45話 義妹の不安
今日一日の予定が決まったことで、その後の二人の行動が異常に素早かった。
まず作りかけていた自分たちの朝食を即行で作り、さっと食べすぐ片付ける。これら全てを十分で済ませる驚きのスピードだ。その光景を自室のベッドにいた俺は見ていないが、そんなに慌てるもんじゃないぞとは思った。
そして自分たちの作業が終わるや否や、すぐに俺の看病に取り掛かる。とは言っても俺自身、その看病の様子はちゃんと見ていない。風見さんがすりおろしたリンゴを食べ、家にあった風邪薬を飲んだらすぐ寝てしまったからな。当然そこからの記憶はない。
その次に起きた時は、既に昼近かった。近くにあったスマホでは、十一時近くを示していた。俺が眠りに就いたのが確か七時半くらいだから、三時間以上寝ていたことになるのか。
「……目が覚めたの、お兄様?」
「んあぁ? あぁ……芽衣か」
そして俺が寝ているベッドのそばでは、芽衣が椅子に座って俺のことを眺めていた。芽衣のすぐ近くに数冊の文庫本が積み重ねられているのを見る限り、おそらくずっとそばにいてくれたのだろう。俺がいつ起きてもいいように。
「どう、身体の様子は?」
「ん? そうだな……少し寝たからよくなった気はする。完治、とまではいかないけど」
「そうですか……」
芽衣に身体の調子を聞かれたので、俺は正直に答える。
実際薬飲んで寝ていたおかげで、体調は随分良くなった。朝起きた時に比べ、頭にあった熱っぽさはだいぶ和らいだ気はする。この調子なら明日にはよくなっている可能性が高いな。
「……アレ? そういえば明日香は?」
「風見さんなら買い出しに行ったよ。風邪薬が切れたのと、冷えピタとかおかゆの材料とかその他もろもろを買いに。風見さんがいない間は、芽衣がお兄様を見守っていたの」
「そっか」
どちらにせよ、何かしらの決闘が開かれた後にこうなっていないだけマシか。まぁ多分午後からは風見さんが俺のことを見てくれそうだが。
「それよりお兄様。よかったら身体拭くけどどうする? 多分汗でびっしょりでしょ?」
「ん? あぁそうだな……背中だけ頼めるか。他は自分でやるから」
「もちろん……むしろ全身隈なく……」
「それはいい」
一気に貞操の危機を感じたので、即行で断った。絶対冗談で言っているだろうけど、芽衣が言うととても冗談には聞こえないんだよな。昔はこんなことなかったのに……
芽衣が身体を拭くものを持ってくる間、俺は予め上着を脱いでおいた。芽衣の予想通り、上半身は寝汗でびっしょりだった。合わせて着ていた肌着など、既に使い物にならなかった。
その肌着も脱ぎ上半身裸になったところで、必要なものを持った芽衣が部屋に戻ってきた。いくら血がつながっていないとはいえ、妹に上半身を晒したところで俺は何も思わない。むしろ向こうから悪態をついてくる、それが一般的な兄妹だろう。だがウチの家庭は違う。
「お、お兄様……そのような恰好で……もしや芽衣と……?」
「違うから! 身体拭くから予め脱いだだけ!」
「もちろん、わかってますよ」
うふふと笑みを浮かべる芽衣の姿に、俺はきっとジト目で芽衣のことを見ていたのだろう。人の心なんて読めないが、おそらく隙さえあれば狙っていただろう。
とりあえず身体を拭いてもらうため、一度ベッドから起き上がる。やはり動くと少しつらさはあるものの、一応最低限の動きだけは取れるみたいだ。さすがに自力でトイレに行けない状態なのは、少し恥ずかしいからな。
芽衣の方に向いたところで、芽衣は桶を持って俺の後ろに回る。タオルをお湯につけて絞り、俺の背中を拭き始める。水で絞らなかったおかげで、冷たさでびっくりすることなくスムーズに背中にたまる汗が取り除かれていく。
「お兄様……お背中、大きくなったね」
「そうか? 身長は中学の時から変わってないけど」
「そうじゃなくて……より頼りになったと言えばいいのかな?」
より頼りになった……? 芽衣にそう言われたものの、自分ではあまりピンときていない。確かに風見さんの件があったことで、人間としてはそれなりに成長しているとは思うけど……少なくとも病弱状態の今の俺じゃあ、頼りがいの欠片もない。ずっと背中も丸めたままだしな。
