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5話 不幸な後ろ道



「それじゃあまずは……私の両親がいないって話はしたと思うけど……」

「あぁ……そうだね」

「正確にはちょっと違うんだよね。血はつながっていないけど、一応父親はいるよ。どうしようもないくらいにクズだけど」

「お、おぅ……」


 可憐な笑顔は一切崩さずにさらっと暴言を吐く風見さん、どこか腹黒さを感じる。

 まさか風見さんの口からクズなんて単語が出てくるなんて……たぶんその人は誰の目から見てもクソなんだろうな……


「じゃあ本当の両親は……」

「……二人ともいないよ。お父さんは四年生の時に事故で他界。その後私のことを気にしたお母さんが再婚したのだけど……酒、ギャンブル、暴力に隠してた多額の借金。まさに最悪の事故物件だったわけ」


 自嘲気味に笑う風見さんだがこっちは全く笑えない。ただの冗談なら笑い飛ばせたかもしれないが、これは本当に起こったことだ。いくら俺でも笑うなんてできない。


「もちろんそんなクズは働かないし、父親としての責務も果たさない。離婚しようにも暴力に逆らえなかったお母さんは、休みなくパートに出たり貯金を切り崩したりして、なんとか生活を食いつないでいた……でもそんな生活に身体が耐えきれず、三年前にお母さんもこの世を去ったの……」


 その時の状況を思い出してしまったのか、唇をかみしめながら涙を流していた。だが涙は止まらず、噛み過ぎた唇からはうっすらと血が流れた。きっと後悔しているのだろう……そんな母親を前に、何も出来なかった自分の不甲斐なさを。

 俺は静かにタンスに閉まってあったタオルを取り出し、そっと風見さんに渡した。最初は受け取るのを拒否していたが、耐えきれなくなって素直に受け取った。そしてそれで顔を覆い、口から嗚咽が漏れる。


「うっ、ぐすっ、うぅぅっ……」


 タオル越しに聞こえる風見さんのむせび泣きに、俺も貰い泣きしてしまいそうだった。風見さんが心配するから、泣くなんて真似はしないけど。

 きっと俺自身も、目の前で泣く風見さんに同情したのかもしれない。母親の死を前に何も出来なかった風見さんと、そんな風見さんを前に大したことをしてやれない俺。今の状況が、少しだけ近しいものを感じたのだ。もちろんそのレベルは雲泥の差だけどな。

 しばらくして落ち着いた風見さんが、タオルから離れ言葉を続ける。


「……お母さんの死が明るみになって、やっとあのクズもお縄に就いたの。育児放棄と家庭内暴力、もちろん檻の向こうに行った。少なくても軽く十年以上は出れないはず。そして両親がいなくなった私は、叔母の家族と暮らすようになって一件落着……にはならなかった」

「……生活面か」

「うん……お母さんが死んだときには、もうウチにお金はなかった。借金自体は私が背負う必要がなかったからどうにかなった。でもいくら叔母に拾ってもらったとはいえ、年金暮らしの叔母たちにこれ以上迷惑をかけたくなかった……だから私は、高校生になって独り立ちをしたの」


 弱冠十五歳での独り立ち。しかも完全にゼロからのスタート。一人暮らしをしている俺だからわかるが……それはあまりにもハードモードすぎる。


「もちろん、叔母は反対したよ。子どもの貴方がそんなこと考えなくていいって……でも私には耐えられなかった、迷惑をかけるだけの今の存在が」

「……そうか、だからいつも学年トップなのは……」

「うん……青葉学園は、入試と年間の成績で総合一位だった生徒の学費を全額負担する制度がある……周りの高校にそんな好条件がなかった私は、すぐに飛びついて……とりあえず去年は年間通して一位を守り抜いた、向こう一年の学費は免除になったよ」


