37話 ご主人様の理性
「むぅ~~~」
「そ、そう怒るなって、芽衣……」
時は流れ、時刻は既に二十三時を回っている。もう寝る準備万端の俺の部屋では、芽衣が頬を膨らませすねているのだった。ちなみに風見さんは自室にいる。
あれから勉強の続きをしたりスーパーに買い物に行ったりと、それなりに有意義な時間を送っていた。あれから芽衣と風見さんの間でも大きな衝突が起きることなく、割と平和だったと称しても差し支えないだろう。
ただ唯一……料理対決以降めちゃくちゃ機嫌を損ねている芽衣のことを除けば。
ぶっちゃけこれが、二人が衝突しなかった理由ともいえよう。機嫌を損ねる……と言ってもずっとむくれているだけで、今のところ直接的な被害などはない。
だがずっと頬を膨らませながらそっぽ向かれるのは、俺としても心苦しいものだ。せっかくゴールデンウィークという貴重な時間を使って来てくれたというのに、機嫌が悪いまま過ごすのは申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまうのだ。
「だって……お兄様の一番になれなかった。芽衣も全力だったのに……」
「そ、それは……明日香の方が趣旨に則っていたからであって。芽衣も料理の腕では負けていなかったぞ……」
「それでも負けたことには代わりありません……お兄様の一番は、芽衣でなくちゃならないのに……」
俺も精一杯の言葉を尽くして芽衣を慰めようとするが、一向に芽衣の機嫌がよくなることはなかった。
それにしても、俺にとっての一番か……少し前までは、そんな単語を芽衣の口からきくことは一度もなかった。まぁ原因はなんとなくわかっているが……風見さんだろうな。
少なくともここ二年くらいの間に、芽衣以外に俺と関わりのある女性は赤羽さんくらいだ。その赤羽さんも壮馬を間に置いた事務的な会話しかしてこなかった。それが故に俺にとっての一番の女性は、必然的に芽衣しかいなかったと言われても否定できない。
だが状況が変わったのだ……風見さんをメイドとして雇用したことによって。これによって俺と風見さんは、主人とメイドという固い絆のようなもので結ばれたのだ。それすなわち芽衣からすれば……安全地帯を踏みあさられたようなものだろう。
そもそも芽衣はそこまでメンタルが強いわけじゃない。俺がいないときは常にクール……というか静かに過ごしているし、いざとなれば風見さんの時みたいに強がりも見せるときだってある。だがそれは全部、演技に過ぎない。そのことを、長年一緒に過ごしてきた俺は知っているのだ。
閑話休題、少し話が逸れてしまった。
とにかく芽衣の機嫌を直さないと……じゃないと明日からがきつい。
「……とりあえず機嫌を直してくれないか? 俺にできることなら、なんでもするからさ……」
「……なんでも? 今なんでもって言った⁉」
「うぉッ⁉」
俺としては苦肉の策を投じたつもりだったが、思いのほか芽衣が食いついてきた。すねた顔から一転、目をキラキラと輝かせ俺に迫ってくるのだ。さっきまですねていたのが、演技かと思うレベルで。
まさかこれを狙って……いや、さすがにないだろな……多分。
「じゃあ久しぶりに一緒に寝ようよ!」
「え⁉ い、一緒にか……?」
「ダメ、だなんていわせないよ。できることならなんでもするって言ったし」
「うっ……」
そう言われると断り切れないのがきついところだ。まさか芽衣とまで一緒に寝ることになるとはな。
確かに俺が実家から離れる前は、時々一緒に寝たこともあった。だがその当時はあの件があったことで俺のメンタルの方がもろく、俺から頼み込んで一緒に寝てもらったことの方が多い。その時には大して恥ずかしさなんてものはなかったが、ここ最近に風見さんと寝たこともあったせいで、変に意識してしまうのだ。たとえ相手が妹だろうと、血はつながっていないからな。
だがここは兄の威厳を保つためにも断ることなんてできないし、変な気を起こすわけにもいかないんだ。正面から挑んで耐えるほかない。
「……わかったよ。それじゃあ……」
「ちょっと待ったぁーーー!!!」
だがそんな俺の部屋に待ったを賭ける一つの声が響いた。声の持ち主は言うまでもなく風見さんであり、向こうももう寝るだけだったのか既にメイド服ではなかった。
部屋に乱入してくる風見さんを見て、芽衣の表情が少しだけ暗くなる。せっかくいいところまで行ったのに……!