「それにお兄様の背中は好きだよ。昔はよく追っかけていたし」
「……そういえばそうだな」
思い返せばそういう場面は山ほどあふれ出てくる。家族で外出するときはいっつも俺の後ろに引っ付いてくるし、中学に上がって部活に所属しだしてからも試合には必ず見に来てくれた。まだ俺がスタメンに上がる前とかも来てたくらいだし。
「……芽衣はもう一度見たいな。コート上で輝くお兄様の姿を」
「輝くって……俺のポジションなんて地味だったし。それに……多分もう、俺がバスケをすることはないよ」
「……そう、だよね。ごめんね……」
しかしその何気ない会話のやり取りで、部屋の雰囲気は一気に気まずくなった。主に芽衣が、俺のある過去を思い返したことによって。
俺自身まだ若干引きずっている部分はあるが、風見さんのこともあって少しずつ立ち直りつつある。だがそんなことは知らない芽衣は、地雷を踏みぬいたと思っているのか珍しくしおらしくなる。
全然芽衣のせいではないのに……むしろ一番苦しい時に支えてもらったくらいなのに……クソッ、芽衣にこんな思いをさせたいわけじゃないのに……!
「……懐かしいな、この感じ」
「……え?」
この状況を何とかするために、俺は強引に話題を切り替えることにする。若干内容が被っている気はするが、何とかできるならなんでもいい。
芽衣も芽衣で俺からの急な話の切り出しに、若干戸惑っている様子だ。
「ちょっと昔のことを思い出してな……俺が引きこもってた時も、よくこうして芽衣に身体を拭いてもらってたなって」
「……そういえば、そうだね」
思い返せば懐かしいものだ。幼馴染に振られてから引きこもり続けてからのひと月。ほぼ廃人のような生活を送っていた。ベッドから一歩も動かず、トイレくらいしか部屋から出ないような、そんな生活を送っていた。
そのさなかで俺の支えとなったのは、間違いなく芽衣だ。風呂に入るのも渋ったときは、恥ずかしながら身体を拭いてもらってたっけ。
今ではまだ笑える話だが、当時は本当に悲惨的だった。芽衣がいなけりゃ、精神崩壊待ったなしだったな。
「あの時芽衣がいてくれなきゃ、俺はとっくの昔に狂ってたよ。だから……この件に関してはもう何回も感謝しているけど……ありがとな、芽衣」
「はわわわわっ!」
通算何回目かわからないくらいの感謝の言葉を、再び芽衣にぶつける。言葉の通りもう何回感謝してきたかわからないし、きっとこれからもしていくことだろう。
そして芽衣はというと、いつにないくらいの慌てようを浮かべていた。この光景ももう何度目かって言った感じだ。結構真剣なムードで感謝されると、毎回こんな感じだっけな。珍しく顔も真っ赤だしな。
「み、水換えてくる……うおあっ⁉」
「ちょ、芽衣⁉」
恥ずかしさに耐えきれず、芽衣は桶を持って一旦部屋から出ようとする。だが勢い余って、何もないところで足がつっかえ転倒した。
桶に入っていた水は器用にこぼさないようにするが、溢れた水は芽衣の顔にぶっかかる。そして膝より上にあるくらいの芽衣の短いスカートは、無情にもめくれあがってしまう。すると無残にも可愛らしい下着が、俺の方へと晒されてしまう。
「……ッ⁉」
その光景を前に、俺は思わず固まった。当たり前だが芽衣の下着を見て興奮する、というマンガみたいな展開ではない。俺が凝視していたのは、下着とともに晒された芽衣の太もも……そこに刻まれた不自然な模様だった。
「いてて……」
「あ、芽衣大丈夫か⁉」
だがとりあえずは芽衣を心配し、声をかける。当の本人は顔がびしょびしょなこと以外、特に気にしていない様子だ。
「ご、ごめんね。すぐ何とかするから……」
「お、おう」
多少なり部屋の床を濡らしてしまったことを非に感じている芽衣は、すぐに何とかするために部屋から出ていった。そして俺はというと、そんな芽衣をただ見送ることしかできなかった。俺の脳裏には、芽衣の太ももがくっきりと刻まれていた。
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