受けられない。
「……で、もう一つ。理由があるんでしょ?」
「うん、でも……これは嫌がるかな、って思うから、こんな好条件を提示したんだけどね……」
「……どういうこと?」
「もし、この家のメイドになるんだったら、制服は支給され、原則家の中では着用してもらう」
「……え? メイドの制服って……」
何かを察した風見さんは、嘘でしょと言わんばかりに苦笑を浮かべていた。だが俺はそれが本気ということを証明するために、部屋の隅にあるクローゼットを解放した。
そこにあったのは……確実に数十着はありそうなメイド服の巣窟だった。
「そ、メイド服……黙ってたけど俺、メイドフェチなんだ」
「……」
その光景を目の当たりにし、風見さんはポカンと口を開け唖然としていた。まぁ男の部屋にメイド服なんてあったら、そりゃ言葉も失うわな。
「これ……本物?」
「うん、まぁ……引いた?」
「それは……まぁ、びっくりはしたよ。これは想定外だったし……」
この反応はもう予想済みだった、むしろ優しい方だ。あまりの狂気さに逃げ出してしまうまで考えてたし。
「……メイド服を着ながら二年間ここで過ごす。一般的に恥ずかしいことを考えたら、このくらいの対応は普通だろ? それに……」
「それに?」
「風見さんが実は貧乏だったことと、俺が重度のメイドフェチだったこと。多少秘密を共有したら、信用できるでしょ?」
これこそが、俺が唯一とれる信用される手段だった。
秘密を共有させればバラされないように、無駄に互いのことを信用するだろう。俺もむやみにメイドフェチのことは広まってほしくないしな。でもそれで風見さんの信用を勝ち取れるのなら、安いものだ。
そしてその風見さんはというと……
「……あはははは!」
何故か笑われてしまった。でも風見さんがここにきて、初めて見る心の底から笑った瞬間だった。それだけでどこかホッとした気がした。
「増井君って面白いね! 赤の他人同然の私をメイドにしようとしたり、それで私の生活を何とかしようとしたり……自分の性癖もばらすなんてね! 普通ないよ、そんなこと!」
「……そうだね」
まぁ自分でもぶっ飛んだことしてる自覚はある。端から見たら、美少女相手に大金出してメイドにさせようとするヤバいヤツだ。このまま警察に突き出されても、弁解のしようがない。
「……でもね」
「うん……おぅ?」
返事をしようとしたけど、なんか変な声が出てしまった。でも仕方ないのだ……暖かく若い女性特有の甘い匂いと共に風見さんが、急に俺の胸にすがってきたのだから。
異性にここまで接近され、こんな可愛らしいことをされたのはいつぶりだろうか? 妹は除いたら……そんな経験俺にはない。それに風見さんクラスの美少女にされているのだ……心臓の鼓動が早くなるのはすぐにわかった。
「ありがとう……見ず知らずの私のために、ここまでしてくれて。ここまで切に相談に乗ってくれて、助けの手を伸ばしてくれたのは……増井君が初めてだよ」
「……そっか」
「ありがとう……ぐずっ、本当にありがとう……!」
こらえきれなくなったのか、風見さんは俺の胸の中で泣いた。声は出さずとも、服の上から染みて伝わる涙の暖かさは本物だった。多分、誰かを相手に泣いたのも久しぶりのことだろう。
ここで出来る男は、落ち着かせるためにそっと抱きしめるのだが……そこまでの度胸がないヘタレの俺は何も出来なかった……無念。
しばらくして、風見さんはゆっくりと顔を上げる。そしてしっかりと俺の目を見て、百点の笑顔を向けながら言葉を放つ。
「私を……増井君のメイドに、してください……」
こうして俺と風見さんの……秘密の雇用契約が結ばれたのだった。
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