3話 人生の転機
「……は?」
俺は生まれて初めて、こんな間抜けな声を出したと思う。でも仕方ないのだ、目の前の現実があまりにもぶっ飛び過ぎているから。
俺に休日なんてものはない。土日という一日中働ける貴重な時間を無為にするなんてことはしないのだ。基本的にウチのバイトは週ごとにシフトが決められているが、余程の用がない限りは両方とも入っている。ぶっちゃけ今はそこまで使わないが、いつか都会に赴きメイドカフェ巡りをするためにも少しでも稼いでおきたいのだ。
だから今週は実に金土日の三連勤と、高校生にしては働きすぎの日々を送っている。そんなに働いて学校のことは大丈夫かと言われると、少し痛いけどな。
学業面だと文系科目を苦手としているので、少しでも気を抜くと赤点とかとる可能性がある。俺自身は長期休暇の補習にさえ引っ掛からなければ問題ないが、あまりひどいと赤羽さんからのきついお言葉があるので最低ラインは頑張っているつもりだ。
部活の方は、一応入っているがほとんど出ていない。だが決して幽霊部員というわけではなく、部長に呼び出されないとやることがないから基本的にないようなものだ。まぁその辺の話はまた後日……
忙しくも楽しい三連勤が終わり、曜日は月曜日。悪目立ちしない程度の時間に、学校に向かい先に来ていた壮馬と談笑する。生徒会長である赤羽さんの影響で、壮馬は割と早く学校に来る傾向がある。
「……そういえば楓馬。今日はあの宝くじの当選発表の日なんじゃないか?」
「そうなのか……ってなんで壮馬が知ってるんだよ? 俺が買ったこともない宝くじを持っていることを」
「その気になれば、楓馬に関してわからないことなんてないよ」
「……マジで一回、家探しした方がいいな」
この言葉的に、絶対盗聴器の類いのものが仕掛けられているとしか言えない。確かに何回か壮馬を部屋にあげたことはあるが……恐ろしい手際の良さだな。
「……ま、どうせ当たってないだろうけどな」
「そうかい? 意外にも、そうじゃないかもしれないよ」
「……なんか含みのある言い方だな?」
「気にしないでくれ」
壮馬の意味深発言に、少なからず疑問を覚える俺。
壮馬の力をもってすれば、俺が持ってる宝くじの番号を調べることくらいどうってことないはずだ。加えてこの反応……もしや事前に当選番号を確認していて、俺の反応を楽しんでるな?
しかし壮馬は基本、嘘はつかない。これは性分とか以前に、探偵の誇りに賭けて嘘の類いは極力つかない。少なくとも、俺にはな。
とはいえ、どうせ一番等級の低いヤツだろうな。確かアレって下一桁さえ合ってれば三百円くらい返ってくる、確率で言ったら十分の一だ。可能性としてはこっちの線が濃厚だ、過度な期待はしないでおこう。
スマホから宝くじのページに飛び、当選番号を確認する。俺の番号は七十組、一八六六五二番、だな。せめて五等くらいは当たってほしいもの、だ……
「……は?」
だがここで、目の前の現実が夢と錯覚した。人間、あまりにもありえない状況に陥ると、自然とこうなるのだろうか。
「……おい壮馬」
「……なんだい楓馬?」
「お前、知ってたのか?」
「……ま、初めて見た時は、さすがの僕も驚いたね」
「そ、そうだよな、ハハ、ハハハッ!」
俺はもう、笑うしかなかった。あまり接点のないクラスメイトも、急に笑いだす俺に対し冷ややかな視線を送る。態度を変えないのは事前に知っていた壮馬くらいだ。
だが今の俺に、周りを気にするほどの余裕はなかった。むしろこの状況で、平常心でいられるヤツの方が絶対稀有だ。だって、だって……
(なんで一億当たってるんだよぉぉぉ!!!)
