28話 慣れた日常
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風見さんが俺の家でメイドとして住み込み始めてから、早くも半月が経とうとしていた。
最初のころはまさしく怒涛の日々であったが、慣れると不思議とそれを日常として受け入れるようになった。朝起きたらキッチンで風見さんが朝ごはんの準備をしている光景が、もはや当たり前のものになっているくらいには。
風見さんも風見さんでメイドとしての仕事——ほぼ家政婦に近いけど——を、ほぼ完璧に覚えてしまった。もう家主である俺以上に、この家のことについて知っているくらいには……それはそれで俺の立場はないけどな。
そして何よりも、俺たちの関係性が一番変わったんじゃないかと思う。最初はほぼしゃべったこともないクラスメイト。それがメイドさんと主人となり、今は片想いをしてる人とされてる人の間柄になっていた。
一応俺のメイドさんという立場から、俺が嫌がりそうな大胆な行動などは今のところ取られていない。だがさりげなくドキッとしてしまうような小さな仕草やメイドという立場を利用したアプローチなどのことは普通にされている。そのたびに俺の心臓は尋常でないほど鼓動を刻んでいる。
確かに俺は恋愛感情というものが限りなくない。だがこれでも年ごろの男子だ。それでときめかないというわけではないのだ。
要は我慢比べのようなものだ。俺がいつまで風見さんのアプローチに耐えることができるかどうかの。正直風見さんがここに住み続けるまでの約二年の間まで、耐えきれる自信はない。いつかは風見さんに惚れてしまう日が来るんじゃないかとは思っている。それがいつかがわからないだけだ。
だが結構早い時期にそのときが訪れるのではないか。ここ最近の風見さんの様子を見ても、そう思う瞬間はたびたびある。
学校を例にしてあげるのが、一番ちょうどいいかもしれない。今日も今日とて変わらぬ日常を送っている……だがその日常というのは、ひと月前のような壮馬以外とほぼ接しないようなものではなかった。
「……昼休み前の英語が地獄過ぎる……」
「……地獄って。さすがに言いすぎじゃないか?」
「じゃあ壮馬、昼休み後の数学は地獄じゃないのか?」
「そんなことないさ……いつも気持ちよく寝させてもらってるから」
「ダメだこりゃ」
四限の英語も終わり昼休みに突入したことにより、一層騒々しくなる教室。その中で俺と壮馬は自分の席から動くことなく、普通に雑談を交わしていた。
少し前までなら一言二言話した後購買に直行する俺だったが、今では購買に行くことがめっきりなくなってしまった。行く必要がなくなったからな……
そうこうしているうちに、俺たちの席に向かって一人の生徒が歩いてくる。手にお弁当箱を二つ抱えながら。
「おまたせ~待った?」
「いや、いつも通りだぜ」
言うまでもなく、その人は風見さんだ。小走りで向かってきたので、勢いでなびく綺麗な黒髪につい目を吸い取られてしまう。
俺の学校生活で大きく変わったことといえば、やはりこうして堂々と風見さんと関わるようになったことだ。ちょっと前ならあり得なかったことだ。アレだけ目立つから学校で関わるのはやめようと言っていたのに、慣れとは恐ろしいものだ。
だが俺も、何の考えもなしにそれを許したわけではない。学校で風見さんと関わって発生するデメリットがなくなったから、俺も風見さんと普通に学校で会話するようになったのだ。
学校でほぼ男子と話さない学園屈指の美少女である風見さんが会話している……当然のごとくその行為は目立ち、ほかの男子からの反感も買うことだろう。
だが風見さんと少しずつ関わるようになったある日、クラスのある男子が俺に話しかけてきた。ソイツはクラスでも割とイケメンの部類で、きっと人気もあることだろう……名前は知らんけど。
てっきり「風見さんと仲良くしてるんじゃねぇよ」的なことを言われるかと思ったが、そのイケメン君から放たれた言葉は、完全に予想外だった。
「……風見さんのこと、頼んだぞ」
「……え?」
驚く俺の返事を聞くことなく、イケメン君は用が済んだのかそのまま自分の席に帰っていった。それ以降クラスの男子だけだが、以前のような手痛い視線を食らうことはなくなった。
まぁ推測するに「俺と風見さんが付き合っている」と誤解しているのだろう……厳密には付き合っているわけではなく一方的に好意を受けているだけなのだが、そっちの方が都合もいいので放っておいた。
そんな事情もあって、俺と風見さんは学校でも堂々と会話できるようになったのだ。
「今日も作ってきたよ。はい、お弁当」
「いつもありがとな」
「いいのいいの! 私が好きでやっていることだから!」
なんの抵抗もなく俺は、風見さんから弁当箱を受け取る。これも今となっては、日常と変わりつつある光景である。こうして普通に弁当を受け取れるようになるなんて……初めて風見さんが教室で話しかけてきたときに比べると大きな変化だな。
「相変わらず仲いいんだね……本当は付き合ってるんじゃないか?」
「だから付き合ってないって……」
「そうだよ白金君……まだ、だよ?」
「なんでちょっと意味深な言い回しなの風見さん?」
まるで俺が直に、風見さんによって堕とされるみたいな言い方ではないか。そうは言っても、俺のトラウマはそう簡単に治るものではない。だからまだ堕とされない……はずだ!
「ある程度は理解しているつもりだが……楓馬もいい子を持てたな」
「だからまだそういうのじゃねぇって……でもまぁ、そうかもな」
壮馬の言う通り、相手が風見さんじゃなければもっと違う未来を歩んでいたかもしれない。もしかしたら二度と女性を信じられなくなったのかもしれないのだ。そういう意味なら、風見さん以上に素晴らしい人はきっといないだろう。
「……怜奈に怒られた甲斐があったな」
「あまりその話を思い出させるなよ……」
その時の状況を思い出して、俺は少し顔が青くなった。
あの事件があった日の休み明けの学校で、風見さんと一緒に暮らしていたことに関して赤羽さんにめちゃくちゃ叱られたのだった。朝・昼休み・放課後、全部の時間呼び出されたゆえに、その日はマジで地獄と言っても過言ではない。赤羽さんの言うことがすべて正論でなければ、本格的な女性不信に追いやられていたことだろう。
「まぁ結局なんとかなったんだから、それでOKだよ! この話終わり! 早くごはん食べよ!」
「おう……そうだな」
風見さんによって暗い話を強引に打ち切られた後、俺たちは昼ご飯を食べ始める。
これが今の俺、増井楓馬と、俺のメイドである風見明日香の新しい日常だ。ひと月前とは比べものにならないくらい彩にあふれているのは、もはや言うまでもないだろう。
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