4話 風見明日香
とりあえず現在の状況だけ再確認しよう。
日時、平日の二十二時。場所、俺の家。そして中には俺と、同じ学校の女子生徒……うん、普通に考えても意味わからん。これが普通の高校生なら、平日に彼女を連れ込んだという状況。だがお生憎彼女どころか会話できる女子が赤羽さんと妹以外いない俺には、全く当てはまらないことだった。
とにかくだ。まずこの女子の情報を知らないことには何も始まらない。現状、同じクラスの女子という情報しか知らないしな。そして俺にはこういった時、非常に頼りになる親友がいる。予めこの女子の顔写真を送ったら、三分待てと言われた。さすが頼りになる。
そして三分後、本当にピッタリに連絡を寄越してきた。だがメッセージではなく、通話でだが。
「やぁ楓馬……面白いことになってるね」
「そうだな……とりあえず事情は後で話す。それよりもコイツの情報を」
「はいはい……って言うか、風見さんのことを知らない楓馬、結構変わってるよ?」
「風見さん……って言うのか?」
「そう。青葉学園二年B組十一番、風見明日香さん。怜奈と並ぶくらいの、ウチの学園のプリンセスだよ」
「へぇ~そうなんだ」
「……相変わらず女性に興味がないんだね。事情を知っているから、何も言わないけど」
「まっ、無駄に付き合い増やしてもめんどいだけだしな」
現に今、学校では壮馬と赤羽さん以外の人間と会話しないしな。たくさん知り合い作っても卒業したら半分以上そこでバイバイだから別にいいだろ。まぁ俺の場合は、他に大きな理由があるけどな……
それにしてもこの風見さん……顔から予想していたが、やはり赤羽さんレベルの美少女だったか。これを知らない辺り、俺がクラスでどんなのか容易に想像できるだろう。
「成績は去年からずっと学年トップで、運動神経もスタミナ以外は水準以上、毎日告白が絶えないことで有名だし、それでいてクラスでも気配りができる中心人物……一般的なリア充ってヤツだね」
「そんな絵に描いたようなキャラが、現実にもいるんだな」
どこのラノベのヒロインだよ、ってツッコみたくなる。一体俺とはどこで差がついたのだろう……まぁ原因が分かったところで、リア充になりたいわけじゃないけど。
そんなことはどうでもいい。それよりも今起きている問題に向き合わなければ。
「……その風見さんが、俺の自宅付近の公園で倒れているのを見つけた。今は保護してるけどな。壮馬の握ってる情報の中に、なんか重要な手がかりみたいなのはあるか?」
「……あるかないかで言えば、ある。だがこれはあまりにも、一個人が突っ込める問題じゃない。さすがに僕の口からじゃ話せない」
「そうか……壮馬がそう言うんならしゃーねぇな」
「力になれなくて、済まない。もしどうしても知りたかったら……風見さんの口から聞いてくれ」
「わかった、サンキューな」
壮馬に礼を言い、俺は通話を切る。
だがより面倒なことになったな。壮馬が渋るほどの事情……となると、トラウマレベルの重い案件ということになる。一高校生に、そこまでの責任を背負うことは出来ないな……
するとこのタイミングで、俺のベッドで寝ていた風見さんに動きがあった。疲労や睡眠欲が多少改善されたのか、ゆっくりと瞼を開ける。誰もが見惚れる、美しく透き通った青い瞳だった。
「……え? アレ⁉ ここどこ⁉」
起きて早々、風見さんの驚く声が部屋に響く。まぁ、いつも通り起きたら全く知らない天井……なんて状況で驚かないヤツは相当稀な存在だろう。
「あー……風見さん。とりあえず起きてくれて何よりです」
「えッ、増井君⁉ ってことはここ、増井君のおウチ……?」
「まぁ……そうっすね」
てか風見さん、俺のこと知ってたんだな。まともに接点ないのに……あぁでも、この前も俺の苗字知ってたみたいだからな。あの感じだとクラス全員の名前くらいは把握してそうだ。
「あぁ俺一人暮らしだから、いろいろ気にしないでね」
