57話 二回目
激動の芽衣とのデートから一夜が明けた。結局あのあと風見さんと壮馬とも合流し、適当に会話を交えた後解散となった。壮馬はそこの後も予定があったようで、俺たちとは別に帰っていった。赤羽さんからの依頼もあったというのに、俺の頼みをこんなにも聞いてくれた壮馬には頭が上がらない。何回奢れば釣り合うのか、壮馬と別れた直後はそんなことを考えていた。
そして帰りは芽衣と風見さんの三人で帰ったのだった。普通ならしれっとデート帰りに混ざっている風見さんに苦言を漏らしそうな芽衣だったが、今日は特にそんなことはしなかった。むしろ協力してくれたことに関して、簡単にお礼を言っていたくらいだ。
俺からしたら家族以外にお礼を言っている芽衣の姿は、非常に珍しいものだった。でもその言葉をもらった風見さんは、意外にも軽く微笑んだだけだったのだ。こちらも依然二人で出かけた時の様子を伺う限りだと、珍しい反応だなと思った。主に風見さんの反応がね……芽衣の過去を聞いて泣いたくらいだったらしいし……
そんな感じで自宅に帰った後も和気あいあいと過ごし、大きなイベントもなくその比を終えたのだった。あ、最終日ということもあってか、また二人と一緒のベッドで寝てたんだっけ。まぁなんかもう初めてとかではないし、もう深く語ることもないだろう。当然のことながら、俺はまともな睡眠をとることはできなかったとだけ言っておこう。
そして迎えた今日、ゴールデンウィーク最終日。と言っても、この日の最初の予定は、既に固定されていた……芽衣の見送りだ。なんでも送ってきてもらった母さんは、本日は仕事により迎えに来れないそうだ。父さんも似たような感じで、迎えには来てもらえないようなので、自力で帰ることになる。まぁ芽衣はもう子どもではないし、帰れるだけのお金はあるから問題はないだろう。
俺はそんな芽衣を最寄り駅まで見送ることが、本日の使命の一つであった。まぁ朝はそこまで忙しくもないし、最寄り駅まで見送るだけだしな。そこまで大変なことでもないし、軽く了承したのだった。
ちなみに芽衣の見送りには、風見さんもついてきている。家に一人だけいても暇だからだそうだ。一通りの家事等のメイドとしての仕事はこなしてきたから、俺からは何も言わなかった。
「……もうすぐ、時間になっちゃうね。お兄様と離れ離れになっても、芽衣辛くないから!」
「いやなんで一生の別れみたいな雰囲気醸し出してるの? 違うからね?」
最寄り駅にて女優張りの演技力をかます芽衣に、俺は冷静にツッコんだ。なんで最後の最後まで、こんな締まらない感じになったのだろうか。てかその演技力どこで覚えたの?
時刻で言ったらだいたい朝の九時くらいで、一応ゴールデンウィークということもあり駅にはそれなりの人がいる。最後の休みを楽しむと言わんばかりの賑わいで、俺たちの寸劇など気にもしないだろう。
ちなみになんでこんな朝早くから芽衣が実家に帰るのかというと、芽衣は今日自身の隠していた境遇……いじめを受けていたについて両親に話すらしい。早く帰るのは心の準備をするためだとかなんとか。
なんなら俺もついていこうとしたが、芽衣にやんわりと断られた。いつまでもお兄様に頼ってばかりではダメ、釣り合う関係になるために少しでも自立しないといけないとのこと。不意に妹の成長を感じてしまい、少し泣きそうだったのは内緒だ。ちなみに風見さんは泣いていた。
「……ま、次会うと言ったら夏休みくらいになると思うけど、電話くらいならいつでもかけていいぞ。受験生にそんな暇あるかわからないけど……」
「そこは大丈夫……青葉の推薦で行くから!」
「……すげー現実的だな」
確かに学校では生真面目で高校の内容でさえ理解できるほどの秀才でもある芽衣なら、青葉の推薦をとるくらい難しくないことだ。それなら多分、もう勉強はいらないんじゃなかろうか?
