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42話 芽衣ちゃんの過去



 ファッション対決を終えた私たちは、お昼をとることにした。結構集中していたのもあってか、時間は二時を回る直前くらいだった。

 そして時間も時間だったので、フードコーナーに来た時には人の姿も少し減っていた。ゴールデンウィークじゃなかったらもっと人がいなかっただろうけど、まぁ贅沢は言えない。

 フードコーナーのどのお店も行列ができているほど並んでいなかったので、私たちは自分が食べたいお店に行き先に食べ物だけ受け取ることにした。席も十分空いているし、先に確保するほどでもなかったし。


(食べたいもの、ね……)


 立ち並ぶお店を前に、私は悩みに悩んだ。

こうしたフードコーナーは、昔は当たり前だが今もあまり縁がない。昔はお金がなかったという大きな理由があるが、今の私は楓馬君に炊事を始めとした家事全般を任されている。わざわざフードコーナーに行く理由はない。だからあまり慣れていないという理由にもなる。

 あと元貧乏人の私からしたら、普通にどれも美味しそうに見える。だからどれを食べても、満足度的には変わらないだろう。


(でもできるだけ参考にできそうなのを……)


 その中でも私は、ファーストフード店をチョイスした。ハンバーガーを作る機会なんてまず訪れないし、一度くらいはサプライズ感覚で作ってみたいものだ。まぁお店の味をそのままマネできるとは到底思っていないけど。

 おすすめと書いてあったものを適当に頼み、出来上がるまで少し待つ。するとものの数分もしないうちに、完成品が私の元に届く。ファーストフード店の回転の早さはうわさには聞いていたが、これほどとはね……


 買ったものを持って、芽衣ちゃんと空いている席を探す。どうやら芽衣ちゃんはまだ買いに行っている最中なのか、席に座っている様子はどこにもなかった。仕方ないので先に座っていただくことにした。

 包装を破り、初めて目にするハンバーガーを口にする。


「……んんッ⁉」


 その瞬間、あまりにも破壊的な味覚の暴力に、私は思わず声が漏れる。幸い周囲の席には誰も座っていなかったので、この情けない声が聞こえることはなかった。

 だが周りのことなど露知らず、私の中に占める感情は一つだけだった。


(美味しすぎる……⁉)


 歓喜。ただストレートに至高の食べ物を口にし、震えるほどその味に酔いしれた。

 パンの中に肉とピクルス、そしてソースが入っているだけの簡単な料理。「濃い味が好きなんだろ?」と言わんばかりに、ソースが濃厚な味を生み出している。もちろん大量に食したら、体形の崩壊は免れないだろう。

 だがそれを加味したとしても、若者を始め多くの世代に愛されている理由がよく分かった。これで喜ばないのはきっとベジタリアンくらいだろう。

 私は芽衣ちゃんがまだ来ていないにも関わらず、パクパクと買ったハンバーガーを食していく。すると遅れて買ってきた芽衣ちゃんが、トレイを持ってやってきた。


「……食べるの早いね」

「あ、芽衣ちゃん! ごめんね、先食べてて!」

「それは別にいいけど……がっつきすぎだよ。口にケチャップついてるし」

「えッ⁉ ホントに⁉」


 芽衣ちゃんに指摘され、私は急いでティッシュで口元を拭いた。それと同時に、猛烈な恥ずかしさに襲われた。これがまだ芽衣ちゃんだったからよかったけど、楓馬君なら恥ずかしさが限界を超えてどっかに消えてしまいそうだ。

 そんな私など目もくれず、芽衣ちゃんは手に持ったトレイをテーブルに置き私の真正面に座った。だがトレイに乗っていた物を目にし、私は思わず固まった。


「……何それ?」

「何って……ラーメンだけど?」

「いやそれはわかるけど……」


 私もラーメンがわからないほど世間知らずではない。私がツッコみたかったのは、その量だ……器から麺やトッピングが飛び出しているのだ。それはまさしく山のように。

 それを見た時、私はつい口に手をやった。これをもし自分で食べると考えると、なんか出てしまいそうだ。


「……芽衣ちゃんって、そんなに食べるの?」

「そうだね。いっぱい食べないと大きくなれないし」

「でも昨日の夜はそんなに……」

「……お兄様の前で、そんなドカ食いできないよ」


 少し恥ずかしそうになりながらも、芽衣ちゃんはラーメンをすすっていく。その光景は既に慣れているようにも見え、想像以上のスピードでラーメンは減っていく。これだけ食べれるのは本当のようだ。

