31話 出会う二人
「確実にお兄様が履かない、加えサイズ的にも女性物の靴……どう説明するの?」
「いやぁ、その……」
ハイライトが消えたままの芽衣に迫られ、俺はどうしようもなく立ち尽くしていた。
この状況でどう言い訳をすれば危機を脱することができるのか、知っているヤツがいたら教えてほしいものだ。少なくともあんま頭がよろしくない俺の頭では、うまい言い訳など思いつかなかった。
「……まさか」
「ちょ、芽衣⁉」
すると芽衣は急いで靴を脱ぐと、一直線にリビングへと向かっていった。ここで風見さんが隠れている部屋を開けなかっただけ、まだ運がいい方だった。
俺も芽衣を追いかける形でリビングに向かう。先に向かっていた芽衣はというと、なぜかキッチンの方を凝視していた。
「ど、どうしたんだよ芽衣? 急に走り出して……」
「やっぱり、芽衣が思った通り」
「何も変じゃないだろ? いたって普通……」
「普通? 料理を一切しないのに、キッチン用品が一式揃ってるこの光景が?」
「げっ……⁉」
次々と明るみになる証拠に、俺はつい頭を抱えたくなる。
確かにここにあるキッチン用品は、風見さんが料理をするために最近揃えたものだ。もちろん前回芽衣がウチに来た時には何もなかった。
芽衣からすればこの光景を不思議に思わないはずがない。一か月程度で俺の絶望的な料理スキルが改善されるとは、到底考えていないはずだ。となれば……誰か別の人間に作ってもらっていると考えるのが妥当だ。
「……誰なの、お兄様? お兄様を胃袋からたぶらかそうとする、悪い女狐は?」
「め、女狐って……」
一体どこでそんな言葉を覚えたのだろうか? 俺の前では一切そういうことを言わなかったが故に、俺も驚きを隠せない。
だが今は、そんな小さなことにうろたえている場合ではない。自宅の平和を守るためにも、例え妹相手でも立ち向かわないといけないんだ。
「……あのなぁ芽衣。あんなことがあった手前、俺がそう簡単に女性とそういう関係になれると思うか?」
「……っ、そ、それは……」
「あんなこと」という単語を出しただけで、芽衣の目の光は戻り申し訳なさそうな表情になる。この手を使うのは卑怯かもしれないが、手段を選んでいる場合ではない。
俺が唯一抱えているトラウマ……幼馴染にこっぴどく振られた件において、もっとも世話になったのは実は芽衣だったりする。立ち直りが効かず一か月くらい引きこもっていた時期もあったりしたが、その間芽衣はずっと俺を慰めてくれたのだ。芽衣のおかげもあってか、俺も早くに学校に復帰出来たりもした。その件に関しては、俺は芽衣に頭が上がらない。
それゆえに俺の「恋愛恐怖症」に関しては、誰よりも芽衣は詳しいのだ。
「確かに二年前に比べれば、多少立ち直りつつはある……目も合わせられなかったのが、最低限の受け答えができるくらいには。だが恋愛関係となれば話は別だ。俺はまだ、誰かとそういう関係になるのが少しだけ怖い……」
「お兄様……」
熱弁する俺に対し、芽衣は静かに俺の話を聞いてくれた。その表情から、疑っている様子は一切感じられない。
「だから女性を家に呼ぶなんて高度なこと、俺がするわけがない……芽衣はお兄ちゃんの言うことを信じられないのか?」
「そ、それは……」
最後に強烈なパワーワードを添えて、芽衣を信じ込ませる。なんというか、こんな言葉を使うのは本当に卑怯だと俺も思うが……背に腹は代えられない。これで芽衣を信じ込ませ、ちょっと妙な空気になったから今日は戻りなといえば完璧だ……!