 壮馬の話を信じていなかったわけじゃないが、学年トップの事実は真実のようだ。

 俺には学年二位の知り合いがいるが、彼女が一位を取れない理由が分かった……あまりにも覚悟が違い過ぎるんだ。


「もちろんそれだけじゃ生活できない……ほとんど毎日バイトを入れて、頑張って生活したよ。高校生のバイトなんてたかが知れてるけど、なんとか一年は生活出来たんだよね……今日で限界が来ちゃったけど……」


 言葉を口にするたび表情が暗くなっていく風見さん。よく見れば身体も全体的に細く、肌も若干荒れている気がする。よく今まで周りに悟られなかったなと、ここまで来ると賞賛してしまうレベルだった。でもそんな状態の風見さんにかけてあげられる言葉なんてなかった。

 一般家庭で慎ましく暮らしていた俺に、風見さんの心情なんてわからない。もちろん風見さんが今までどんな思いで生活していたなんて知る余地もない。本当の意味で人生の崖っぷちに立ったことなんてないからな。

 でも一つわかることといえば……並大抵の言葉じゃ、風見さんの心に響かないことだ。経験したこともないのに知ったような口を聞かれても、言われた本人にとってはうっとうしい存在でしかない。それはせっかく話してくれた風見さんに失礼だ。


「……これからどうするんだ?」

「どうするって……決まってるよ。また明日から同じ生活を続けるだけ。とりあえず高校を卒業するまではずっとかな……」


 もう全てを悟ったような表情の風見さんは、心配させまいと俺には笑顔を振りまいた。だがそれを見て、俺は心臓が締まるくらいに苦しくなった。

 もし神様が目の前にいるんだったら、思いっきりぶん殴りたい気分だ。一体なぜ、彼女にこんな運命を歩ませるんだと。彼女はただ、正しく生きているだけだというのに……


「……ごめんね。夜遅くまで迷惑かけちゃって。もう帰るね」

「え、帰るって……今から?」

「うん、学校とかバイトの準備もあるしね。ちゃんと睡眠だけはとっておかないと……寝れるかどうかは、その日次第だけど」


 もう風見さんの自嘲にはうろたえない……いや、うろたえる余裕なんてなかった。それよりも、俺の中で占めている感情があらゆる思考を邪魔してくる。


 俺は風見さんに、何もしてやれないのか……今の話を聞いて、俺は自分自身に対し憤りを感じた。

 俺は今までどんな人生を生きてきた? 確かに俺も人生を変えてしまうくらいの出来事はあった、そのせいで一時ヤバい状態にもなった。でもそれを除けば何不自由ない幸せな生活を送っている。現にこうやって一人暮らしもできているわけだし。

 だが風見さんはどうだ? 不幸という不幸の多くを受けて、その枷を今も引きずる人生。おそらく女の子らしいことなんて一つもできていないのだろう。高校生という大事な時期に、生活を守ることで頭を抱える人生なんて地獄以外の何物でもない。そんな彼女の人生は、あまりにも可哀想だ。

 だがそうやって言葉だけで慰めるのは誰でも出来る。行動を起こしてやっと一人前の人間だ。そして俺は、言葉だけで片付ける人間にはなりたくない。

 風見さんのために俺が出来ることはなんだ? 考えろ、頭がねじ切れるくらい考えろ!全ては目の前の女の子の人生を、カラフルに彩るために!


「……風見さん今の生活、もちろん嫌だよね?」

「えっ……う、うん。もちろん嫌だよ。でもどうしようもないんだよ! 叔母には迷惑かけたくないし、他に助けてくれる人なんて……」

「……そうか」


 これを聞いていたとき、俺の頭は真っ白。というかその場で考えて、ただそのまま口にしているだけだった。あとで思い返しても、正確なセリフは降ってこなかった。だがその時の俺は、その位必死だったってことだ。

 俺は鞄の中からあるものを取りだし、風見さんの前に放る。それは誰もが知っているもの、そして誰もが大切にしているものだ。俺も用事がなければ家からは出さない。今日はたまたま、突発的な用事が出来たから鞄に入っていたものだ。





「風見さんの人生、俺がなんとかする」





 俺が放ったのは、一億が振り込まれる予定の通帳だった。






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