 そんな芽衣ちゃんの光景を、私は自分の食事も止めなんとなく眺めていたのだ。


「……どうしたんですか? じっとこっちを見て?」

「え、いや……芽衣ちゃんって面白いなぁって」

「面白い……芽衣が?」

「うん。最初は楓馬君以外でなれ合う印象はなかったけど、笑ったり悲しんだり恥ずかしがったり。楽しそうだなって思って」

「楽しそう、か……」


 見つめていた真意を聞かれたので、私は素直に思ったことを芽衣ちゃんに伝えた。特に深い意味などない、ただ何となく芽衣ちゃんを見てそう思っただけだ。


「……そうだね。芽衣も自分で、結構楽観的になったなとは思うよ。まだちょっと、幼稚な部分はあるけど」

「そうなんだ……その言い方だと、昔は違ってたみたいだけど?」

「……うん。昔は今みたいにしっかりしてなかったし、弱かった。正直なんのために生きてるんだろう? とさえ思ったくらい」

「え……?」


 突然シリアスな空気に突入し、私は思わず固まった。芽衣ちゃんもさっきまでの感情豊かな表情はどこかえ消え、少ししんみりとした顔になっていた。


「私がお兄様と血がつながっていないことは知ってるよね?」

「う、うん。楓馬君のご両親の親友の子、だったよね?」

「そう……芽衣の本当の両親、芽衣が小学校の時に事故で死んじゃった」

「……えぇ?」


 芽衣ちゃんからの衝撃の告白、私の頭は既にパニック状態だ。だがそんな私のことなどお構いなしに、芽衣ちゃんはラーメンをすすりながら語っていく。


「芽衣もショックで当時のことはよく覚えてない。気が付いたらお兄様のところで暮らしてた。学校は比較的近所だったから、そのまま通ったけど……しばらくして、芽衣はいじめにあった」

「え……芽衣ちゃん、いじめられてるの?」

「昔ね……小学生にデリカシーなんてものはなかった。親がいないだけで、男子からはいじめのネタにされた」

「そんな……」


 怒涛に怒涛をぶつけたかのような話の展開だったが、ここでようやく落ち着いて話を聞くことができた。芽衣ちゃんの話は、いきなりリアルになってきたが故に。

 私は同級生にいじめられた例はないが、似たような体験を受けたことはある。それをつい芽衣ちゃんと重ねてしまい、気持ちは大きく揺らいだのだ。


「でもそれを全部解決してくれたのが、他でもないお兄様。ある日学校行ったら、いじめていた子全員土下座してきて、謝罪してきたときはびっくりした。お母さんに聞いたら、お兄様が何かしたんだって。今でも何してくれたのか、教えてくれないけど」


 会話に楓馬君の名前を出した瞬間、芽衣ちゃんの表情が再び柔らかくなった。遠回しに楓馬君を褒めちぎるようなものだ。例えブラックな話題でも、そのあたりの芽衣ちゃんは変わらない。

 でも楓馬君のおかげで、芽衣ちゃんはここまでたくましくなれた。それはもう十分なくらいに伝わった。芽衣ちゃんは楓馬君の妹になれて、本当に幸せ者だね。


「私はお兄様に救われた。だから私も……ぶへぇ⁉」


 最後のセリフを言おうとする芽衣ちゃんだが、不意に抱き着いてきた私によってそれは阻まれた。口に何か含んでいたら大惨事になっていただろう。



 ちなみに今まで述べた感想は、のちにその時の状況を客観視したものだ。実際の当時の私はというと……




「つらかったんだねぇぇぇ!!!」

「ちょっ……⁉」




 周りの目も憚らず芽衣ちゃんの顔を胸にうずめ、泣き叫んでいたという。おかげで周りからすごい目立った、と後に芽衣ちゃんから聞いたのであった。思い出すだけで恥ずかしい……ごめんね、芽衣ちゃん。






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