表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/58

56話 解放



 ゲーセンでのひと悶着を終えた俺たちは、一旦喫茶店に避難することにした。さすがにあのままデートの続きを行えるほどの胆力は、俺にも芽衣にもなかった。

 お昼すぎで若干席が空いていたこともあり、割とすぐに俺たちも席に着くことができた。適当に飲み物を注文したのち、俺と芽衣の間に妙な沈黙が生まれた。芽衣からしたらあんなことが起こった後で、何かしゃべりたいとは思わないだろう。そんな芽衣の気持ちを汲み取って、俺も黙って芽衣が話し出すのを待つことにした。芽衣のためなら何時間だって待てる自信はあった。

 しばらく無言の時間が続き、頼んだコーヒーもやってきてお互いに一服したところで、重く閉ざされた芽衣の口が開いた。


「……最初は、お兄様やお母さんたちを心配させたくなかっただけなの」


 依然変わらない申し訳なさそうな表情を俺に向けながら、芽衣はゆっくりと言葉を紡いでいく。まだ完全に本調子というわけではないようで、若干声は震えていた。


「……いじめ自体は中二くらい、お兄様が高校に進学した時から始まった。クラスでも完全に孤立していたのと学年トップを守り続ける優等生、それに加え周りには比較的冷たく接していたのもあって、彼女の反感を買ってしまったの。お兄様も思っていただろうけど、彼女が想像以上のバカでよかった。ただ殴られるだけだったから、言いがかりとか変な噂を立てられるよりはマシだった。我慢すればいいだけの話だし……」


 言葉を連ねれば連ねるだけ、芽衣のしゃべる勢いがどんどんと落ちていった。辛い過去を思い出すというのは、それくらいメンタル的にしんどいことなのだ。俺も経験者だからよくわかる。

 だがそれをグッと堪え、断腸の思いで話してくれているのだ。俺は耳に全神経を集中させていた。


「我慢は、できた。お兄様を想えば、いくらでも我慢できる。でも辛かったことには、変わりなかった。誰一人として、芽衣の味方はいなかった……」


 その時のことを鮮明に思い出してしまったのか、芽衣の瞳から一筋の涙が流れる。声こそ出さなかったが、芽衣の心情が辛いものなのは変わらない。

 そして芽衣の話を黙って聞いていた俺はというと……自分で自分を殴ってしまいたい欲求に駆られていた。確かに長いこと一緒に住んでいなかったとはいえ、血がつながっていないとはいえ、芽衣はたった一人の俺の妹だ。そんな妹の苦しい現状を一切察することもなく、今までのうのうと暮らしていたのだ。自分が情けなくてしょうがない。


「……でもね。お兄様はお兄様だったよ」

「……え?」


 だが次に出た芽衣の言葉は完全に予想外で、俺も絞り出したかのような変な声が出た。


「だってそうじゃん。芽衣の危機的状況に颯爽と現れるお兄様の姿に、芽衣惚れ惚れしちゃったし」

「そ、そうか……俺絶対大したことしてないぞ」


 現にあの時も最初に芽衣の盾になって、少女とちょこっと話しただけだ。あとは全部芽衣がしゃべっていたし、逆に成長した芽衣の姿を見れて俺の方が嬉しい気分になりそうだった。状況が状況なだけに、そんな心境にはならなかったが。


「それに芽衣、知ってるからね。お兄様が裏でこそこそ何かしてるの」

「え……⁉ な、何のことやら……」

「隠さなくてもいいから……お兄様がわざわざこのショッピングモールを指定したので確信したし。それにさっきゲーセンにいたカップルの人、男の人はわからなかったけど女の人の方、風見さんだったでしょ?」

「うっ、そこまでバレてるのかよ……」


 既に全部バレていたことが発覚し、俺は完全にお手上げ状態だった。ここまでバレてしまったら、もう隠す必要もないな。

 芽衣の予想通り、このデートには裏があった。昨日芽衣を誘う前に壮馬から追加情報をもらったのだ。あのいじめっ子がここに来るってSNSで呟いていたようだ。ホントネットって怖いな。

 それを見越してのこのデート、もはやあのゲーセンでの騒ぎも仕組んでいたことだったのだ。芽衣を囮にするような形になってしまい本当は嫌だったが、早期解決のために俺も断腸の思いで決めたのだった。

 そして芽衣の指摘通り、さっきゲーセンで少女にとどめの一言を放ったカップルは壮馬と風見さんであった。二人ともサングラス等で変装していたのに加え、壮馬に関しては芽衣と会ったことないはずなのに看破してしまうとはな……我が妹ながら見事である。


「お兄様が芽衣のことを心配してくれたのは、すぐにわかった。だから芽衣もあの時、勇気をもって言い返せたんだ」

「そうか……」


 芽衣に辛い思いをさせてしまったのは今でも悔やまれるが、いい意味で乗り越えられたのでそれは本当に良かったと思う。もちろん芽衣の心に余計な負担をかけてしまったので、そこらへんのアフターケアはしっかり行うつもりだ。


「……そういえば芽衣、あんなに言って休み明け大丈夫かな? 逆恨みしてこないといいけど……」

「大丈夫だと思うぞ……多分アイツいないから」

「なんで⁉」


 芽衣が珍しく俺のことでもないのに大声で驚いている。その気持ちはよくわかる、俺だってよくわかっていないから。

 俺が芽衣の件を壮馬に持ち掛けた時、どういう経緯かは知らないが赤羽さんの耳にまで届いたのだ。あぁ見えて曲がったことが大嫌いな人なので、黙ってはおけなかったのだろう。珍しく電話が来たと思ったら、「任せなさい!」の一言で切れたし。


 ……これはのちに壮馬から聞いた話だが、あの少女は遠くの学校に転校したようだ。それこそ俺が元いたところよりも遥か遠く、しかも今住んでいるところよりも逆方向にだ。壮馬曰く、学校経営をしている赤羽家が近辺の学校に少女の情報を流したらしい。学校経営者として、いじめ加害者を自分の学校には入れたくない。公立高でなければ合格は難しいだろう。

 更にはしれっとさっきあったことを、中学校の掲示板か何かに書きこんだらしい。これでアイツも学校にいられなくなり、それを知った両親にこっぴどく叱られたそうだ。

 これにて学園から芽衣に危害を加えようとする脅威は立ち去った。安心して残りの中学校生活も送れることだろう。


「だから芽衣……なんか困ったことがあったら、いつでも相談してくれ。俺は芽衣のお兄ちゃんだ、妹の頼みを聞かないお兄ちゃんはどこにもいない!」

「……ふふっ、そうだね。じゃあ芽衣と結婚……」

「そんなすぐ答えられないようなお願いはしないでください!」

「冗談だよ……冗談♪」


 そんなコント染みた会話を交わしながら、芽衣とのデートは終わりを迎えたのだった。喫茶店に入った時のような曇天の空のような芽衣の表情はどこにもなく、今はすっかりと快晴模様だった。






毎日のブックマークと評価の方、ありがとうございます!


まだの方は下の方からお願いします。特に評価は最大10ポイント入れられます。

数字が増えるだけで凄く喜ぶ単純な作者なので、応援していただける方はぜひお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