49話 デート作戦、決行
俺の突然のデート発言から一夜明け、ゴールデンウィークも終盤に差し掛かる四日目。まるで全ての学生を喜ばせるかのように、ゴールデンウィーク四回目の晴天が空に広がっている。
芽衣とのデートのために、今日俺はいつものショッピングモールではなく別のところに来ていた。そこは今住んでいる家と実家の中間くらいに位置するところにあるショッピングモールで、俺も行ったことはなかった。別に場所のチョイスに意味はないが、毎回同じところよりは目新しくていいだろう。
さて芽衣とのデートなのだが、俺もこういった形のデートは初めてなものだから今も超緊張している。既に待ち合わせ場所にはいるのだが、さっきからソワソワして仕方なかった。
初めて風見さんと一緒に出掛けた時も、どちらかというとデートと言うより買い物の意味合いの方が大きかった。それ以降はいろいろあったりして一緒に出掛ける機会というのは結構減っていった。そして同じように、デートする機会もなかったわけだ。
だからこそこの芽衣とのデートが、俺にとっては実質初デートなのだ。緊張しないわけがなかった。今も緊張がヤバすぎて、胃から何かが出そうなくらいだ。
だが緊張しているのは残念ながら俺だけのようで、芽衣は至って朝からいつも通りだった。長年一緒に住んできた俺やライバル関係でもある風見さんでさえ、芽衣の立ち振る舞いに違和感を持つことはなかった。
昨日俺が芽衣に向かってデート宣言をした時も、大げさに驚くことはなく淡々と了承していた感じだった。確かに前々からデートに誘おうと計画していた芽衣からしたら、特に驚くことでもなかったのだろう。「え、あぁ……うん、わかった」といった反応だった。
でも俺から誘ってくるとは思ってなかったらしく、そこだけは驚いていたみたいだ。証拠に俺から目をそらし、赤くなった頬が映る横顔が見えたし。
そんな感じで互いに、程よい緊張感を持った状態でのデートだ。俺にとっても、多分芽衣にとってもいい経験になることだろう。ちなみに同じ家にいるのに待ち合わせをするのは、芽衣の希望である。せっかくデートをするのなら、徹底したいとのことだ。
「……そろそろ、か」
俺は腕時計を確認し、辺りを見渡す。現在の時刻は九時五十九分。待ち合わせの時間は十時なので、あと一分。芽衣が俺との約束を破ったことなど、過去一度だってない。そして誰から見てもしっかりしている芽衣は、時間にも超正確。この状況において遅れることなど、まずありえない。
「……お兄様、おまたせ」
聞き慣れた声が耳に入り俺は視線を上げると、目の前には芽衣が立っていた。次いでに時計をチラッと見ると時刻は十時ちょうど、一分の狂いもなかった。もはやさすがと言うべきか。
「おう、芽衣か。いや、そんなに待ってないぞ。さっき来たばっか」
「嘘つき……三十分以上も前に家出たの、知ってるからね」
「まぁな……でもこういうセリフをお望みだろ?」
「……そう言われると、否定できない」
俺の言葉で照れを見せる芽衣だったが、そんな言葉を口にした自分自身も恥ずかしい。自分から言い出したデートなのだから、芽衣を妹ではなく一人の女性として接しようと決意したのだが……いざ言葉で示そうにも恥ずかしいものだな。
だが芽衣の心には結構ささったみたいなので、それならよきかな。
「それよりも……どう? 今日の芽衣の服装は?」
「もちろん似合ってるぞ。やっぱ芽衣には黒が似合うな」
「お兄様……口が上手なんだから……」
芽衣の質問に対し語彙力十点くらいの感想しか言えなかったが、芽衣はまんざらでもなさそうだったのでよかった。
今日の芽衣の恰好も相変わらず全体的に黒っぽいものだった。柄が入っていないシンプルな黒のTシャツに、最近少しずつ暑くなってきたのか丈の短い青いスカートという組み合わせだ。本当に暑いと思っているなら上も黒以外にすればいいのに……と思うけど、それは無理だろう。多分芽衣、持っている服の大半は黒いだろうし。
「そういうお兄様も、黒がお似合いだよ」
「そうか? てかこの服、昔芽衣に選んでもらったヤツだけどな」
「じゃあ私のセンスが当たってるってことで……」
「たく……芽衣も口がうまいな」
たとえ血がつながってなくても、口のうまさは似てるもんだな……俺の場合は家族や親しい友人限定だけどな。初対面だったらもっと丁寧にいくし、きっかけがなきゃ女性とはしゃべらんしな。
ちなみに今日の俺の服装は、言葉の通り芽衣のコーディネートのものだった。ベージュのパーカーの上に黒のジャケット、下は黒のパンプスといった感じだ。こんなに晴れると思っていなかったのと昨日まで風邪ひいていたというのもあってちょっと厚着にしたのだが、普通に間違いだった。まぁ最悪ジャケット脱げばいいんだけどな。
「それで……今日はお兄様がエスコートしてくれるんでしょ?」
「まぁな……あんまり期待するなよ」
「うふふ……ガッツリ期待するね」
「採点、甘めでお願いします……」
これから先のことを考えると、つい頭を抱えたくなってしまう。それとは裏腹に、芽衣の機嫌は一気に高まる。今まで兄妹としてのふるまいしかしてこなかったからな、芽衣がそういう態度をとるのもうなずける。
今回のデートを遂行するにあたり、芽衣からお願いされたことが一つある……それがデートのエスコートをすることだ。今まで芽衣と出かけるときも、芽衣に引っ張られるまま付き合ったという感じしかしなかった、と芽衣も言っていた。今後のためにも一度、俺のエスコートを体験したいとのことだ。俺そういうの苦手なんだけどな……
それに今回のデートはただ芽衣と遊びに行くだけが目的ではない。芽衣の機嫌を伺いつつ、芽衣の内情を聞き出すという使命があるのだ。その作戦を遂行させるために、いろいろ手回ししたくらいだからな。
あまりこういうやり方は、俺も好きではない。どこかで芽衣をだましているような感じがして、心の底から申し訳なくなる。だがこれも、芽衣を救う一環として考えれば……まだ割り切れるか。
とにかく今は、芽衣とのデートを一層盛り上げる。そのことだけを考えよう。
「んじゃまぁ……時間も惜しいし、早速中に入りますか」
「そうだね。それじゃあ……ん」
「……ん?」
時間も差し迫っているわけなので早速中に入ろうとすると、芽衣が俺に向かって手を差し伸べてくる。この状況において、手を差し伸べる行為がどういう意味をしているのか。それがわからないほど馬鹿ではない。
覚悟を決め、俺は差し伸ばされた芽衣の手をゆっくりと握る。芽衣の手を握るのは本当に久しぶりのことだが、昔と変わらず小さくて柔らかく温かいものだった。
だが芽衣は握るだけでは飽き足らず、俺の指一本一本に自分の指を絡ませてきた。いわゆる恋人つなぎってやつだ。
「っておい……!」
「このくらい、いいよね?」
「うぅ……しゃーねぇな……」
笑顔で了承を求めてくる芽衣に、俺は諦めてそれを受け入れるしかなかった。なんだかんだで芽衣に甘いのは、昔から変わらないことであった。これくらいのこと、今後起きることに比べれば絶対ハードルは低いはずだ。ビビってる余裕は、ない……!
こうして俺と芽衣による「初めてのデート」が始まったのであった。
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