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41話 完璧のために



 やることが決まった私たちは、一旦二手に分かれることになった。このメンズ物のアパレルショップは人気店なのか、意外に店内は広めだ。二手に分かれても、結構距離は離れている。二手に分かれる理由は特にないが、なんとなくである。

 さて一応これも勝負なので、真剣に取り組まないといけない。何しろ相手は芽衣ちゃんだ。たとえ血がつながっていないとしても、付き合いの歴は肉親を除けば誰よりも長い。そして本来ライバルになることのない妹というポジションも、合法的になきものにしている。これほど手ごわい相手はどこにもいない。

 だから私は、「濃密すぎる一か月の付き合い」と「メイドとしての観察眼」で勝負しなければならないのだ。後半の方は本当にあるかどうかは、自分でも結構怪しいと思っているけど。


「さて……とりあえず黒色で攻めればいいのかな?」


 まずはオーソドックスに、黒系の服を吟味してみる。確か芽衣ちゃんが「お兄様は黒色が好き」って言っていた。その言葉通り芽衣ちゃんが楓馬君に選んでもらった服は大体が黒だし、この前私に選んでもらった時もジャケットとスカートが黒だったし。

 さすがにセーターまで真っ黒にすることはなかったけど。つまり完全な真っ黒はもしかしたら嫌うかもしれない。だとするとそれを考慮した組み合わせにした方がいいかな? ならとりあえず近くにある黒色の服に手をかけようとする。


「いや、でも待って……」


 だが寸前で思いとどまり、服に延ばす手も止まる。そして私は再び深い思考の世界へと引きずり込まれる。

 確かに楓馬君は黒色の服を好んでいる。それは芽衣ちゃんの証言でも明らかだし、バイトに行くときとかもそんな服を着て行っている。


 でもそんなに黒色の服が好きならば……既にそういう系の服はいっぱい持っているのではないか。そう思わずにはいられないのだった。


 もちろん根拠もなしにそんなことは言わない。そう思う要因はいくつかある。

まず高確率で、楓馬君にファッションへの興味はかなり薄い。これは前に買い物した時、「ファッションとかそこまで詳しくない」と言っていたのを思い出した。ここから推察するに、楓馬君は無意識的に黒色の服を着ている可能性はある。もちろんメイド服のファッションの興味は過剰にあるけど。

 それにもう一つ、これもちょっと前に楓馬君の口からきいたことだ。どのタイミングで聞いたかは覚えていないが、着ている服のほとんどは妹さん、つまり芽衣ちゃんが買ったものらしい。つまり自分の意志で買った服は、もしかしたら少ない可能性がある。

 以上の事柄を挙げ、考えられる仮説が一つある……楓馬君が好きなのは、黒い服を着た女性なのではないかと。確証はないが、そう考えられる理由が一つだけある……楓馬君が重度のメイド好きであることだ。

 メイドという存在をこよなく愛する楓馬君、もちろんだがメイド服はさらに好きだ。それは日常生活を送っているうえで十分伝わってくる。

 メイド服は基本的に真っ白いエプロンを除けば、黒か紺に近い色合いをしている。仮に私の現在の服装をメイド服と重ねて選んだと考えるなら、十分に説明がつく。

 今日の芽衣ちゃんの服装で例えても一緒だった。多少私とデザインとかは違うが、色合いだけはほぼ一緒だ。


「……と考えると、ここは……」


 いろいろな考えを頭に巡らせ、私は楓馬君に似合うファッションを考えるのだった。





 それから数分後、選び終わった私はやることがなかったので店内をブラブラと見て回っていた。メンズものだからよくわからなかったけど。

 すると向こうも選び終わったのか、わざわざ芽衣ちゃんの方から私のところにやってきた。手には選んだ服らしきものを抱えていた。


「あ、芽衣ちゃんは選び終わったんだ」

「えぇ、それは。すぐ選び終わったよ」


 そう自信満々に答える芽衣ちゃんの表情からは、既に勝利を確信しているかのように見て取れる。芽衣ちゃんからしてみれば、今まで楓馬君の服を選び続けたわけだからね。


「それで? 芽衣ちゃんはどんな服をチョイスしたのかな?」

「これだよ」


 私に聞かれた芽衣ちゃんは、持っていた服を私に広げて見せた。

 トップスは半袖の白いポロシャツ。ボトムスは黒のズボンで、楓馬君がよく履いているようなものに近かった。芽衣ちゃんもさすがに色のセンス等は正常なようで、全身真っ黒という装いにはしなかった。


「なるほどね……もうそろそろ暑くなるし」

「そうね。トップスまで黒だったら、熱が吸収して熱くなるし。さすがにそこまで黒く染める必要はない。だけど黒が全くないのもお兄様らしくはないから、ボトムスだけは黒にしたって感じね」


 意気揚々に自信のコーディネートを解説する芽衣ちゃん。やはり付き合いが長いだけあって、見る目は完璧である。


「これが芽衣の答え。お兄様の好みを追求した、完璧な装いだよ」

「なるほど……よくわかったよ!」

「そうですか。それで風見さんは……まだ選んでいる途中なの?」

「ううん、終わってるよ」

「え? でも……」


 私の答えに、芽衣ちゃんは珍しく困惑している。疑問に思うのも無理はない……私の手に選んだ服などないのだから。


「……まさか勝負を放棄したの?」

「違うよ。ただ楓馬君に会いそうな服が、ここになかっただけ」

「……じゃあ聞かせてよ。お兄様に似合う服がどんなのか?」

「いいよ、イメージもしやすいだろうし……スーツだよ」

「……スーツ?」


 数秒止まったのち、芽衣ちゃんは絞り出すかのような声でその単語を口にする。スーツなんて答えは、頭の片隅にもなかったことだろう。


「スーツって……お兄様が着るものだよ? なんでそんな堅苦しいのを……」

「なんでって……私が楓馬君に着てほしいからだよ」


 同級生に対してスーツを着てほしいなんて、女子高生の口から出る言葉ではないだろう。その自覚はある、だが私の中には確固として譲れない理由がある。


「私は楓馬君のメイド、そして楓馬君は私にとってご主人様にあたる人。ご主人様ってちゃんとした装いのイメージがあるから、着てほしいんだよね。多分似合うだろうし」

「確かにお兄様は背も大きいから、似合わないわけがないけど……」


 その姿を想像したのか、芽衣ちゃんの顔が少し赤い気がする。まぁとりあえずおいておこう、恋する乙女なんてこんなものだろう。

 だがすぐに元の調子に戻った芽衣ちゃんは、私の言葉にこう切り出す。


「でもそれって……お兄様が本当に着たいものかな……?」

「それは……どうだろうね? 純粋に私が着てほしいってのもあるし。でも楓馬君なら着てくれるよ、メイド関係のことならね」


 さすがに普段使いはしないだろうが、たまになら着てくれるだろう。そもそもメイドの私の頼みを、楓馬君が断れるとも思えないし。


「……まぁどちらにしろ、決着なんてつけれないからね。芽衣たちが採点しても、自分のものを推すだろうし」

「そうだね……なら今度のデートで、直接本人から聞くしかないね!」

「それはそれで……デートのネタになりそうだね」


 言葉が終わると同時に、私たちは同時に軽く笑った。ただただ偶然かもしれないが、私は内心通じ合ったと思った。もちろん勘違いかもしれないが、私はぜひともそう思いたいのだった。




 こうして意表を突いたファッション対決は、意外にも平和的な終わりを迎えたのだった。






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