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30話 妹監査



「……と、いうわけなんだ」

「は、はぁ……」


 芽衣からの来訪宣言があった日の翌日、ゴールデンウイーク初日且つバイトもない完全フリーだった日の朝。俺は余分に寝ることなくいつも通り、いやいつも以上に早い時間に起きていた。昨日のこともあって、安心して寝れなかったというものあったけどな。

 そして朝食という場面で、俺は風見さんに芽衣の件について話した。本当に芽衣がウチに来るとするならば、風見さんに隠せることではないしな。


「俺も実際に芽衣の反応を見ないと何とも言えないが……芽衣と明日香が鉢合わせたらどうなるか……全くわからん」

「そ、そんなに妹さん、怖いの……?」

「いや、見た感じは普通の女の子だぞ。ちょっと小柄で賢い、自慢の妹だ。でも……」

「でも?」

「芽衣のヤツ、昔から俺が女性と仲良くしてるのを嫌う傾向があるんだ。昔はまだマシだったけど、例の件があってからは、更にひどくなって……」

「あぁ……そういうことね」


 察しがよくて助かる。

高校に入学してからは、より一層俺の身辺を聞き出すことが増えたからな。それでも前までは俺自身から女性に接することがなかったから、特に心配することもなかったけどな。赤羽さんに関しても友人ではなく、「壮馬の知り合い」という間柄で今も落ち着いているし。


「それで、私はどうすればいいの?」

「一日家以外の場所にいてもらう、っていうのは結構無理あるからな……芽衣が来ている間、部屋から出てこなければ大丈夫なはずだ。芽衣も俺の顔見れば、それなりに安心するだろうし」

「……それで大丈夫なの?」

「……これでなんとかするしかないんだ。どっちみち、ゴールデンウイークの間中、ここに泊まられたら終わりだ。今日中に説得して、実家に帰ってもらうほかない」


 真面目な表情で、結構な無茶を要求する俺。それに対し風見さんもちょっと疑っている様子だが、残された道がこれしかないんだ。仕方ない。

 最悪壮馬の手も借りて、無理やり予定を詰め込むまでだ。とりあえず今日一日、いや半日さえしのげれば、俺たちの勝利だ。


「しかも実家からここまで、電車でも二時間はかかる。始発で来たとしても、八時にしか着かない……それに芽衣はそこまで朝が強いわけじゃないから、それも見積もって九時……まだ時間的には余裕がある、はず……」

「それが本当ならまだ大丈夫だけど……ほ、本当に大丈夫なんだよね?」

「だ、大丈夫なはずだ。これでも芽衣とは十年以上も一緒に暮らしてきたからな。たいていのことは理解……」


 しているつもりだ、と言葉にするはずだった……突然我が家に鳴り響く、チャイムの音がなければ。


 俺も風見さんも、その音に敏感に反応した。時刻で言ったらまだ七時過ぎたあたりだ。通販で頼んだものが、こんなに早く来るとは思えない。ご近所付き合いも最低限雑談を交わせるくらいで、わざわざ呼び鈴を鳴らすほどではない。

 だとすると……この状況でやってくる人は、一人しか考えられなかった。





『お兄様、芽衣だよ。開けて』





 扉の向こうから聞こえる、聞き慣れたやや幼い声……間違いなく芽衣のものだった。

 予想外の時間からの来訪に、俺も風見さんも声には出さないものの驚きを隠せなかった。今さっき「こんなに早い時間からくるわけない」と豪語したばかりだと言うのに……どこでフラグを回収してしまったのだろうか。

 だがそんな悠長なことを考えている場合ではない。事は急を要するのだ。


(なんでこんな時間から芽衣が⁉ 早すぎだろ⁉)

(ど、どうするの楓馬君⁉)

(と、とりあえず明日香は部屋に隠れてて! 片づけとかはやっとくから!)