俺との会話を一旦終えると、芽衣は風見さんの方を向いた。和やかな表情から一転、いつにもなく真剣な表情となる。
「……メイド対決、結局は芽衣の負けになった。でも夏休みこそはお兄様のメイド……いやお兄様の恋人になる……!」
「それはないかな~! 今から約三か月。それだけあれば楓馬君との距離を縮めることなんて簡単だよ! 次会うときにはラブラブカップルになってるんだから!」
そんな言葉とともに、二人の間に火花のようなものがちらついた。結局例のメイド対決らしきものは、風見さんの勝利ということで落ちついたらしい。一体何がどういう基準となって決まったのか、俺にはさっぱりわからなかった。採点も一切してないのに……
でもまぁ二人の中でそう落ち着いたのなら、俺から何か言うことなどないだろう。二人の言葉の節々から変な単語が聞こえた気がしたが、聞こえなかったことにしようそうしよう……
それにしても出会ったときに比べたら、二人は本当に仲良くなったと思う。最初はまるで敵を見つけたかのような感じだったのにな。
「それよりも芽衣、そろそろ電車来るんじゃないのか?」
「……あ、そうだった。危ない危ない」
そんなじゃれ合いの時間もつかの間、芽衣との別れの時間がやってきた。まぁ最初にも言ったが一生の別れということでもないし、会おうと思えばいつでも会えるしな。そこまで重々しいものでもない。
「それじゃあお兄様、お元気で」
「おう、いつでも連絡くれよ」
軽く挨拶を交わしたのち、芽衣は改札の方に向かっていった。この五日間ずっと芽衣と言一緒だっただけに、少しだけ寂しくなるな。やはり芽衣がいる日常も、俺にとっては当たり前の日常だったんだな。
すると改札に向かったはずの芽衣が、何故かまた引き返してきた。何かあったのだろうか?
「忘れてた忘れてた……お兄様、ちょっといいですか?」
「ん、どうした?」
芽衣が再び俺の元へ近づいたと思ったら、ちょいちょいと手招きするかのようなジェスチャーをとった。なんだ、風見さんには聞かれたくない内緒話でもあるのだろうか? よくわからなかったが、俺は芽衣の指示通り顔を芽衣の顔の方に近づけた。
だがその瞬間、芽衣によって顔を優しく掴まれる。そして本当に一瞬の時間を持って……芽衣の唇は俺のものと重なった。
あまりに突然のことだったので、俺の頭はパニックに陥った。まさかこんな人がいるところで、普通キスしてくるとは思わない。完全に不意を突かれてしまった。
俺の人生において二回目のキス。だが一度経験したからと言って、慣れるものでもない。芽衣の唇が離れてからも、俺の心臓はバクバク鳴っていた。
「芽衣のファーストキスだよ、お兄ちゃん♪」
滅多に呼ぶことがないお兄ちゃん呼びとともに、芽衣は今度こそ改札を抜けていった。最後の最後でとんでもない爆弾を落とされたことで、俺の精神は大いにかき乱されたのだった。
そして精神をかき乱されたのは、俺だけではなかった。
「……楓馬君?」
「……はっ!」
俺の背後から風見さんの声が聞こえる。だがいつものような明るいことではなく、完全に不機嫌そうな声。目の前で好きな人が別の女性とのキス現場を見かけたら、当たり前だがそうなるだろう。芽衣としては特に深く考えずしたかもしれないが、残されたこっちの状況はとんでもないことになった。
「ちょっとお話、いいよね? ご主人様?」
「……はい」
俺に選択肢などなかった。とにかく今は後ろを振り向き、少しでも風見さんの機嫌を何とかすることに集中しないといけないことだろう。だが怖さのあまり後ろを振り向けないでいる、風見さんのご主人様の増井楓馬であった。
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