「……何? 今は芽衣とお兄様の大事な時間なのに……」
「うん、その……話の途中で介入したのは謝るけど。一緒に寝るとなれば話は別だよ!」
「……まさか一緒に寝るのも邪魔するつもりなの……?」
芽衣の顔つきがどんどん険しいものになっていき、背後から真っ黒なオーラが立ち込めているようにも感じた。なんか闇堕ちしそうな雰囲気を感じる……もちろん笑いごとではない。
だがこのタイミングで入場してくるということは、何か妙案があって入ってきたのか? だとしたら、どこから聞かれていたのだろうか……いや、考えるのはよそう。
「そんなことしないよ! 私もよく楓馬君と寝てたし」
「……お兄様?」
「二回! 二回だけだから!」
芽衣の目から光が消えて再び迫ってきたので、俺は必死になって弁解する。一瞬にして平和だった俺の部屋が修羅場と化しちゃった……ホント笑えないな。
「ま! それはそれとして! 結局明日香は何が言いたいんだ?」
強引にもこの話題をシャットアウトし、俺は風見さんに真意を聞くことにした。この修羅場を終わらせるにも、これが一番手っ取り早かったのだ。
そして風見さんはというと、張り切った表情のまま一言こういったのだった。
「寝るなら三人一緒で寝よ!」
どうしてその結論に至ってしまったんだよ……? 俺はついに、膝から崩れ落ちたのだった。
だが意外にも芽衣は別に反対してこなかった。本人曰く、俺と一緒に寝られればそれでいいとのこと。それで丸く収まるなら、もうなんでもよかった。
だが俺の部屋のベッドはそこまで広くない。風見さんと一緒に寝た時も、お互い端っこにいてもそこまで距離を開けることはできなかった。そこにもう一人人間を入れるのは割と難しいことだ。
まだ芽衣が小柄なのが功を奏したのだが、それでもベッドの上は定員ギリギリだ。誰かが寝がえりを打てば、端っこで寝ている人が落ちてしまうくらいには。
だがその端っこで俺が寝ることはなく、強制的に真ん中で寝させられた。俺が端っこだと、芽衣か風見さんのどちらかが文句を言ってしまうからだ。
しかしこうなった時点で、俺はあることを察してしまう。
(……絶対に寝れん)
この状況で寝られる人がいたら、ぜひとも教えてほしいものだ。ソイツは多分、既にご経験をされていることだろう。
右では風見さんが、左では芽衣が可愛らしい寝顔を向けながらぐっすりと眠っていた。しかもできるだけ詰められるよう、二人とも俺の腕をしがみついているのだ。故に女性らしい柔らかい感触が、俺の両腕にダイレクトに伝わってくるのだ。
二人のどちらかと寝ることは、言うなれば少し慣れてしまった。だがそれも多少の距離があっての話だ。この距離感はシンプルに危ないのだ。
唯一の救いが女性特有のとある部分が、二人ともそこまで発育していないことだった。芽衣は同学年の人と比較しても身体が小さい方なので仕方ない。風見さんも全体的なスタイルはいいのだが、その部分だけはやや慎ましいものだった。最近は食べる量も増えたことで少しずつ大きくなっている感じもするが、スタイル面が完璧な赤羽さんとかと比較したら……ちょっと悲しいことが起きてしまう。
無論今想像したことは、全部機密情報だ。仮に漏れた場合は、俺の命が危ない。そのくらい女性にとってはタブーなのだ、女性に疎い俺でもさすがにわかる。
(耐えろ……耐えるんだ俺!)
だがここで本能のままに行動するのは主人として……てか男として終わっている。簡単に理性が崩壊しないためにも、ここは闘わなくてはならないのだ……俺の場合理性とか依然に、ただのヘタレなのがマジで助かった、ヘタレでよかった。
何はどうあれ、俺の睡眠時間がさよならバイバイしたのは既に確定事項。明日の俺が比較的元気なのを、ただ祈るばかりだった。
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