 短いアイコンタクトを交わしたのち、俺たちはすぐに行動に移した。

 幸い朝ごはんは終わってたから、食器はシンクにおいておけばいい。常に風見さんが掃除してくれているお陰で、部屋に風見さんの私物らしきものは置かれていない。

 風見さんも足音を出さないように、静かに自室へと向かっていった。風見さんにここまでさせるのはちょっと申し訳ないが、増井家の兄妹の平和を守るためだ。今度何か奢ろう。


 ここまでのたった三十秒という短い時間で全てを片付け、俺は玄関に向かいドアを開けた。


「お兄様っ!」

「ひ、久しぶりだな、芽衣」


 ドアを開けた途端、俺の腹部に重たい感触とともに何かが抱き着いてきた。もちろん言うまでもなく、それは俺の妹である増井芽衣によるものだった。

 明るい茶色のツインテールに、小学生に間違われるくらいの小柄な身体。ぱっちりとした目が特徴的であり、兄である俺から見ても十分に可愛らしい自慢の妹だ。

 服装も少し特徴的で、トップスからスカート、靴に至るまで全部真っ黒だった。ところどころ赤いポイントもあったりするが、もはやそんなところなど目に行かないくらいだろう。俺が昔、黒色が好きといった時から、芽衣のファッションの九割くらいはこんな感じなのだ。


「はぁ~お兄様の匂い~やっぱりお兄様は生で味わってこそだね……」

「芽衣、その発言はちょっと……」

「なんで? 大丈夫だよ……芽衣はお兄様から離れたりなんかしないから」


 さも当たり前かのように、芽衣は俺の胸に顔をぐりぐりと押し付ける。俺が実家を出た時から、会うたびされている恒例行事だ。

 この様子から言うまでもないが……芽衣は重度のブラコン、それも俺を恋愛対象とするくらいの生粋のブラコンである。

 更に言えば、俺と芽衣は実の兄妹ではない。元々は俺の両親の親友の子どもであったが、事故により両親を亡くした芽衣を両親が引き取ったという。

 初めはあまり懐いてこなかったが、いろいろあったが故にここまで懐いてくれたのだ。さすがにちょっとやりすぎ感はあるが、俺も昔芽衣に助けられたこともあり、芽衣に強くものを言うことができないのである。


「それにしても出てくるの遅かったけど……どうかしたの?」

「あ、あぁ……芽衣があまりにも早く来ちゃったから、急いで部屋を片付けたんだよ……てかどうしてこんなに早く来れたの?」

「うん、お母さんにここまで送ってもらったの……待ちきれなくて」

「母さん……!」


 いろいろ納得はいった。

 さっき言った通り、芽衣はいわばよその子だ。だがそれでも関係なく実の娘のように愛した両親は、芽衣に結構甘かったりする。実家から車でも結構時間がかかるはずなのに、芽衣のお願いを簡単に聞いてあげるところが、いい証拠である。


「……ということは、泊まりか……」

「うん……お兄様の家に行くんだもん、当たり前だよ……」

「だよなぁ……」


 その言葉を裏付けるかのように、芽衣の手には着替え等が入っていると思われるスーツケースが握られていた。ウチに来るたびいつもこうだから、もう見慣れたものだが……今回ばかりは状況が違うんだよなぁ……


「まぁここで話すのもなんだし、入れよ」

「うん、お邪魔し……」


 俺の言葉に続いて家に入ろうとする芽衣の動きが……突如止まった。その視線は俺の顔ではなく……やや下の方を向いていた。


「お兄様……この靴は……?」

「靴? 何言って……」


 芽衣に促されるがままに、俺は視線を下にずらす。そこにあったのは、確かに一足の靴……風見さんが学校に履いているローファーだ。当たり前だが、サイズ的にも俺が履けるものではない。


(ヤベッ! 隠し忘れた……!)


 その存在に気付いた瞬間、全身から嫌な汗が噴き出てくる。

 芽衣の早すぎる来訪のこともあってか、ここまで気を回すことができなかった。予定通りならば、ちゃんと靴も隠せていただろう。

 だが芽衣に見られてしまった以上、もう後の祭りだ。ここからの展開など、容易に想像がつく。





「……お兄様、これはどういうことなの?」





 芽衣の綺麗な瞳から、一瞬にして光が消えた瞬間だった。





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