「そ、そう……ってそうじゃない! なんで私、増井君のおウチに……確かバイトから帰って……アレ、それからどうしたっけ?」
倒れたせいか頭が混乱しており、今の自分の状況を上手く把握しきれていないみたいだ。まぁ外でぶっ倒れるくらい疲労が溜まってるんなら、致し方ない部分はあるが。
「……風見さん、ウチの近くの公園で、急にぶっ倒れたんだよ。急病ってわけじゃなかったけど、さすがに放置できなかったみたいだからね……一旦ウチで保護したんだ」
「そうなんだ……その件に関しては、ありがとう……」
助けられたことを素直に自覚し、風見さんはすんなりと感謝の言葉を述べた。でもこの落ち着いた感じ……まるで倒れる要因を既に理解しているっぽいよな……
「で、どうする? 電話くらいなら貸してやるぞ。さすがにこの時間に女性一人で歩かせるのは、危険だし」
「あ、そのお気づかいは……私、両親いないし……」
「あ……そのごめん」
「ううん、気にしないで! 増井君は悪くないから……」
俺の失態に無理してなだめようとする風見さん。だがこの一瞬で気まずい空気になり、会話が途切れてしまった。事前に壮馬にそれなりに重い事情があることを聞いていたのに……俺が女性に対して会話慣れしてないせいだな……
そんな風見さんはというと、明らかに元気をなくしている様子だった。やはりこの話題はタブーのようだ。もっと慎重に会話を展開出来てれば、こんな空気にもならなかったのに……
「……聞かないの?」
「え?」
すると突然、風見さんの方から話を振ってきた。でもまだその不安気な表情は直っていなかった。
「私があんなところで倒れてた事情。普通気にするようなものだけど」
「……逆に聞くけど、聞いてほしいの?」
「むぅ……質問を質問で返すの、ずるい!」
いやずるいって言われましても……
だがそう抗議する風見さんは、ほっぺをやや膨らませて拗ねたような態度に変わっていた。この短時間で俺との空気感に慣れたとしたならば……リア充あっぱれとしか言えない。
でもこの状況なら、言いたいことも言えそうだな……
「まぁでも、無理には聞かないぞ。そっちが話したいなら別だけど……一クラスメイトの重い話なんか聞いても、責任持てんしな」
これが俺の本音だ。女性が苦手な俺だとしても、乗り掛かった舟からは降りん。向こうが話してくれるなら聞くし、嫌なら聞かないだけだ。学校でギクシャクするのも嫌だし。
「ふふッ。なんか変わってるね、増井君」
「か、変わってる……?」
その言葉は地味にショックだった。確かに重度のメイドフェチは変わってると自覚するが、そのことを知っているのは壮馬と赤羽さんだけだ。メイドフェチであるところを除いたら、俺は至って普通なのに……一体どこを見て判断したのだろうか?
「あ、誤解してたらごめんね。なんていうか……同級生って感じがしないっていうか、凄く落ち着いてるよね。大人の人みたい」
「あぁ……そういうことか」
てっきり見た目が変とか言われるかと思った……そんなこと言われたら、一か月くらいへこんで引きこもりそうだ。
「そう、だから……増井君には私の事情、話してもいいかも」
「……いいのか。話したくないんだろ?」
「うん……でも増井君なら信用できるし、こうなっちゃった責任もある。それに……」
「それに?」
「増井君、口堅そうだし!」
「……そうだね」
なんだろう、遠回しに友達いないって言われている気分だ……別にいいし、壮馬さえいれば十分だし。
まぁそれに風見さんのことを聞くいい機会だしな。この程度のメンタルアタックで済めば安いものだ。
「よし……じゃあ話すね。私の事情」
真剣な表情と共に、風見さんは再び俺と向き合った。さ、こっからは覚悟決めて真面目に聞きますか……
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