43話 一安心か
視点戻ります
突然招集されたバイトを終え、どっと疲れが増した俺。少し体調も崩していたこともあり、終わったときにはまた少し悪化している気がする。退勤するときも、島田さんに軽く顔色を心配されていたしな。
だがこのくらいは、さほど問題ではない。これでも身体は丈夫な方で、中学生になってからは寝込むほどの病気になったことはない。トラウマで寝込んでしまったことはあったが、それは除かせてもらおう。
そんな俺は自分の体調以上に、気になること……というか気が気でないことがあった。
(明日香と芽衣……仲良くしてるのか……?)
それはもちろん、家に残していった二人のことだ。昨日の時点でも二人の仲は、どんなによく見ても良好という風には見えなかった。俺の前ではまだ抑えていたかもしれないが、二人きりになったらどうなるか……皆目見当もつかなかった。
今日は早く終われたので現在十八時前。家を出たのが九時とか十時なので、八時間くらいは家を空けていたことになる。
(どうか殺伐とした空気になっていませんように……)
それだけを願いながら、俺は自宅まで帰ってきた。一応夕飯のこともあり、事前に十八時に帰ってくることは風見さんに伝えてある。それを見越して仲を取り繕っている可能性はあるが……扉を開けないことには、何も始まらない。
気持ちを固め、俺は自宅の扉を押した。
「た、ただいま~」
「あ、お兄様。おかえりなさい」
「おぉっ! なんだ芽衣か……」
扉を開けた途端、玄関では芽衣が俺を出迎えるためか待機していた。もちろん貸してあげたミニスカメイド服でだ。
確かにだいたいの帰りの時間は伝えていたけど……まさかずっと待っていたのか? だとするならば、少しだけ悪い気がした。
「悪いな、なんか待たせちゃったみたいで」
「大丈夫、ご主人様を出迎えるのもメイドの仕事……って風見さんも言ってた」
「そ、そうか……」
なんかその光景も容易に想像できるな。自信満々に胸を張って、芽衣にメイドとは何たるかを説明する風見さんの姿が。そしてそれを冷めた顔で聞いている芽衣の姿も。
「……アレ? その明日香は?」
「風見さんなら今、夕飯の準備を。もう出来上がるよ」
「明日香がご飯の準備か……」
風見さんがいないことに対する芽衣の返しに、俺は少し疑問に感じた。もちろん風見さんが夕飯を作ることに関しては、もう何も思わない。この家においては当たり前のことだし。
だがそれを芽衣が許したことに関しては、普通に意外ではあった。俺に食べさせる料理ってだけで、芽衣は絶対に譲らないだろう。てっきり芽衣が作っているものかと思っていた。
しかしその回答はすぐ聞くことになった。
「芽衣もさっきまで少し手伝ってた」
「え? ってことは二人で作っていたってこと?」
「そうだね……全部が全部じゃないけど」
マジか……と言葉には出さなかったものの、俺の中ではそれくらいの衝撃はあった。
基本的に芽衣は俺に嘘をつかない。それに今回に関して言えば、嘘をついても風見さんから聞けば真実はすぐわかる。つまり芽衣の語ることは、全て本当のことだ。
だがもし芽衣が本当に風見さんと一緒に料理をしていたとするならば……風見さんは一体、どんな手を施して芽衣を懐柔させたのか? もはやこの言動事態が不思議で仕方ない。
「お兄様も着替えたらすぐ来てね」
「あぁ、うん。わかった」
俺にそう言い残した芽衣は、リビングの方に消えていった。きっと風見さんのサポートでもするのだろう。
疑問が疑問で頭を埋めていく中、ぼーっとするわけにもいかず俺は自室に行って着替えることにした。まぁ後で風見さんに聞けばいいか。
「芽衣ちゃん? 結構仲良くなったよ。昼間は二人で出かけていたし」
「え、そうなの?」
夕飯も終わり、芽衣がお風呂に入っている間のわずかな時間。風見さんと二人きりになったことで、二人の現状について聞いてみた。聞く機会をうかがうまでの時間、もやもやして仕方なかった。
だが風見さんの口から飛び出たのは、予想すらできない展開だった。風見さんと芽衣が仲良くなるルートが存在していたなんて……
「うん。暇だったから親睦を深めるのも兼ねてね。最初はあまり乗り気ではなかったけど」
「だろうな」
昨日の様子を見ていたら、誰だってわかるだろう。今朝の割と平和的な光景も、俺の前だから繕っていた可能性が高いのは目に見えていた。なんなら別行動していた未来も十分に考えられる。
「でも渋々ついてきてくれて一緒に店を回っている内に、結構仲良くなったんだよ。楓馬君を取り合う仲なのは変わらないけど、それ以外はちゃんと仲良くなれた気がする!」
「そうなのか……芽衣は嘘とかもつかないしな。明日香に対してその態度なら、本当だろうな」
芽衣が風見さんに対してそこまで素直になるなんてな……だがそれ以上に、芽衣の好感度をそこまで持って行った風見さんの技量もすごいけど。俺に全く同じことをしろと言われても普通に無理である。コミュ障ではないが、最初から好感度がゼロに近い相手をそこまでにするなんてなかなかできないことだぞ。
「それにね。芽衣ちゃん、いろいろ私と似てたから……昔のこととか」
「……っ! 聞いたのか?」
「うん、芽衣ちゃんが話してくれて……」
「そうか……」
昔のことというワードで、俺は全て察した。おそらく芽衣が小学校の時にいじめを受けていたことだろう。まさか芽衣が、あの件を自分の口から言う日が来るなんてな。
「あの時は思わず泣いちゃったけど、私決めたんだ。芽衣ちゃんにはうんと優しくしていこうって。それこそ自分の妹のように」
「……そうしてやってくれ。芽衣もきっと喜ぶ」
決意を固める風見さんを、俺は暖かい目で見守った。こうやって身近な人が、人として成長していく姿を見れるのは本当に喜ばしいことだ。
そして何よりその相手が風見さんなのが、なお嬉しい。一度助けられた彼女が、他人を助ける姿はなんてすばらしいことなのだろう。もう少し涙腺が緩かったら多分泣いていた。
だが安心したのもつかの間、ちょっと頭痛が走った気がした。態度や顔には出さなかったものの、やはり体調は本調子ではないみたいだ。これはさっさと寝た方がよさそうだな。
「あぁ、すまん。疲れたからちょっと寝るわ」
「そうなの? 大丈夫? お風呂は?」
「あぁまぁ多分大丈夫。風呂はまぁいいや。最悪シャワーで済ますから」
「わかった、何かあったら呼んでね」
「おう」
風見さんと言葉を交わした後、俺は自室に戻っていく。部屋に入って扉を閉めた途端、更に咳がこみ上げる。
「ごほっごほっ! 大丈夫かこれ……」
結構不安ではあったが、とにかく寝るしかない。明日もバイトだが、この調子で出れるかどうか、不安になってくる。
「……ま、大丈夫か。そこまでやわな身体じゃないし」
でも気のせいだと身体に言い聞かせ、このまま寝るほかない。仮に明日はなんとかなっても、その後のことは普通に怪しい。もしかしたら二人には世話になるかもしれん。
その可能性を低くするためにも、さっさと寝よう。部屋の電気を消しベッドに入ったのち、俺は目を瞑る。明日には何とかなっていることを願いながら。
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