「……でも女性物の靴とキッチン用品がある理由にはならないよ?」
「うっ」
だが相手は頭の回転が非常に早い芽衣。変にごまかして話題をそらそうとする俺の魂胆など、簡単に見抜いていた。
「納得のいく説明を、芽衣にしてください……でないと」
「で、でないと……?」
芽衣はおもむろに不敵な笑みを浮かべ、その言葉を口にする。まるで恋敵を排除しようとするヤンデレヒロインのように。
「どうなっちゃうか……芽衣にもわかんないよ」
その瞬間、思わずゾッとしてしまったのは言うまでもない。今ここに、芽衣がやって来た時のような和やかな雰囲気など存在しない。
今俺にできることがあるとするならば、芽衣を和ませることくらいだ。だが和ませたところで、もはや遅延行為にしかならない。ならば腹を括って全部話した方が楽になる気がしてきた。
だがここで俺たちとは別に、第三者の声が介入する。この状況でやってくると言ったら、もはや一人しかいない。
「楓馬君にひどいことしないで!」
言わずもがな自室に隠れてきた風見さんが、しびれを切らしたのかリビングに突入してきた。もちろんメイド服を着用した状態でだ。
そして風見さんを初めて見た芽衣はというと……目を大きく見開き、風見さんの姿をその目で捉えていた。なんだろう……多分俺は悪くないはずだが、浮気現場を遭遇してしまったかのような心境に襲われている気がする。
「……お兄様、芽衣は疲れてるのかな? 目の前にメイドがいるんだけど」
「安心しろ、芽衣の目は正常だし俺にも見えてる」
「なるほど……メイド好きのお兄様ならあり得ない話ではないもんね」
「そうそ……ちょっと待て、なんで俺がメイド好きなの知ってるの?」
聞き捨てならないことを言われ、俺は思わず聞き直した。
基本的には芽衣に隠し事をしない——今回の件は別として——俺だが、俺がメイド好きであることは頑なに隠していた。実家にいた時はそこまで派手な動きはしなかったし、芽衣がここに来るようになってからもそういう類いのものは目の届かないところに隠していた。もちろんメイドカフェで働いていることも言ってない。
完璧に隠蔽していたはずなのに、なぜバレた……⁉
「そのくらいちょっと調べればわかるよ? メイド服隠してたのも知ってたし」
「……マジ?」
「うん。さすがにクローゼットにしまってあるだけを、隠したとは言わないよ」
「なんてことだ……」
あまりの衝撃に、俺は膝から崩れ落ちた。今まで完璧に隠していたと思い込んでいたが、どうやらそれは俺だけのようだ。これがまだ芽衣だけならまだしも、母さんたちにもバレたら、普通に気まずい。どうか芽衣が黙っていることを祈るばかりだ。
うなだれている俺のことを一旦放置した芽衣は、再び風見さんと向き合った。
「そう……貴方がお兄様をたぶらかそうとしてるのね」
「たぶらかそうなんて失礼な! 私は楓馬君のメイドだよ。お金で結ばれているだけの関係よ……今はね」
風見さんや……なぜウチの妹にそんな挑戦的な言い回しをするんですかね……
「この女狐……!」
「ちょっ……!」
風見さんの言葉に過剰に反応してしまった芽衣は、そのまま風見さんにつかみかかろうとしていた。すぐに気づいた俺は、慌てて芽衣を後ろから抱きしめ風見さんの方に行かせないようにする。
「落ち着け芽衣!」
「だって! あの女が……!」
「そういろいろと真に受けるなって!」
「そんなこと言われても……お兄様がどこかに行ってしまわれたら、芽衣は……うわぁぁぁん‼」
次第に暴れる芽衣も落ち着きを取り戻した……と思いきや今度は泣いてしまった。俺の前では結構ちゃんとしているが、昔から涙もろかったところがあったからな。
「……ど、どうしよう、楓馬君……?」
「ま、待つしかないな……」
泣き止む様子がない芽衣を優しくなだめながら、俺たちはちゃんと事情を説明しようと決意したのだった。
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