58話 彼女の存在
人前でメイドさんである風見さんにこってりと絞られたご主人様の俺は、精神的に疲弊した状態で帰宅……ということにはならなかった。そのままの足取りのまま、俺たちはとある場所に向かった。その場所というのは……昨日芽衣とデートしたショッピングモールであった。
何故二日連続で同じ場所、しかも最寄り駅からもそこそこ離れているところに行かなくてならないのか。その理由はたった一つ……今日は風見さんとデートするためだ。風見さんとデートすることは、ゴールデンウィークが始まる前から約束していたことだからな。予想外のことは多々あったが、問題なくできそうだ。
だがデートの場所として昨日芽衣と行った場所を指定してくるとは思わなかった。てっきりもっと目新しくてデートスポットらしい場所を指定してくるものだと思っていた。それについて風見さんに聞いてみたら……
「同じところ行かないと負けかなって思って」
聞いてもよくわからなかった。別にそれにこだわる理由などないんじゃないか? 少なくとも昨日もその場所でデートした男子を、同じ場所に誘うなど悪手ではないだろうか……まぁマジレスすれば、そんなラブコメ体質の男など早々お目に掛かれないだろう。俺は超レアケースということになるな。
俺としても断る理由はなかったので、そこに行くことが決定した。俺もそこまで頻繁に出かけるようなタイプではないので、あまり知識がなさそうな場所に行くよりはマシである。
というわけでやってきた昨日ぶりのショッピングモール。ゴールデンウィーク最終日ということもあり、昨日に比べ人の数もやや多い気がした。
「うひゃ~昨日に増してすごい人だね~」
「そうだな~はぁ……」
のんきにその人混みを眺めている風見さんに対し、俺はというとやや気持ちは沈んでいた。もちろん風見さんとのデートがいやだからではない。単純に人混みが億劫だからである。
別に人混みが超苦手ということではないが、好きな人もいないだろう。わざわざ混むってわかっているのに、行きたいという気持ちにはならないのである。昨日今日に関しても、芽衣と風見さんにデートという名目でお願いされなければ家から出なかったことだろう。まぁ昨日に関しては別の目的があったわけだけど……もういいか。
「……本当にここでいいのか? 明日香だって、昨日ここにいたのに」
「うん、大丈夫だよ! 昨日はずっと楓馬君たちを尾行してたり作戦のことで楽しむ余裕なんてなかったし!」
「そういえばそうだったな……」
昨日のことなのにすっかり忘れてしまっている。それだけ今回の風見さんとのデートも緊張している証拠である。恋愛に関してまだまだ初心者である俺は、数回程度のデートじゃまだまだ慣れるものではないのだ。
それは風見さんも一緒なはずなのに、何故風見さんは至って平気なのだろうか。それが不思議で仕方なかった。やはり恋する乙女というのは、いろいろなものが吹っ切れるのだろうか? 知らんけど。
ちなみに今回の服装もデートすることは既に決定していたため、二人ともそれなりの装いをしていた。といっても俺は昨日と同じ格好だけど、その方が公平かなって……意味あるかどうかは知らないけど。
それに比べ風見さんはというと、この日のために揃えたと言わんばかりに初めて見る装いだった。トップスは黒のTシャツにベージュのロングスカート。更にキャップとスニーカーといったカジュアルな感じであった。非常に落ち着きがあって、俺は割と好きである。
いつもはメイドとご主人様、時には一クラスメイトとしての関係性だが、たまには「ただの男女」として時間を楽しむのも、悪いものではないな。あんな過去があった俺だったが、今こうして普通の男子高校生としての生活が送れるのは、間違いなく風見さんの存在が大きいのだ。
もちろん芽衣、壮馬、赤羽さんと俺を支えてくれた人はたくさんいる。だが分岐点はどこかと言われたら、あの日――公園で倒れる風見さんを介抱した日――になるだろう。
もしかしたら俺の未来は既に見えているかもしれない。だがもう少しだけ、このラノベのような日々を送っても許されるだろう。俺がそう望むように、彼女もそう望んでくれるはずだ。
「楓馬君! 行くよ!」
「おう! 今行く!」
先行する風見さんの後ろ姿を眺めながら、俺も小走りで風見さんの横に追いつく。すると何も言わず風見さんは左手を俺の方に伸ばした。その意味が分からないほど、俺だってバカではない。
その左手を、俺はぎこちないながら右手で優しく握った。だが風見さんも俺の指に自分の指を一本一本絡ませていく。まるで昨日の芽衣のように。そこも見ていたのかよ……そう考えたら恥ずかしさも自然と消えていたのだった。
美少女同級生兼メイドの明日香と、モブ男兼ご主人様の増井楓馬。俺たちの波乱万丈な主従関係は、まだ終わることを知らなかったのだった。
突然ですが本日で最終回です。詳しい事情等は活動報告に載せておきますので、そちらをご覧ください。今までありがとうございました。