決して口にはできない叫びが、俺の胸の内にだけ響いた。
「……楓馬? 大丈夫かい?」
「あぁ……何とかな」
時間と場所は変わって、放課後の最寄りの銀行。バイトを入れてなかった俺は同じく用事のない壮馬を誘い、何故か一緒に当選金を受け取りに来た。
一億当選によって、今日の俺の様子はおかしかった。あまりのことで今日一日記憶にないが、赤羽さんが真面目に俺のことを心配していたと聞いてヤバいなと思った。こういう時、高校生とは思えない落ち着きを持つ壮馬がそばにいないとやっていられなかった。
学校が終わったらすぐに家に帰り必要なものだけを手に、閉店間際の銀行へと向かった。そして今俺の手には、桁外れの額が記された通帳があるのだ。これは初めて知ったことだが、百万円以上の高額当選の場合、一度に全額はもらえない。とりあえず上限の百万だけをもらって、残りは後日口座に振り込まれる仕組みになっているとのこと。こんなことがなければ、一生知りえなかった事実である。
そして今俺の鞄の中には、実物を始めてみた帯付きの札束が入っていた……はい、百万円です。
「まぁ疲れるのはわからなくもないが……それでもさすがに疲れすぎじゃないか?」
「……確かに金はあるに越したことはない。けどあり過ぎても困るんだよなぁ……身の危険を感じるし」
人間は金に正直な生き物だ。周りに大金を持っているヤツがいれば、ソイツに自然にすがっていくのが人間の摂理なのかもしれない。
だがそのせいで、人生終了しそうなヤツもいそうだな。例えば知り合いに貸し過ぎて自己破産に陥る可能性だって十分にあるしな。金は人の人生を狂わせるには、十分な力を持っている。
適度に仕事と趣味という生きがいを見つけ、その上でちょっとの贅沢が出来るくらいのお金があれば大抵幸せに暮らしていける。俺自身はそう思っている。
「……それにしても、壮馬は驚かないんだな。親友が一億当てたっていうのに……」
「宝くじで一億当てたこと自体は驚いているさ。でも昔から怜奈と付き合いがあるからね……額で驚いたりはしないさ」
「……そういえばそうだったな」
壮馬の笑みを見て、俺も納得した。
壮馬の幼馴染である怜奈の実家は、学校経営だけでなく他にもいろいろな事業を手掛けていたはずだ。そしてその全てが当たり、今や赤羽グループを知らない人間の方が珍しい。そんな怜奈と一緒にいたら、確かにそういった感覚が狂っていても仕方ないな。
「はぁ……今日は濃い一日だった……」
「そうだね。もう帰って休むかい?」
「いや……このまま帰っても、なんか落ち着かなそうだしな……ゲーセンで適当に発散してから帰るよ」
「そうか。じゃあ僕も御供しようか。一人より二人の方が楽しいだろ?」
「おぉ、助かる。サンキューな、付き合ってくれて」
「ううん。僕もたまにはガス抜きしないとね」
こうして俺を気遣って付き合ってくれるところは、本当に親友だなとは思う。この前壮馬にも言われたが俺も思う……壮馬が親友でよかったなと。
このあとめちゃくちゃゲーセンで遊んだ。
「それじゃあ楓馬、また明日」
「おう、またな壮馬」
それから三時間くらい壮馬とゲーセンで遊び、気づけばもうすぐ八時近くになっていた。夜も遅いから飯でも食って帰ろうとしたけど、壮馬は家で用意されているということなのでここで解散した。
外は四月とはいえもう真っ暗だ。何かあるかわからないし、さっさと飯だけ買って帰るか。そう思い自宅近くのコンビニに寄り、夕飯を適当に購入。あまり身体を動かしていないとはいえ、育ち盛りの高校生だ。それなりに食うため、結構多めに買った。
その後は特に寄るところもないので、もう慣れた道を通りながらさっさと帰宅する。さすがに夜遅いので、もう俺しかいなかった。
自宅に向かう際、帰り道にはそこそこ大きな公園がある。昼間ならここで遊ぶ子どももいるが、さすがにこの時間は誰もいない。いたらいたでホラーだけど……
「……ん? アレ、人?」
一瞬公園を視界に入れたが、すぐに二度見をした。もう八時を回ったにも関わらず、誰かいたら気になるからな。
公園の水のみ場、そこにいたのは一人の少女だった。暗くて顔まではよく見えないが、かろうじて着ていた制服は俺と同じ青葉学園のものだった。こんな時間になにやってるのだろうか、さっさと家に帰ればいいのに……と言うのが、俺が最初見て思ったことだ。だがその感想はすぐに頭の中から消え去った……その少女が、突然倒れたことにより。
「ちょッ……大丈夫ですか⁉」
さすがの俺も動揺し、すぐに少女の元へと駆け寄る。メイド以外の女性を不得手としている俺でも、倒れた人間を見捨てることは出来なかった。
スッと少女のことを抱き上げ、安否を確認する。胸のあたりが上下しているのが確認できるので、ちゃんと息はある。おそらく疲労で倒れたのだろう。
とりあえず死んでないことだけわかって安心した俺だったが、改めてその少女を見てあることに気づいた。
「コイツ……同じクラスの……」
よく見たら同じクラスの女子だった。名前まではわからないが、この前教室でぶつかりそうになった子と顔が一緒だった。
長い黒髪に全体的な細身の身体、そして赤羽さんと同じくらいの美形を持っていた。クールな赤羽さんと比べ、どちらかというと可愛い系の女の子だ。さぞ学校では人気がありそうだな。
さてそれはそうと……この子どうしよう? さすがにここに放置したら問題になる……というか不審者に襲われたらシャレにならない。少なくとも放置という選択肢は消えた。
だとすると警察に連れていくのがベターだが、事情聴取とかで死ぬほど時間を取られそうだ。生憎俺はそこまで暇じゃない。
結構悩んだ末、俺が選んだ選択肢は……とりあえずウチに連れていくことだった。
本日はここまで! 明日も3話投稿させていただきます!
恋愛系を書くのは久しぶりだし、メイドに関してはほぼ無知に近い(←オイ)ので至らぬ点も多いかと思われますが、これからも「メイドは女神」(←略称のつもり)よろしくお願いします!
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